PERSON

2023.12.11

名門・高麗屋の“子育て”に迫る! 松本幸四郎が「大事に取ってある」市川染五郎の意外なモノ

新たな「鬼平犯科帳」SEASON1では、今の鬼平と若き日の鬼平、ひとりの人生をふたりで演じ分けている松本幸四郎さん・市川染五郎さん親子。後編では歌舞伎でも仕事場を共にするふたりが、芸の先輩・後輩としてだけではなく、父と子としてどう捉えているのかを聞いた。#前編

松本幸四郎 市川染五郎

親の姿に何を感じ、どう昇華するかは自分次第

2024年1月新たにスタートする「鬼平犯科帳」SEASON1では映像での共演となるが、歌舞伎の舞台では350年以上続く名門・高麗屋を引き継ぐ役者として芸に精進する松本幸四郎さんと市川染五郎さん。芸の先輩として、幸四郎さんにとって染五郎さんの姿はどのように映っているのだろうか。

「舞台であれば私は教える立場ですし、芸を伝えていく責任もある。特に彼にとって今は、埋もれずに1歩も2歩も抜けていかなければいけないとても大事な時期。とにかく1日1日を大事に、昨日より今日はさらに変化しているという毎日でないといけないわけです。もちろん、それは自分自身も同様なんですが。今に埋もれず、常に次の世代へと抜けていくことを目指さなくてはいけないと思っています」

今が大事だということは、歌舞伎でも映像でも同様。

「技術的には歌舞伎には型というものがありますが、役を演じるうえでは表現方法が違うだけで、歌舞伎であろうが映像であろうが同じこと。どんな時もその役になりきって、役者の感情そのものが動かないと感動していただく作品にはならないと思います」

同じ舞台に出ることも多く、毎日一緒に稽古をし、常に師弟の立場でもあるが、父と子という観点で見た時、幸四郎さんはどんなことを伝えたいと考えているのだろうか。

「親子で同じ仕事につかない限りはなかなか側でその姿を見る事は難しいと思いますが、私たちのような仕事は、いつでも見ることができる。稽古も舞台も見れるし、楽屋にも入ることができる。逆に言えば、親の姿を全部見られてしまうとも言えます。

そんな姿を見せたうえで、大事なのはやはり本人が何を感じるか。もちろん経験は私の方が多いですから、これまで自分が培ってきたことや、どのように感じたかということは伝えますが、何かをたくさん知っているから偉いということは全くない。それをどう昇華するかは自分次第。だから絶対こうでなきゃいけないということは、あまり言わないかもしれません」

松本幸四郎 市川染五郎
撮影の待ち時間になると、笑顔を交わしながら気さくに声をかけ合っていた松本幸四郎さんと市川染五郎さん。

自分らしさを伸ばした子供時代

それではプライベートで、父としてひとりの人間を育てるうえで大事にしてきたこととは?

この問いには「あまり大それたことは言ってないと思います(笑)」という幸四郎さん。だが、ひとつのエピソードを教えてくれた。

「小さい頃から絵を描くのが好きだったので、できるだけ筆や絵の具を使わせていました。クレヨンや色鉛筆と違い、絵の具なら混ぜることで自分にしかできない色を自由に作ることができる。筆も自分次第でいろんな使い方ができる。子供にとっては色鉛筆やクレヨンの方が使いやすかったかもしれないですが、基本的にその色しか出ないものではなく、自分らしさを出せるようになってほしいという意識がありました」

そんな絵は今もちゃんと保管しているという。それ以外にも、染五郎さんの子供時代のものをいろいろと取ってあるそうだ。

「実は僕が小さい頃大好きだった、タオルケットの切れ端まで取ってあるんです。さすがにもういらないんじゃないか……と思いますが(笑)」と教えてくれた染五郎さん。

「そうそう、大事に取ってある!(笑)。昔は握りしめて寝ていたからね。いつか価値が出るかもしれないし、もしかしたら何十年か後には博物館だってできるかもしれないよ(笑)」と幸四郎さんもジョークで返す。

常に役に向き合い続ける。父のように舞台に立つことが喜びに

一方、染五郎さんは、子供の頃は舞台に立てないことが悔しかったと振り返る。

「学校もありましたし、出られても自分は年に2~3回。父は舞台にずっと出ているのに、どうして自分はこれだけしか出られないんだろうと思っていました。ですから5年前に襲名した時に、やっと2ヵ月連続で出させていただけることになり、本当にうれしかったです」

