PERSON

2022.10.28

【安藤忠雄】闘い続ける仕事術「こども本の森」にこめたメッセージ

2022年9月に81歳を迎え、今も休みなくトップを走り続ける建築家・安藤忠雄。GOETHEは創刊以来16年間、安藤さんを追い続けてきた。今回、統括編集長の舘野晴彦が、大阪に足を運び、安藤さんに80代の仕事人の在り方をインタビュー。多いときには50件近い案件を同時に進める安藤さんの仕事術に迫りたい。動画連載「2Face」とは……

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「もっと早く本と出合いたかった」安藤忠雄の後悔とは

今回、舘野が足を運んだのは、大阪市にある「こども本の森 中之島」。子どもたちに多様な本を手に取ってもらい、無限の想像力や好奇心を育んで欲しい。自発的に本の中の言葉や感情、アイデアに触れ、世界には自分と違う人や暮らしが在ることを知ってほしい、という安藤さんの想いから生まれた文化施設で、設計はもちろんのこと、建設費を自ら負担、運営費も安藤さんが旗振り役になって集めた寄付金でまかない、2020年7月に開館した。

館内に足を踏み入れると、そこは立体迷路のように階段やブリッジ通路を巡らせた3層の吹き抜け空間が広がる。四方を囲むすべての壁が本棚になっていて、まさに「本の森」に迷い込んだかのように、冒険気分で館内を子ども達が歩き回っている。

安藤さんは、「こども本の森」を、神戸と岩手県の遠野にも建設している。なぜ、本の森を自ら寄付金を集めて提案したのか……その理由を聞いた。

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大阪市の中心部を流れる堂島川と土佐堀川にはさまれた中之島公園内に建設された「こども本の森 中之島」。エントランスには、大きな青リンゴのオブジェが設置されている。 写真/伊東俊介

「子どもの時に、音楽を聴いたり、本を読んだりという経験があると、想像力をつくり出す大きなエネルギーが生まれてくる。

私は子どもの頃、生まれ育った生活環境の影響もあって、本を読んだり、音楽を聴いたりという経験をほとんどしてこなかったので、後になって後悔をしました。そういった訳で、この場所に、子どもたちが本を読める場所を作れないかなと思ったんです。

自分は大学も行かず、専門学校も行かずに、建築の世界に入りました。

周りの人に、幸田露伴の『五重塔』が面白いよとか、吉川英治の『宮本武蔵』が面白いよと薦められて読んだのですが、10歳くらいまでに本を読んで来なかった人間が、成長してからいきなり本を読むのは難しいと痛感したんです。

それから、夏目漱石や正岡子規の本なども読むようになりました。文学の世界の面白さがわかりはじめ、やっぱり夏目漱石の構想力はいいなぁと、内容もおもしろいなぁと感じました。『坊ちゃん』は、アイデアにも、ユーモアにも富んでいる。

私はこんなに面白い夏目漱石の作品を25歳頃に初めて読んだんですよ。読んだ瞬間に、”しまった”と思いましたね。この作品を10代で読んでいたのなら、もうちょっと想像力の豊かな人間になれていたのではないかと思ってしまうんです」

もっと早くに本に出合いたかった。そんな安藤さんの思いが、「こども本の森」には詰まっているのだ。
ただ、安藤さんはこどもたちに、本だけを読んで欲しいとは思っていない。自発的に何かに取り組むための”自由”が必要だと考えている。

「幼い頃、祖母からは、学校で宿題を全部終わらせてきなさいと言われていました。『宿題を終わらせてから帰ってきたら、あなたは自由。魚を獲りに行くのも、トンボを獲りに行くのも、相撲を取るのも、野球をするのも自由ですよ』と。子どもが子どもの内にすべきことをしなかったら、大人になっても上手く行かない。今の子ども達はそんな自由な時間が少ないように思います」

