どの世界でも突出した成果を上げた人間は、仕事以外の行いも、自らの哲学や深い考えに基づいている。本人や側近の書籍から探る、いい未来へ導く行いとは――。【特集 勝ち運アイテム】
1.パナソニック 創業者 松下幸之助
松下幸之助の晩年の23年間、松下と語り合い、直接指導を受けたのが、松下電器産業(現パナソニック)の元理事、江口克彦氏である。江口氏の自著によれば、松下は小さなことへのこだわりがあったという。やがて経営担当責任者になった江口氏は、結局、経営における大きな成功も失敗も、一見些細なことが積み重ねられた結果であり、だからこそ、最初に小さなところでどう対処するか、対応するかが極めて重要だと話している。
その庭を一回りしてから、お客さまと会する10畳の座敷に上がった。そこにはすでに、お客さま10人分の座布団がきれいに並べてあった。なるほど、こういうように準備するのかと思った途端、松下が、「君、座布団の並べ方がゆがんどるな」と言う。えっ? と思いながら、改めて見直してみたが、私が見るかぎり整然と並べられている。松下を見ると、座布団が一直線に並んでいるかどうか、座布団を見つめていた。(中略)
どちらが表でどちらが前なのか。松下は足もとの座布団を1枚取り上げて言った。「ここは縫い目がないやろ。これが前や。それから後ろ側の縫い目を見ると、一方が上にかぶさっている。こちらが表や」。
その当時は、喫煙が問題になることはなかったから、座布団の前に灰皿が置かれていた。それもまっすぐにせよと言う。このような「小さな注意」を、私はそれから数えきれないほど経験することになった。
2.京セラ 創業者 稲盛和夫
現在の京セラやKDDIを一流企業に育て上げ、JALの再建も成し遂げた稲盛和夫。その側近中の側近といわれたのが大田嘉仁氏だ。ある日、数名の芸妓さんを呼んで、大切なお客様のために接待をしていた時に稲盛から「なんでお前は、芸妓さんにお酌ができないんだ」と言われた。そこで初めて芸妓さんはお客様にとってだけでなく、大田氏たちにとっても大切な存在だからこそ「芸妓さんに感謝」する必要があるのだと気づいたのだ。
稲盛さんが宴席で芸妓さんたち一人ひとりに、感謝の言葉をかけながらお酌をしていたことを思い出しました。
私は思わず息をのみました。ようやく大切なことに気づいたのです。
接待の席では、芸妓さんたちはいわば“チーム京セラ”の重要な一員です。
彼女たちはその立場をわきまえ、一生懸命に大事なお客様をもてなしてくれます。そうであれば、チームメイトの一員である芸妓さんに心から感謝して、お酌をするくらいのことは当たり前だったのです。私は芸妓さんたちに感謝をし、ねぎらう気持ちがなかったからこそ、その当たり前の気遣いができなかったのです。
私には、稲盛さんのような感謝の気持ちが欠落していました。
3.映画監督 北野武
北野武氏は自著のなかで、道徳の言葉は薄っぺらいと語り、その薄っぺらさは「トイレを綺麗に使いましょう」と書かれた貼り紙と同じくらいだと言う。なぜなら自身にとってトイレを綺麗に使うことは「お金を盗んではいけません」と同じくらい当然のことだから。トイレ掃除をすると運気があがるとよく言われるが、それは当たり前のことを当たり前にできるようになることが、人生にとって最も大切なことだからかもしれない。
俺は汚いトイレを見ると、掃除をせずにはいられない。飲み屋でトイレに入って、前の人が粗相していたりすると、つい掃除をしてしまうのは昔からの癖みたいなものだ。今までいったい何遍、見ず知らずの他人が汚したトイレを掃除したことか。
4.ニトリホールディングス代表取締役会長 似鳥昭雄
自著のなかで、企業に大事なのはやはり「人」だと語るのは、ニトリ創業者の似鳥昭雄氏。新しいことにどんどん挑戦し、成長しようと考えるのであれば、多くの人を吸い寄せる人間になるように心がける必要があり、そのためにできることのひとつとして紹介しているのが身だしなみだ。清潔感があり、場にふさわしいだけでなく、色を取り入れることで自分も周りも気分が明るくなり、職場に前向きな雰囲気が広がっていくと似鳥氏は語る。
