ラッパー「日華」としてのアーティスト活動を辞め、香港のコンサルティング事業にシフトした起業家・秋山広宣。2015年には現在の会社INFORICHを立ち上げるが、その先で待ち受けていたのはコロナ禍での経営不振だった。そんな状況下で108億の資金調達に成功した驚きの経営術、そして秋山が経営で大事にしている社員教育の哲学とは。最終回【1回目はコチラ】
ChargeSPOTを急成長させたマーケティング戦略
2015年に、自身の会社INFORICHを立ち上げた起業家・秋山広宣。当時は、香港を拠点にしながらSNS連動プリンター「PICSPOT PRINTER」などをのサービスを日本に導入していたという。
そんな秋山が再び日本に拠点を移したのは、起業から3 年が経った2018年のこと。モバイルバッテリーのシェアリングサービス「ChargeSPOT」を日本で普及させるために東京での活動を増やしたのがきっかけだった。
「サービスを始めた頃は、よくラッパー時代の友人たちを訪ねていました。友人が経営しているバーやクラブを回りながら、『費用はかからないから、店内のどこかに置いてくれない?』ってお願いして台数を増やしていったんです。あとは沖縄から北海道まで200社以上の代理店に営業に行って。
バッテリースタンドが増えないと、モバイルバッテリーをどこでも返せる安心感が生まれないので、コンビニなどの大手企業に導入してもらう前の段階で、1万5千台くらいはすでに普及させていました」
秋山は自ら日本全国の企業や飲食店を回り、ChargeSPOTを設置することで得られる企業側の利点などを説明。実際にChargeSPOTを手に取りながら魅力を伝えることで、駅中やカラオケ店などの数多くの施設で導入を実現させた。
また、スマホを充電するという基本的な機能だけでなく、設置する地域や国に合わせてローカライズした機能を加えることで、ChargeSPOTのサービスをより充実させていったという。
「これは自然災害などが多い日本のChargeSPOTだけの機能なのですが、震度6以上の地震や大規模停電が発生すると、被災地域のモバイルバッテリーを無料で使用できるようにしているんです。緊急時にスマホの充電ができることは、ユーザーだけでなく企業にとっても大きな利点になるので。
他にも、日本のユーザーをターゲットにしたサービスを多く取り入れていて。例えば、キャンペーン期間内にChargeSPOTを借りると、Da-iCEやCHEMISTRYなどの人気アーティストの新曲を先行配信で聴ける「Music Charge」など、日本のエンタメ業界とコラボしたサービスもその試みのひとつです」
秋山のマーケティング戦略もあり、ChargeSPOTは短期間で一気に規模を拡大。日経トレンディのヒット予測に選出されるなど、国内外で大きな注目を集めるようになった。
コロナ禍で経験した人生3回目のどん底
急成長を遂げてたChargeSPOTは、2019年に日本国内の設置台数が1万台を超え、新たに台湾とタイでもサービスをスタート。30億円の資金調達に成功するなど、順調にビジネスを拡大。
また、ChargeSPOTにリソースを集中するため、同年に防犯カメラ機能付きデジタルサイネージサービス「LiftSPOT」を売却。さらなる事業拡大に向けて、秋山は本格的にChargeSPOTの資金調達に乗り出した。
しかし、順風満帆に見えていたChargeSPOTだったが、2020年にそれまでの流れを大きく変える新たな局面を迎えたという。
「39歳になった時、ChargeSPOTの資金調達に力を入れ始めたんです。でも、それが人生3回目の“どん底期”の始まりでした。資金調達を開始した1年後に、新型コロナウイルスの感染が拡大し、資金調達が一気に難しくなって。
コロナ禍で外出を控える人が増えたことで、モバイルバッテリーの需要もなくなり、ChargeSPOTの利用者が激減したんです。INFORICHはVC(ベンチャーキャピタル)からの出資をほぼ受けていないこともあり、非常に厳しい状態に陥りました」
リモートワークの増加や飲食店の営業時間の短縮などの影響もあり、ChargeSPOTの売り上げは大幅に下落。そんな時、秋山の資金調達に協力してくれたのは、香港のコンサル事業で知り合った企業家の先輩たちだった。
「コロナ禍の窮地を脱出できたのは、本当に人脈のおかげでした。香港で海外進出などの事業をお手伝いした企業の先輩方が支援してくださって。『このビジネスはよくわからないけれど、君だったら何か出来るんじゃない』と言っていただけたんです」
