短期集中連載「安藤忠雄が走る理由」。第2回は、ゲーテ2018年12月号より当時77歳の安藤忠雄特集を蔵出し。フランスで1982年に展覧会を、’93年にはポンピドゥーでも個展を、そして2017年には東京で展覧会を行なうなど、活動の幅を狭めることなく最前線でを走り続ける。戦う建築家は当時、芸術の殿堂でなにを感じ、表現したのか。
現代アートの殿堂で触れる闘いの軌跡
アートに触れる場が無数にあるパリにおいて、国家レベルで整備された以下3つの施設の充実ぶりは際立っている。19世紀以前のアートを所蔵・展示するルーヴル美術館。印象派を中心とした19世紀アートばかりを集めたオルセー美術館。そして、20世紀以降の現代アートの殿堂ポンピドゥー・センターだ。
抜群のロケーション、コレクションの質・量、集客力のいずれもこの3館は他を圧倒する。そのうちのポンピドゥーでは常設展示以外にも、折に触れ企画展が開かれており、この秋の目玉として企画されたのが建築家、安藤忠雄の個展である。
安藤が初めてフランスの地で展覧会をしたのは、1982年のこと。’93年にはポンピドゥーでも個展を開催している。
「またパリで展示ができるのは、私にとっても嬉しいこと。フランスの文化には、若い頃から大きな影響を受けてきましたから。私は建築を独学で学びました。文献を手にできる限り読み漁り、奈良や京都をはじめ日本中の建築を見て回り、勉強の仕上げにと、世界の建築を訪ね歩く旅に出た。1960年代のことです。胸を打つ建築は各地にありましたが、なかでもフランスでル・コルビュジエの作品群を目の当たりにした体験は、今も強烈な印象として残っています。サヴォア邸やロンシャン礼拝堂……。それら近代建築の精髄から、おおいに勉強させてもらったものです。’68年に学生たちを中心にフランス五月革命が起きた時には、たまたま現場のパリにいました。人々が権力に真っ向から対峙するのを見て、『ああフランスの人たちは、いつも原点からものごとを考え、闘う時には徹底的に闘うのだ』と感じ入りました。彼らの姿からもいろいろなことを学びましたね」
敷地の形態など建築条件や予算、社会の因習、建築の歴史、そしてもちろん施主とも。あらゆるものと徹底的に向き合い仕事を進める「闘う建築家」として知られるのが安藤忠雄である。その原点のひとつは、フランスでの学びにあったのだ。
「1977年、レンゾ・ピアノやリチャード・ロジャースらの設計によるポンピドゥー・センターがお目見えした時には、世界中が驚きました。大切に受け継がれてきた歴史的建造物が立ち並ぶ街並みに、斬新なデザインの巨大建築が現れたのですから、インパクトは抜群だった。景観を壊すとの批判もあったようですが、新しいものがポンと放りこまれると、古いもののよさが際立ったりもするものです。過去・現在・未来が同居しており、いち時にすべて体験できるのがパリという街。その要となっているポンピドゥーで2度目の展覧会ができるというのは、大変やりがいのあることです」
街には感動がなければならない。そして建築にも感動がいる、というのが安藤の持論。ならばもちろん、自身の個展にもたっぷりと感動を含ませなければならぬと考えるのは必然だろう。
挑戦し続ける男「安藤忠雄」
2017年に開かれた東京・国立新美術館での「安藤忠雄展-挑戦-」では、代表作たる「光の教会」の実物大模型を会場中庭に出現させて、観る側の度肝を抜いた。本人が展示について語るレクチャーシリーズを数十回もこなすなど、異例ずくめの活動で話題を振りまいた。結果、入場者数はなんと30万人超に達することに。建築展は動員が見こめないというアート界の常識を、あっさりと覆してしまった。
東京展に続くパリでの展示では、どんな感動を用意したのか。
「実物大の『光の教会』をまた建てようと思ったのですが、パリのあの一帯は地盤の強度がなく、物理的にどうしても無理とのこと。しかたがないので十字架のスリットがある面の壁だけ、いわば『光の壁』を立てるに留めました。
このように何かをしようとすれば、必ず思いもよらぬ困難がついて回るものですが、私にとってそれは決してマイナスではありません。これは挑戦のしがいがある、できることを最大限やってやろうということで、挑戦心を掻き立てられます。
今回の展示では、空間体験が生きる力になるような展示を実現させようと考えました。展示室の入り口には2点の大きな写真を並べてあります。『光の教会』十字部分と、パリ・ユネスコ本部にある『瞑想空間』内部の円形を撮ったもの。この2枚によって、建築を考えるうえで常に光と影を強烈に意識してきたことを、まずは示したかった。
光と影という明快なコンセプトのもと、これまで手がけた建築のひとつひとつについて、着想から完成までのプロセスをたどれる展示にするよう心がけました。初めはこう考えた、次にこちらへ進んだが、条件によって変更が生じ、こんな問題にも直面し、最終的にはこうなったと、ものごとを考えていった軌跡を、追体験できるようにしてあります」
広い会場内では実質的なデビュー作とされる「住吉の長屋」から、ポンピドゥー・センターにほど近い場所で進行中の新しい美術館「ブルス・ドゥ・コメルス」まで、多数の建築例が取り上げられ、ドローイング、図面、模型、写真や映像などを駆使して紹介がなされていく。
安藤忠雄と建築の、また社会や時代との闘いの軌跡がここにぎっしりと詰まっている。見るべきもの多きパリではあるが、この秋は本展に目的を絞って訪れてみたい。
Tadao Ando
1941年大阪府生まれ。独学で建築を学び、’69年に安藤忠雄建築研究所を設立。世界的建築家に。現在、世界中で進行中のプロジェクトは50を超える。プリツカー賞、文化勲章をはじめ受賞歴多数。