昨年からは覚悟を決めて舞台に専念。2023年はほぼ毎月舞台に立ち、さらに今回の「鬼平犯科帳」への出演など、映像の仕事にも活躍の幅を広げている。

「彼も半年以上続けて舞台に立つことが多くなり、本格的な歌舞伎俳優としての生活を経験することになりました。2023年12月にはひとりで京都・南座にも立たせていただくことにもなっています。旅公演に出るのも初めてなので、今がまさに鍛え時。そうやって、先輩の役者さんの方々とご一緒させていただいて、どんどん力をつけていってほしいと思います」と幸四郎さんもさらなる飛躍を期待する。

「父のように、1年を通して舞台に立つという状況にずっと憧れていました。ここ1年は舞台が無くても稽古をしたりさまざまな準備をしたり、ずっと何かしらの役に向き合ってお芝居のことを考え続ける日々でした。それがとても嬉しいんです」

静かに語りながらも、染五郎さんの言葉には不退転の覚悟を持って芸に挑む決意の固さが表れている。

その言葉を聞き、ふと微笑む幸四郎さんの顔は優しい父の顔に。

「そういう強い思いがあるということは、身近にいる人間としても正直感じています。さらにもう一歩、その先に行けるように努めていってほしいですね」

芸の先達そして人生の先輩である父と、そんな父が生きてきた芸事に憧れ、さらに自らの道を探求し始めた息子。演者として互いに尊敬しながらも、ふたりが放つ温かな雰囲気に感じるのは、芸の厳しさをも乗り越える、揺るがない信頼感だ。

新たな「鬼平犯科帳」は、「鬼平犯科帳」SEASON1と銘打ち、2024年1月8日に時代劇専門チャンネルでテレビスペシャル『鬼平犯科帳 本所・桜屋敷』を放送、配信。5月には劇場版『鬼平犯科帳 血闘』が公開予定、さらに連続シリーズ『鬼平犯科帳 でくの十蔵』『鬼平犯科帳 血頭の丹兵衛』の2作品が放送・配信される予定だ。そのなかで親子共演が観られるのは、『鬼平犯科帳 本所・桜屋敷』と『鬼平犯科帳 血闘』となる。

あふれる人情味を持ちながら正義を貫く松本幸四郎さんの平蔵と、平蔵が如何にして鬼平と称されるようになったか、その源となる市川染五郎さんの銕三郎。父と子という関係を超え、演じる者同士の信頼のなかでひとりの人間を演じるふたりの役者、その競演を楽しみにしてほしい。

池波正太郎生誕100年企画「鬼平犯科帳」SEASON1
テレビスペシャル『鬼平犯科帳本所・桜屋敷』:2024年1月8日(月・祝)13:00〜/19:00〜
劇場版『鬼平犯科帳 血闘』:2024年5月10日(金)公開
連続シリーズ『鬼平犯科帳 でくの十蔵』『鬼平犯科帳 血頭の丹兵衛』は2024年5月以降、「時代劇専門チャンネル」にて放送
出演:松本幸四郎、仙道敦子、中村ゆり、火野正平、市川染五郎ほか豪華キャスト

松本幸四郎/Koshiro Matsumoto
1973年東京都生まれ。二代目松本白鸚の長男として生まれる。1979年3月、歌舞伎座『侠客春雨傘』で三代目松本金太郎を襲名して初舞台を踏む。1981年10月、歌舞伎座『仮名手本忠臣蔵』七段目の大星力弥ほかで七代目市川染五郎を襲名。2018年1月、歌舞伎座 高麗屋三代襲名披露公演『壽 初春大歌舞伎』で十代目松本幸四郎を襲名。

市川染五郎/Somegoro Ichikawa
2005年東京都生まれ。十代目松本幸四郎の長男。2007年6月、歌舞伎座『侠客春雨傘』で初お目見え。2009年6月、歌舞伎座『門出祝寿連獅子』で四代目松本金太郎を名乗り初舞台。2018年1月、歌舞伎座 三代襲名披露興行『勧進帳』源義経ほかで八代目市川染五郎を襲名。

<衣装 ※松本幸四郎さん着用分>
ジャケット、シャツ、チーフ/すべてブリオーニ(ブリオーニ クライアントサービス TEL:0120-200-185)、その 他スタイリスト私物

<衣装 ※市川染五郎さん着用分>
ニット¥147,400、ジャケット¥528,000、パンツ¥187,000、ベルト¥106,150、ブーツ¥403,700(ベルルッティ/ベルルッティ・インフォメーション・デスク TEL:0120−961−859)、その他スタイリスト私物

TEXT=牛丸由紀子

PHOTOGRAPH=倭田宏樹(TRON)

STYLING=川田真梨子(松本幸四郎)、中西ナオ(市川染五郎)

HAIR&MAKE-UP=林摩規子(松本幸四郎)、AKANE(市川染五郎)

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