目の前にある必要なことを、ただひたすらに取り組む

GOETHE創刊以来、安藤さんを16年間取材し続けてきた舘野は、「安藤さんは常に、本当に走っている」と話す。仕事に取り組む姿勢はもちろんだが、イタリアの空港で安藤さんを見かけた時も、取材のため待ち合わせをした際も、時間を惜しむように本当に小走りでやってきて、しっかり話した後に、また小走りで帰っていくのだ。

なぜ、安藤さんはいつも走っているのか? その理由は安藤さんの幼い頃の経験にあるようだ。

「子どもの頃、大工さんが、私の実家を二階建てに増築してくれた時に、一心不乱に、昼食も取らずに働いていたんです。

工夫しながら私の実家を造ってくれて、大工さんも出来上がった家に満足し、感動していました。そんな大工さんの姿を見て、一心不乱に働けば、何とかなるのではと思ったんです。

周りの若者達は、一流大学に行くために猛烈に勉強していた。そんな一流大学出身の人たちと同じように働くには、それ以上に勉強せなあかん! と思って、私も必死で勉強しました。

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施設内は、見渡す限り本に囲まれた空間。「こどもたちに多様な本を手に取ってもらい、無限の創造力や好奇心を育んでほしい」という願いがこめられている。 写真/伊東俊介

大学にも、専門学校にも行けなかったなら、行った人よりも勉強をしないといけません。私の場合は、18歳から25歳くらいまで、毎日6〜7時間は勉強していました。夜の9時から始めて、深夜2時まで頑張ったら5時間勉強できる。十分ですよ」

81歳の現在も、常に30〜40件、多いときには50件を超える案件を同時に進める安藤さん。目の前のことに一心不乱に取り組み、それ以外の時間は走って時間を捻出し、現在は、ネットを駆使して、安藤さんの拠点の大阪から、世界中とやり取りをしていると話す。

そんな安藤さんに、今後やりたいことを聞いた。

「何がやりたいか? ということではなく、必要なことをやっていく。何事もシンプルに考えています」

パワフルな安藤さんでも、気持ちがへこむことはありますか? 落ちこんだ時はどうするのですか? と尋ねると、「ないですよ。出たとこ勝負やろ! なるようになる」と笑顔ながらピシャリと答える安藤さん。

それは一瞬、ネガティブな思考は一切、近づけないというような凄みすら感じた。

現代に生きる傑物のONとOFFを探る、「2Face」。安藤忠雄の仕事人の顔は、やはり常に尋常ならざる集中力で一心不乱に取り組む、熱狂人の顔をしていた。

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「こども本の森 中之島」公式HPより

Tadao Ando
1941年大阪生まれ。独学で建築を学び、’69年に安藤忠雄建築研究所を設立。世界的建築家に。現在、世界中で進行中のプロジェクトは50を超える。プリツカー賞、文化勲章をはじめ受賞歴多数。

Haruhiko Tateno
1961年東京都生まれ。'93年、創立メンバーの一人として幻冬舎を立ち上げて以来、各界の著名人たちの多彩な作品を世に出し続ける。2006年に「GOETHE」を創刊し、初代編集長も務めた。

こども本の森 中之島
住所:大阪府大阪市北区中之島1-1-28
TEL:06-6204-0808
開館時間:9:30〜17:00
休館日:月曜
※入館には事前予約が必要

■短期集中連載「安藤忠雄が走る理由」 第1回はこちら
■短期集中連載「安藤忠雄が走る理由」 第2回はこちら
■短期集中連載「安藤忠雄が走る理由」 第3回はこちら
■短期集中連載「安藤忠雄が走る理由」 第4回はこちら

■動画連載「2Face」とは……
各界の最高峰で戦う仕事人たち。愛する仕事に熱狂する姿、普段聞けないプライベートな一面。そんなONとOFFふたつの顔を探ると見えてくる、真の豊かな人生に迫る。

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COMPOSITION=石原正也

TEXT=田中美紗貴(ゲーテ編集部)

PHOTOGRAPH=田中美紗貴(ゲーテ編集部)

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