その後、秋山が香港でコンサルティングを手がけた企業の経営者がスピーカーとなり資金調達を支援。コロナ禍でもChargeSPOTの設置台数を伸ばし、2021年には設置台数3万台を突破した。
また、同年11月に累計108億の資金調達が完了し、2022年にINFORICHはグロース市場への上場を果たした。
次の未来は若手社員の手の中にある
そんなINFORICHの秋山にとって、一緒にビジネスを進めていく社員たちに対して求めていることとは何なのだろうか。
「我々は新しい社員を採用する時、『一騎当千』という言葉を大切にしています。それぞれの仕事に対して『自分に任せろ』と責任を持って取り組める。そんな社員たちとチームを組んできたので、120人という小規模な会社でも業界トップになることができました。
また、これまではクリエイティブなことを考えながら、全体の仕事の物量も頭に入れて作業ができる“プレイングマネージャー”の社員が多かったです。でも、これからさらに海外に事業を拡大していくとなると、グローバルな視点を持ったマネージャーが今まで以上に必要になってきます。
クリエイティブとマネージング、どちらも仕事にとって重要ですが、事業のフェーズや仕事のポジションによってバランスの取り方は変わってくるもの。僕はCEOではありますが、同時にプレイヤーとして、またマネージャーとしても仕事をすることで、今もそのバランスの取り方を学びながら仕事をしています」
そう語る秋山は、社内の人事などを決める際には、常に個々人の“熱量”を見るようにしているという。
「10代の時に思い描いたことは叶います。でも、社会人になった頃は20代前半だからって会社に取り合ってもらえず、20代後半で話を聞いてくれる人がではじめ、30代半ばで少しずつ話に説得力が生まれ、40代になってやっとスムーズに具現化ができるようになった。
つまり、僕の発想とアイデアは、10代からずっと変わっていないんです。なので、同じように熱意のある若手の声はいつも取り入れるようにしています。若手の社員の意見にしか、次の未来のヒントはない。もちろん経験値がないとわからないこともあります。でも、フェアに耳を傾けることが最も大切なんです」
そんな秋山は、どんな時も社員と対等な立場で話すように心がけているという。だからこそ、どの社員に対しても常に公平に接することができるのだ。
「会社というものは、“逆ピラミッド”であるべきだと思っています。役職はただの役割であって権威ではない。逆に役職のある人間こそ、他の人々を励まし、人々の模範になって組織全体を下から支えるべき。だから、僕はチームで仕事をする時は、基本的に『上下』ではなく『前後』という表現を使っています」
また、秋山には会社という組織としてのあり方だけでなく、社員教育にもこだわりがある。
「社員とコミュニケーションを取る時は、“オーバーコミュニケーション”を意識して話すようにしています。情報を整理する受け手の性質にもよりますが、情報は必要以上に与えて損はない。その中から社員が選択できた方がいい。情報に富んでいることで、新しいアイデアが生まれることもあるので」
インフォメーションに“リッチ”な企業を目指して名付けられたINFORICH。それ故に、CEOである秋山は、社員への情報の提供や共有は欠かさない。また、社員への伝え方にも意識していることがある。
「最近では、社員教育として“怒らないこと”が良しとされていますが、僕は若手社員にも怒るようにしています。そこには香港での経験が役に立っていて。香港では年上や年下に関わらず、誰にでも気になったことは言う人が多いです。それは人間としてその人とどう接するかっていうことに繋がってくるので。
仕事上のルールとして間違っていることや、道理に反していることはしっかりと指摘する。そのうえで、忌憚(きたん)なく話せる関係になれるかが重要です。ただ言いっ放しではなく、その後の人間関係をちゃんと築いていけるか、そこに責任を持ちながら気持ちを伝えることが大切なんだと思います」
2023年12月には、アジア6地域目となるシンガポールでも、ChargeSPOTのサービスを開始したINFORICH。今後は、中東やヨーロッパへの進出を目指して、さらに事業を拡大させていく予定だとか。
取材の最後に、「僕にとって“仕事”とは、自分の人生のあり方や価値観、また社会に対して自分がどう貢献していくのかを表現する手段です」と語った秋山。その表情は、再び人生の“どん底”が訪れても力強く乗り越えていける、自信に満ち溢れたものだった。