ダイハツ初の本格スポーツカー「COPEN」は、なぜ物凄いのか?【クルマの教養】

歴史ある名車の今と昔、自動車ブランド最新事情、いま手に入るべきこだわりのクルマ、名作映画を彩る名車etc……。国産車から輸入車まで、軽自動車からスーパーカーまで幅広く取材を行う自動車ライター・大音安弘が、さまざまな角度から“クルマの教養”を伝授する!


小さなボディに込められた大きな夢

戦後、最も身近なクルマとして誕生した軽自動車は、日本の道路や環境、ニーズを巧みにくみ取り、独自の進化を遂げてきた。しかし、それでいて実用一辺倒でないところが、軽自動車の面白いところだ。何しろ、その厳しい枠組みの中にありながら、クルマ好きの憧れであるスポーツカーさえ作ってしまうのだから……。

もちろん軽自動車にも、ユーザーの拡大とともに性能を重視したスポーティなモデルが登場してきたが、それは通常モデルをスポーティに仕立てたものに過ぎなかった。ところが、バブル期へ突入すると、一部の国産自動車メーカーが軽自動車の可能性を追求すべく、本格的なスポーツカーの開発へと乗り出す。マツダの「オートザムAZ-1」、ホンダの「ビート」、スズキの「カプチーノ」の3台が、ほぼ同時期となる1991年~'92年に世に送り出された。その一方、スズキ同様、軽自動車を主力とするダイハツは、このムーブメントには参入せずに終わる。

時は流れ、'99年秋の東京モーターショーに舞台は移る。ダイハツは、「KOPEN(コペン)」と名付けた軽スポーツカーのコンセプトを出展する。愛嬌たっぷりの丸みを帯びたボディには、高性能なターボエンジンに加え、贅沢にもハードトップの電動開閉式ルーフが備えられていた。この頃、バブル期に生まれた軽スポーツカーたちは全て絶版に。さらに排ガス規制の強化が、高性能な日本製スポーツカーたちの先行きに暗雲をもたらしていた時期とも重なった。それだけに再び軽の本格スポーツカーの提案に、クルマ好きたちは大いに反応し、その市販を期待した。その反面、高級車に多く用いられた電動開閉式ルーフの採用が盛り上げ役のコンセプトカーに過ぎないと捉える向きもあった。

確かにKOPENは、モーターショーでの展示を目的に、デザイン部の提案から生まれたコンセプトカーであった。しかし、KOPENが夢物語に終わらぬよう、量産化を意識し、既存の軽自動車のプラットフォームの流用ができる前輪駆動車(FF)を想定してデザインされていた。

東京モーターショーでの大きな反響を受けてダイハツは、KOPENの市販化を決意し、開発チームを組織する。そのスタイルは、量産化と普遍的なスポーツカーを意識したデザインに仕上げていたため、デザイン部のこだわりもあり、コンセプトカーのままとすることが決定。さらに開発の中心となる技術者を挙手制で募ることで、スポーツカー好きが集められた。つまり、ここからダイハツ史上初となる本格スポーツカーの開発がスタートしたのである。

COPEN誕生!

2001年の東京モーターショーで「KOPEN」は「COPEN」に名を改め、ほぼ市販化仕様の姿で、再び出品。コンセプトそのままでの登場したCOPENに、ファンの期待は最高潮に達した。翌年となる'02年6月19日に発売を開始。その際に明かされたスペックは、サイズこそ軽自動車であったが、スポーツカーに相応しい特別感に溢れるものであった。

新開発ターボチャージャーを搭載した高性能エンジン、専用サスペンション、軽量高剛性を実現したボディ、そして、軽自動車初となる電動開閉式ルーフ「アクティブトップ」を標準化。さらにボディ塗装は、軽自動車では異例の5層コートを基本とし、深みのある艶やかな輝きを実現していた。

特徴的な前後対象のスタイルは、軽自動車のサイズ感でも、クーペの美しいスタイルを構築し、「軽だから」という軽口を叩かせない完成度の高いスタイリングを実現。価格やサイズに捉われない魅力を最大限にアピールした。

インテリアでは、スポーツシートと最適なドライビングポジションを得られるテレスコピック&チルト機構付きステアリングを備え、トランスミッションも5速MTだけでなく、4速ATもマニュアルモード付とするこだわりようであった。

何よりも贅沢だったのが、その生産工程で、ダイハツの熟練の職人たちが集うCOPEN専用工場「エキスパートセンター」で、ハンドメイドよる生産手法がとられた。これは少量生産車に合わせた仕組みであると共に、高品質が求められるCOPENには、彼らの技術が不可欠だったからだ。

それでありながら、149万8000円という価格は破格といえ、ダイハツの良品廉価の姿勢がモデル共通であることを知らしめるものでもあった。それだけに顧客の反応もすさまじく、月販500台に対して、発売1ヵ月で約5000台を受注。その後、3ヵ月半で1万台を超えるヒットを記録した。当時の資料によれば、AT比率が約7割、ユーザーの55%が既婚者であったことも、幅広い世代に愛されていたことをうかがわせる。

次世代へバトンを繋ぐ

COPENは、約10年のモデルライフの中で、海外進出も実現。当初は、日本仕様をベースとした右ハンドル車をイギリスやオーストラリア、ドイツなどに投入。欧州で好評を得て、1.3Lの自然吸気仕様エンジンを搭載した左ハンドル仕様も開発され、欧州各地にも投入された。日本のCOPENは、世界のCOPENへとなったのである。

そんな初代も、'12年に製造を終了するが、'14年には、第2章となる現行型がデビュー。外装の着せ替えを可能とした脱着構造「Dress-Formation」を新採用することで、3タイプの異なるデザイン仕様を発売。購入後の仕様変更も可能なユニークなアイデアを提案した。また昨年10月より、トヨタとのコラボレーションによる走行性能を強化した「GRスポーツ」を投入。初代の良い部分を受け継ぎながらも、独自の発展を遂げ、誰でも手が伸びるオープンスポーツカーの楽しみを提供し続けている。

伝統の開閉式ルーフは、格納型ハードトップのため重量や容積をとりスポーツカーとしては不利だが、ふとした瞬間にルーフを解き放つことで四季の移ろいを肌で感じることが出来る。やはりCOPENにとって、欠かせないアイテムといえるだろう。速く走るためのスポーツカーなら、ほかにも選択がある。その独自の価値観がCOPENの隠し味であり、日本が生んだ軽自動車の物凄さを教えてくれる。


Yasuhiro Ohto
1980年埼玉県生まれ。クルマ好きが高じて、エンジニアから自動車雑誌編集者へ。その後、フリーランスになり、現在は自動車雑誌やウェブを中心に活動中。主な活動媒体に『ベストカーWEB』『webCG』『モーターファン.jp』『マイナビニュース』『日経スタイル』『GQ』など。歴代の愛車は、国産輸入車含め、全てMT車という大のMT好き。