アスリート、文化人、経営者ら各界のトップランナーによる新感覚オンラインライブイベント「Climbers(クライマーズ)」。その第6弾が、2023年4月26日から3日間にわたって開催され、ビジネスパーソンを大いに熱狂させた。今回、競馬騎手・武豊さんによる特別講義を一部抜粋して掲載。すべての講義を聴くことができるアーカイブ配信はこちら。※2023年5月2日〜5月15日18時までの無料限定公開。申し込みは画面内右上もしくは下の「視聴登録はこちら」より
2010年の落馬事故で挫折を経験
父が騎手だったこともあり、幼少の頃から「騎手になりたい」という夢を持っていました。1987年にデビューし、新人最多勝記録を更新。当時は「騎手になる夢がかなってうれしい」という気持ちと、「父親が騎手なので結果が出ないと親に申し訳がない」という思いで馬に乗っていましたね。
デビュー3年後には海外のレースにも挑戦。外国の競馬場で馬に乗りたいと子どもの頃から憧れていたので、心から楽しめました。でも、ビジネスとしては難しかった。英語がろくにしゃべれず、現地の関係者とコミュニケーションがうまく取れない。生活面でも苦労しました。フランスではよく迷子になったし、家の水道が壊れて水が出ないなど、日本ではないことが当たり前のように続く。海外生活で鍛えられたと思います。
騎手としての仕事は順調でしたが、2010年に初めての壁にぶつかりました。毎日杯での落馬事故です。左肩骨折の重傷を負い、全治半年と診断。ケガ自体は予想以上に早く治りましたが、復帰しても思うように結果が出ません。レースで勝てなくなり、2011年は年間64勝、2012年は年間56勝に終わりました。ケガの前は年間200勝していたので、「苦しい」と感じましたね。
騎手という仕事は、自分から「レースに出たい」と言って、出られるものではありません。馬主や調教師からの依頼があって、初めて馬に乗ることができます。そういう仕事ですから、成績の悪い騎手に強い馬はまわってきません。悪い流れを一気に変えるのは難しいのです。
競馬界は厳しい世界だと改めて気づかされました。では、現状を打破するためにはどうしたらいいのか。ここはいったん、新人の気持ちに戻ろうと決意しました。実績のない新人に強い馬はまわってきません。でも、地道に仕事に取組み、少しずつ勝ち星を積み上げていくことで道は開けます。地味なことをしっかりとやって、信頼関係を築いていこうと考えたのです。
プレッシャーは嫌じゃない
2013年、キズナという馬で毎日杯を勝利しました。3年前に落馬事故を起こしたのと同じレースです。騎乗前には嫌な記憶も蘇りましたが、「このレースを勝って、ネガティブな思いを打ち消そう」と強い気持ちで臨みました。毎日杯に続いて、キズナで日本ダービーを制覇することができました。キズナとの出会いは、僕の騎手人生の分岐点ともいえますね。
ほかの職種でも同じだと思いますが、騎手という仕事も相当プレッシャーが大きい。ファンは馬券を買って応援してくれているわけですから、「勝たなければいけない」という責任を感じます。でも僕は「プレッシャーをなくしたい」とは思いません。プレッシャーが嫌じゃないんです。プレッシャーがたくさんある環境に身を置けることがうれしい。気持ちがいいんですよ。
「今後の目標は?」と聞かれることが多いけれど、あまり先のことは考えていません。今、頭の中にあるのは、明後日のレースのことだけ。次のレースのことを考えて、それを繰り返していくだけなんです。
でも、フランスで開催される凱旋門賞には「いつか勝ちたい」という漠然とした思いはあります。日本競馬界の夢でもありますからね。その実現のためにも、ひとつずつ次の勝利を目指していくしかないんです。
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2023年5月2日〜5月15日18時までの無料限定公開。申し込みは画面内右上もしくは下の「視聴登録はこちら」より。※アーカイブ視聴申し込みは5月14日18時まで
武豊/Yutaka Take
1969年京都府生まれ。17歳で騎手デビュー。デビューの年に新人最多勝記録(当時)を更新し2年目の菊花賞でGIを制覇。以来18度の年間最多勝利騎手、地方海外含め100勝以上のG1制覇(歴代最多)など、数々の伝説的な最多記録を持つ。2005年には、ディープインパクトとのコンビで皐月賞、日本ダービー、菊花賞を制し、史上2例目となる無敗での牡馬3冠を達成。50歳を迎えた2019年には、フェブラリーステークス、菊花賞を制覇。昭和・平成・令和と3元号同一G1制覇を達成した。2023年には、前人未到のJRA通算4400勝を達成するなど、デビューから現在に至るまで、史上初・史上最年少・史上最速・史上最多の名がついた輝かしい記録を打ち立て、自らの記録さえも塗り替え続ける。 父は元ジョッキーで調教師も務めた故・武邦彦。弟は元ジョッキーで、現調教師の武幸四郎。