歌手・五木ひろしが通算175枚目のシングル「時は流れて…」を9月にリリース。2024年で歌手生活60周年を迎えるレジェンド五木ひろしの半生に迫る。連載8回目。過去記事はコチラ。
開演前にヨーデルで自己チェック
「ヨロレイヒー」
五木ひろしのコンサート開場前、まだお客さんの入っていないホールには、ヨーデルが響いている。
ヨーデルとは、ヨーロッパのアルプスの山岳地帯で牧童が仲間と呼び交わすために行った発声。胸で鳴らす低音とファルセット(裏声)を交互に使い分けて音色を変化させる。
なぜ五木ひろしがヨーデルを? にわかには理解しがたい。しかし五木にとって、ヨーデルはコンサートの本番前に行う大切なルーティンだ。
レコード大賞受賞2回、レコード大賞最優秀歌唱賞3回(歴代単独第1位)、NHK紅白歌合戦連続50回出場、紫綬褒章受章、旭日小綬章受賞……。五木ひろしは数々の栄誉に輝いてきた。そして、1971年の「よこはま・たそがれ」以降50年以上、芸能界のメインストリームで歌い続けている。
半世紀以上芸能界で活躍を続けている五木によると、歌手が売れなくなるのには3つの理由があるという。
①キーを下げる。
②リズムを崩す。
③1曲の歌唱時間を延ばす。
この3つのどれかをやり始める歌手は売れなくなっていくそうだ。
「まずキーですが、個人差はあるものの、年齢を重ねると高音域が出にくくなってきます。すると、音程を下げて歌いたくなる。その曲のオリジナルの歌唱よりも低いキーで歌うと楽だからです。1度下げると歌いやすくなるので、また下げたくなる。さらに、もっと下げたくなる。キーを下げることに抵抗がなくなり、どんどん下げていきます。リズムも、崩し始めると、それがふつうになってしまいます。やがてそれ以前のようには歌えなくなります」
歌手も人間である以上、声は変化する。コンディションや加齢によって思うように歌えなくなることもある。その対策として、五木は開演前にヨーデルをやり、自分の声を厳しくチェックしている。
「まず楽屋内でヨーデルを歌っています。そして、開演直前にもう1度ヨーデルでチェックします。それによって、その日の自分の声の状態がよくわかります」
レジェンドの五木にも声の調子がよくない日があるのだろうか? 失礼を承知で聞いた。
「ありますよ」
五木は率直に答える。
「今も100回に一度か二度、自分で自分に納得できないことがあります。でも、ご安心ください。僕にしかわからない微妙な違いですから。客席も、バンドメンバーも気づかないと思います。そこに誰かプロのシンガーがいたとしても気づかないでしょう。僕自身がわかっていることが大切です。そのためには、ヨーデルが役立ちます」
では、歌手が売れなくなる理由の3つ目「1曲の歌唱時間を延ばす」とはどういうことだろうか。
「オリジナルのレコードの歌唱が3分半だとして、自分の歌に自信があると、6分、8分にしたくなります。状態がいいと、いくらでも歌えるから、気持ちいいんですよ」
しかし、そこに罠がある。
「歌が、しつこくなってしまいます」
歌謡曲の場合は、オリジナルの時間で、その作品の世界観が完結している。お客さんは満足する。
「だから、長くなると、楽曲が間延びしてしまいます。それが歌手としてマイナスの方向へ向かってしまうのです」
常に変わることでトップであり続ける
常にトップであり続けるために必要なのは、歌手としての技術の高さだけではない。強いマインドや時代との融合も意識しなくてはならない。
「歌手にはそれぞれに味があり、得意な歌があります。持ち歌、代表曲を歌ったら、その人が一番上手いはずです。ほかの歌手の歌を聴き、上手いなあ、いいコブシをしているなあ、と感じることは少なくありません。でも、ジャズも、ブルースも、フォークも、演歌も、どんなタイプの音楽でも歌える歌手として、僕は誰にも引けを取らないという自負はあります。自分で自分を最高と思えなければ、半世紀以上も歌い続けられません」
トップであり続けること、高いレベルで自分を継続することの大切さは身に染みている。
「1曲、2曲ヒットが出る。それはそれで価値のあることだとは思います。ただ、僕は何十曲もヒットさせてきました。50年以上ファンの方々を飽きさせずに歌ってきた。次も聴きたい。今度もいい歌だ。そう思っていただけてきた。そこに誇りを感じています」
NHK紅白歌合戦には、歴代最高の50回連続出場を果たした。
「50回連続にももちろん名誉を感じていますが、その50回のうち41回をその年リリースした曲を歌ったことにも僕は誇りを覚えます。毎年のように新しい曲を歌い、日本中の人に聴いていただいたわけですから。毎回良いと思って頂けるように、今度はこうしよう、その次はこうしよう、と新しいアイデアを提供してきました。
もちろん、必ずしも100%いい結果にはなりませんよ。それでもくじけることなく、さらに新しい五木ひろしの歌をお聴かせしてきました」
半世紀以上常に変わり続け、新しい五木ひろしを披露し、支持され続けてきたことにプライドを持っている。
“都会”と“ふるさと”、この2つを大切に歌ってきた
トップであり続けるためには、常にその時代に敏感でありつづけた。
「僕が歌ってきた音楽は歌謡曲、流行歌です。ファンションのひとつです。時代に添ったものでなくてはいけません」
日本で歌い続けるために、五木は二面性も意識してきた。
「若いころに、作家で作詞家の山口洋子さんに言われて気づいたことですが、都会性とふるさと、この2つを大切に歌ってきました。まったく違うように見えて、どちらも日本らしさです。この両方を歌うことができたならば、時代が変わってもお客さんを飽きさせません。それを意識して、作詞家を選び、自己プロデュースし、歌い続けてきました」
(※第9回に続く)