'70年代にフェラーリ275GTBをパリで疾走させたルルーシュ監督のクルマへの情熱【クルマの教養】

歴史ある名車の"今"と"昔"、自動車ブランド最新事情、いま手に入るべきこだわりのクルマ、名作映画を彩る名車etc……。国産車から輸入車まで、軽自動車からスーパーカーまで幅広く取材を行う自動車ライター・大音安弘が、さまざまな角度から“クルマの教養”を伝授する!

パリを疾走する1台のフェラーリ  

フランス映画『男と女』をご存じだろうか。作品を見たことはなくとも、ダバダバダ~♪のスキャットで始まる主題歌なら、誰もが一度は聴いたことがあるはず。

1966年に公開された同作は、大切な人を突然失った過去を持つ男女による大人の恋を描いたもの。主人公ジャンは、トップレーサーであることから、モータースポーツのシーンもあり、実際のル・マン24時間レースやラリー・モンテカルロの映像が使われるなどクルマ映画の一面も持つ。

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この作品が評価されたことで、当時、まだ監督として無名だったクロード・ルルーシュの名が広く知られるようになった。しかし、本題は、ここからである。その10年後となる'76年に、ルルーシュ監督は、8分47秒の短編映画を公開した。それが、今回紹介したい作品『ランデヴー』である。

『ランデヴー』のタイトルが示すように、やはり男女の恋を描いたものだが、なんとふたりが登場するのはラストシーンだけ。主演を務めるのは、「フェラーリ275GTB」だ。しかし、その主役の姿すら、まったく映らない。この作品は、ドライブの風景と走行音だけで構成されるからだ。

フェラーリ275GTB

まだ多くの人が夢の中にいる夜明け間近、パリを疾走する1台のフェラーリ。その静粛を打ち破るように響くエキゾーストとタイヤスキール。ステアリングを握る男が向かうのは、パリ18区にあるサクレ・クール寺院そばで待つ恋人の元。多くのクルマを追い越し、一瞬も止まることなく走り続けるフェラーリの姿は、まさに少しでも早く恋人に会いたいという男の気持ちと重なり、強く印象付ける。

ただ、この情熱的な恋は、かなりスリリングだ。ドライバーのスキルと判断力は素晴らしいが、遅いクルマを避けるために反対車線に飛び出すわ、信号機を無視するわとやりたい放題。決して、正当化できることではないが、大切な人の元にはやる気持ちは、誰もが共感できるところだろう。

一発勝負のゲリラ撮影

撮影は、早朝のパリにて一発勝負で行われた。いわゆるゲリラ撮影である。ルルーシュ監督の自主製作だったようで、作品には、彼の2台の愛車が用いられた。実際のパリの街を疾走したのは、フロント部にカメラを固定した「メルセデス・ベンツ450SEL 6.9」だったという。これは高級車の足回りが、撮影に適しているとの判断からのようだが、ただこのクルマも、只ものでない。大型のメルセデス・セダンに、6.9LのV8エンジンを押し込んだ高性能モデルで、ルルーシュ監督のクルマへのこだわりを伺わせる。ただ走行音は、フェラーリ275GTBと差し替えられており、その力強くも甘美なサウンドが作品のBGMにもなっている。

これまで撮影車のドライバーは、腕の立つレーサーが担当したといわれてきたが、近年、ルルーシュ監督自身のドライブであったことを本人自ら告白している。フェラーリを愛車とし、自ら撮影車を運転したことからも、大のクルマ好きだったことがよく分かる。しかし、同時に、既にフェラーリを所有できるほど成功を収めていた監督自身が、このような過激な作品を手掛けたことに驚かされる。それだけ映画とクルマへの情熱は強烈なものだったのかもしれない。

今年、ルルーシュ監督は、再び『ランデヴー』に挑んだ。これは新型コロナウイルスの世界的感染拡大で影を落とした世界の人々に、少しでも前向きな気持ちを取り戻してほしいとフェラーリとルルーシュ監督が協力し、新作『Grand Rendez-Vous』を製作した。同作は、新型コロナウイルスの影響で、開催が中止されたF1モナコ・グランプリのコースであるモナコの公道で撮影を実施。新作の車両には、フェラーリ市販車初のハイブリッドカー「フェラーリSF90ストラダーレ」を使用。ドライバー兼主役には、地元出身のフェラーリF1チームのドライバー、シャルル・ルクレールを抜擢した。ランデヴーを名乗るには、もちろん、恋人役も必要。今回は、監督の孫娘がその役を担った。同作は、映画というよりもドキュメンタリー要素が強いが、モナコを駆けるフェラーリの姿は、見ごたえ十分。同作は、WEB上で無料公開されている。また『ランデヴー』については、上記で紹介した『男と女』制作50周年記念デジタル・リマスター版に特典として納められている。

最後の元祖『ランデヴー』のエピソードをひとつ。当時、作品の恋人役を務めたのは、ルルーシュ監督自身の恋人である。この作品の最大のエッセンスは、フェラーリよりも、彼女の存在だったのかもしれない。


大音安弘
大音安弘
1980年埼玉県生まれ。クルマ好きが高じて、エンジニアから自動車雑誌編集者へ。その後、フリーランスになり、現在は自動車雑誌やウェブを中心に活動中。主な活動媒体に『ベストカーWEB』『webCG』『モーターファン.jp』『マイナビニュース』『日経スタイル』『GQ』など。歴代の愛車は、国産輸入車含め、全てMT車という大のMT好き。
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