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2025.09.17

子は親の性格を継ぐのはうそ!? 科学的に考察すると…

他者のメッセージが持つ強い影響力は"呪い"だ。私たちはみな、無意識のうちに他者の意見や価値観を取り込み、それによって人生に絶望を覚えたり、言葉にできない生きづらさを感じてしまうことがある。サイエンスジャーナリスト・鈴木祐の新著『社会は、静かにあなたを「呪う」』を一部抜粋。8回目。【その他の記事はこちら】

子は親の性格を継ぐのはうそ!? 科学的に考察すると…
※写真はイメージ。unsplash

性格は死ぬまで変わらないは本当か!?

遺伝系の"呪い"のバリエーションに、「性格は死ぬまで変わらない」というものがある。代表的なのは、次のような文章だ。

「歳をとってから性格を変えるのは、かなり難しいでしょう。アメリカの哲学者・心理学者のウィリアム・ジェームズは『30歳を過ぎたら、人の性格は石膏のように固まり、変えることはできない』と語っていますし、心理学の分野では30歳や35歳を過ぎると性格が変わらなくなることを示す研究結果が出ています」

「性格も遺伝要素が大きいようです。たとえば『勤勉性』は32%が遺伝要素で決まると言いますから、勤勉な親に生まれたら勤勉な子になりやすいわけです」

私たちの性格は両親から受け継いだ遺伝に左右され、カエルの子はカエルとして一生を終えねばならないーこんな主張もまた、「人生の残酷な真実」のひとつとしてよく語られるだろう。

この"呪い"は、二つのポイントで構成されている。

1.私たちの性格は、歳を取ると変わらなくなるのか?
2.親の性格は、子供に受け継がれやすいのか?

ひとつずつ考えていこう。まずひとつめの「30歳や35歳を過ぎると性格が変わらなくなる」といった考え方は、2000年にタルサ大学などが行ったメタ分析がもとになっている。研究チームは3217の先行データを精査し、「年齢とともに人間の性格はどう変わるのか?」という疑問に大きな結論を出した。その結果によると、私たちの性格は幼少期にはさほど安定しないようで、その相関係数は0.31だった。つまり、子供のころには私たちの性格はまだ定まっておらず、友人や周囲の大人などの影響で変化しやすい。

しかし、30歳ごろから性格には一貫性が見られるようになり、50歳の時点で相関係数は0.64でピークに達する。こうして見ると、たしかに私たちの性格は、人生の後半に進むにつれて変わりにくくなるようだ。

しかし、だからといって、このデータをもとに「30歳を過ぎたころから人間の性格は変わらなくなる」と考えるのは問題がある。この研究が示すのは「私たちの性格は年齢とともに安定性が高まる」という事実だけであり、ある意味で常識的なことを言っているにすぎない。

私たちの多くは、20代までに進学や転職、恋愛といった環境の変化をいくつも経験するため、それに合わせて人づきあいのスタイルを変えたり、複数の性格を使い分けたりと、複数のペルソナを行き来しなければならない場面が多い。職場では几帳面な性格をアピールし、趣味の場では社交的に振る舞い、友人の前では無防備な自分をさらけ出す、といった具合だ。

ところが、30代から50代に差しかかると、たいていの人は、職場や住む環境、友人関係などが固定化しはじめ、かつてのように複数の性格を演じ分ける必要は薄れる。それと同時に、自分の性格に合った環境を選ぶだけの余裕もでき、内向的な人は静かな友人や職場に居着き、社交的な人はにぎやかな仲間や職場を中心に日常を構成するケースが増えるだろう。その結果、特定のパーソナリティだけが表に現れやすくなり、年を経たことで性格が一貫しはじめたように見える。

要するにこの研究は、「歳を取ったら性格は変えられない」ことを明らかにしたわけではなく、「歳を取ると複数の性格を使わずに済む」という人生の自然な流れを再確認したものだ。そのため、いくらデータを見たところで、自分の努力で性格が変えられるかどうかについては、何もわからない。実際のところ、研究チームも論文の末尾で次のように指摘している。

「人格の安定性は、子供時代から老年期にかけて徐々に増加していく傾向があるが、それでもなお変化する余地は残る。人格は一貫性と柔軟性の両方を備えている」

私たちの性格には、歳とともに安定していきながら、常に変化の可能性を保ち続ける柔軟さがある。歳を取ったからといって、「もういまさら性格は変えられない」などと思う必要はない。

事実、ここ十数年の研究では、私たちの性格が、思ったより簡単に変わることが明らかにされつつある。有名なのはカリフォルニア大学などの調査で、研究チームは約500人の男女を20年にわたって追跡し、歳ごとに性格がどう変わるのかを調べた。その結論は、次のとおりだ。