服装でも人の印象は大きく変わります。私は住まいをコーディネートして楽しむように、スーツもシャツもネクタイもコーディネートして、明るい色を着るように心がけています。明るい色を身につけていると、ちょっと元気がないときでも気持ちが明るくなり、面白いことに、仕事への意欲も違ってくるのです。さらに明るい色の服は、周りの人の気分まで明るくすることができます。逆に黒っぽい服は、暗い気分を誘発してしまう気がするのです。
5.ニデック 代表取締役グローバルグループ代表 永守重信
日本電産(現ニデック)を世界的企業へと成長させた永守重信氏は、一歩でも二歩でも先んじて前に進むことは、成功するための必須条件だと語る。これはライバルとの競争に勝つだけでなく、起こりうるリスクを回避するためにも大切なことだと。どんな突発的な事故が起こるかもしれないし、乗るはずだった急行電車が時間通りに来るとは限らない。だからこそ、目的地に少しでも近づいておくことが重要なのだ。
京都から大阪へ電車で行くことを想定してほしい。すぐにやってくるのは各駅に停まる普通電車だ。その五分後に急行が到着する。途中駅で急行が普通電車を追い抜くので、大阪へはこの急行のほうが早く着く。
さて、あなたはどちらの電車に乗るだろうか。おそらく、ほとんどの人は五分後に到着する急行に乗るだろう。どうせ途中駅で追いつくのだから、当然とも思える。しかし、私はあえて、先に来る普通電車に乗る。そして、途中駅で急行に乗り換えるのだ。
6.カレーハウスCoCo壱番屋 創業者 宗次德二
カレーハウスCoCo壱番屋を全国チェーン店に育てた宗次德二氏は「壱番屋には、お金さえあれば他社でも真似しようとしてできない商品はない。メーカーからの技術協力があれば、同じような供給システムを確立できるだろう」と話す。ただし「形の真似はできても、心の真似はできない」と説く。だからこそ、創業時から真心の接客やこまめな掃除を何よりも重要だと位置づけ、現在は自ら毎朝4時に起き、街を掃除する。
要は、売上不振の打開策は、とにかく掃除ひとつにも心を込め、それを日々やり続けることなのだ。それだけで、売上は回復すると断言できる。「日本一の掃除家」を自認する私が言うのだから間違いない。
「店は掃除で蘇る」
この自作の標語は、店内だけでなく近隣や地域の掃除を常にしていれば、必ず売り上げは伸びるとオーナーさんたちを励ます意味でつくったものだ。
時代がいくら変わろうとも、食堂業は提供する食べ物の味にではなく、それ以上に提供する人間に惚れこんで来店してもらうのが、本来の姿だといまなお確信している。掃除は、まさにその人を映す鏡なのである。
7.FC町田ゼルビア監督 黒田剛
青森山田高校サッカー部監督からFC町田ゼルビアの監督に転身した黒田剛氏は自著のなかで、常にいろいろなことを気にかけていると語る。勝負の世界ではさらに慎重になり、チームをマネジメントするうえでも不安だと思える要素を一個一個確実に潰していく。あらゆる不安要素を排除して、さらに最後の神頼みも怠らない。これはチームマネジメントと同時にセルフマネジメントであり、打てる手はすべて打つ、が黒田氏の信条だ。
試合前には必ず神社仏閣にお参りすることを習慣としています。
青森山田時代からずっと続いている習慣ですが、自宅の近くの神社にもお参りに行きますし、ゼルビアのクラブハウス近くの神社へもお参りします。アウェイの時でも宿泊しているホテルの近隣の神社に、場合によっては2つ3つお参りする時もあります。心配性なので時間さえあればいくらでも行きます(笑)。(中略)
監督として指導者として、いつもギリギリの勝負を強いられていて、最後の最後に頼りになるのは自分の「勘」しかないし、いつも最適な「アイデア」が頭に舞い降りてくることを願っています。勝負に生きている人は、そんなことでも「信じたい」と思っているはずです。最後は「祈ること」「感謝すること」しかなく、自分の気持ちを伝える意味でお参りは欠かせません。
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