木の弾性を活かしたスイングする椅子
「東急プラザ表参道原宿」など、独特の造形感覚で建築を設計する中村拓志(ひろし)さん。中村さんが今、最も気になる椅子は、自身がデザインした「スイングチェア」だ。この椅子は成形合板を得意とする家具メーカー、天童木工の80周年を記念したもの。デザイン・製造はちょうどコロナ禍の最中、"働き方改革"が否応なく進んだ時期に行われた。
「これからはアイデアや独創性といった知的創造が重視されるようになる。そのためにはホームオフィスでも従来のオフィスでも、自宅のリビングのような空間が求められるようになると考えました」
その言葉どおり、立体成形合板を使った「スイングチェア」は、ダイニングチェアのような佇まい。木の椅子でありながら、プラスチックや金属を用いたワークチェアと同等の機能やしなやかさを有している。
「どかっと座った時は脚が衝撃を吸収し、背筋を伸ばして作業する時は背が腰を少し押すようにサポートしてくれます。もちろん、背もたれに寄りかかれば柔軟に追従します」
よく見ると、脚部の底に少しだけ傾斜がついている。
「何かを書いたりノートPCを使うためにテーブルに向かう時は、椅子全体が前傾して作業がしやすくなるんです」
中村さんは"椅子コレクター"でもある。事務所の広々とした打ち合わせスペースには、およそ60脚もの椅子が並ぶ。アンティークのもの、名作チェアなど種類もさまざまだ。
「どれも座り心地や味わいが異なる。その微妙な違いをスタッフにも感じて、考えてほしい」
理想は椅子も身体に合わせてオーダーメイドすること
中村さんは「家具と建築はつながっている」とも言う。
「日本建築が畳という座具のモジュールでつくられているように、座る行為は建築にとってとても重要な振る舞いですし、設計する時もプライオリティの高い事柄です。私は椅子を置くだけでなく、建築につくりつけのベンチや凹みのような座れる場所をつくることがあります。建築に抱かれたような安心感を与えたいのです」
人の行動は心の在り方に影響する。だから中村さんは座ることで人を誘う建築をつくる一方、自身は立って仕事をすることも多いという。
「建築は人間の振る舞いを実体化したものでもあります。例えばドアを開けて数歩、歩いてデスクにつく、といった行動における目線の動きや距離、素材を体感することで建築をよりリアルに考えられる。でも人の身体は絶えず動いている不安定なもの。座ることで身体の中心を安定させ、心の場所を確保することができる。だから本を読んだり書き物をしたり、人とじっくり話す時は座りますね」
椅子は座る人の身体の延長でもあり、身体の一部になりうるものだとも言う。
「服よりも長く付き合うこともある『道具』です。椅子も身体に合わせてオーダーメイドするのが理想的だと思います」
建築家の目線で、常に生きることや働くことと、椅子や建築の関係性を考える。その中村さんが座る椅子から、新しい建築が生まれていくのだ。
HIROSHI NAKAMURA
1974年東京都生まれ。隈研吾建築都市設計事務所を経て2002年NAP建築設計事務所を設立。街づくりから家具まで幅広く手がける。自然現象や人々の振る舞い、心の動きに寄り添う「微視的設計」から「そこにしかない建築」を生み出す。