●多くの参加者は、20年間で性格が大きく変化した。
●性格が変わった人の大半は、自分の人生に対する"強い価値観”を持っていた。

大半の参加者は、20年のあいだに性格が大きく変化していた。外交性が低かった人が年齢とともに社交的になったり、神経質だった人が穏やかでストレスに強くなったりと、周囲が別人かと疑うようなレベルの変化も珍しくなかったというから驚きだ。なかでも顕著な変化がみられたのは、「自分の人生にとって何が大切か?」という価値観を明確に持つ人たちだった。いくつか例を挙げよう。

●「友人を幸せにする」や「社会に貢献する」といった価値観を持つ人は、歳を重ねるごとに、他人に優しい性格に変化していた。
●「安定した生活をする」ゃ「仲のよい家族を作る」などの価値観が強い人は、歳ごとにより堅実で勤勉な性格に変わった。
●「未知の世界を体験する」や「常に挑戦する」という価値観が強い人は、開放性が高まり、柔軟な思考や好奇心がより豊かになっていった。

この結果に照らせば、人生のなかに自分なりの”を持つことができれば、性格がよい方向に変わっていく可能性は高い。「自分はこう生きたい」という明確な指針を持つことが、性格を形づくる推進力になるわけだ。

同じような研究は多く、イリノイ大学が2万人以上のデータを精査したメタ分析によれば、特定の心理療法やセラピーを受けた人は、およそ4週間で性格が有意に改善し、その変化は数年にわたって安定し続けたという。この効果は性別や年齢の違いとは関係なく誰にでも得られ、「落ち込みやすい性格の人」や「積極的になれない性格の人」ほどメリットを感じやすかったようだ。

この分析をもとに、研究チームは「性格は柔軟性が高いシステムであり、生涯にわたって変化させられる」と主張している。これらのデータを見れば、やはり「人間の性格は変わる」と言うほかない。心理学のウィリアム・ジェームズが「30歳を過ぎたら人の性格は石膏のように固まる」と言ったのは事実だが、それはもう100年近くも前の話。それから、時代は大きく変わった。

性格は柔軟なオープンシステムである

「子は親の性格を受け継ぐ」という主張の真橋も確かめてみよう。親の性格は、本当に子供に似るのだろうか。

たしかに、性格には遺伝が大きく影響する。「勤勉さ」「社交性」「好奇心」「不安症」などの性格は、いずれも遺伝率が約50%だとされ、この数値はどの文化圏でも変わらない。

しかし、ここまでの話でわかるとおり、遺伝率とは,集団内の違いの原因がどこにあるか"を示す指標であって、親子の類似度は何もわからない。そのため、遺伝率が高いからといって、必ずしも「カエルの子はカエルになる」とも言えない。

この問題には長い研究の歴史があり、1930年代から多くの調査が行われている。なかでも精度が高いのはエディンバラ大学などの研究で、1000組以上の家族の性格データを集めて分析を行ったところ、親と子供の性格が似る確率はだいたい39%だった。

これに対して、その子供がまったくの他人と似た性格になる確率は33%だったというから、そこまでの違いはない。親子の性格は他人よりわずかに似るものの、統計的には『ほとんど他人』と言ってもいいぐらい異なることになる。「勤勉な親の子供は勤勉になりやすい」などとは、とても言えない数値だ。

こういった結果が出るのは、私たちの性格が複数の遺伝子の組み合わせで決まるからだ。特定の性格が生まれる背景には、数千の遺伝子が関わると考えられており、それらひとつひとつが組み合わさって複雑な“モザイク”を作り上げている。

それはあたかも数千のレゴブロックを組み合わせて遊ぶようなものであり、そこから生まれる作品のバリエーションは無数に存在する。「外向性を決める遺伝子」や「不安になりやすさを決める遺伝子」のように、単純な要因が存在するわけではない。

さらに言えば、人間の性格は、私たちが人生のなかで味わった体験によっても変化する。その代表例は"離婚"で、ある研究によれば、パートナーと別れた参加者の性格の変化を調べたところ、その直後から好奇心が低下し、人見知りな性格に変化する者が多かった。

また、別の研究では、会社で昇進した人は勤勉な性格になりやすく、病気や死別を味わった人は神経症的になりやすい傾向も見られたという[199]。こういった現象が起きる理由はまだ明らかではないが、おそらくライフイベントの変化により、コミュニケーションの質が変わったのが原因なのだろう。

遺伝の複雑さに加えて人生の体験まで影響するのだから、親子といえど性格に違いが出るのは当たり前だ。すべてをひっくるめて考えれば、私たちの性格は柔軟なオープンシステムだと言えるだろう。

『社会は、静かにあなたを「呪う」』
経済や幸福、働き方、遺伝や才能――私たちが「正しい」と信じてきた常識は、果たして真実なのか。人気サイエンスジャーナリスト・鈴木祐氏が、膨大な科学的エビデンスをもとに現代社会の“呪い”を解き明かす。思考と行動を縛る思い込みから抜け出し、真に自由になるための一冊。¥1,980/鈴木祐著/小学館クリエイティブ

TEXT=鈴木祐

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