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2024.09.20

ビジネスリーダー必見! ロッテ吉井「決定権のある監督だからこそ、根拠のある起用法が重要」

現・千葉ロッテマリーンズ監督の吉井理人が就任1年目だった2023年に、監督とは何かを考え、実践し、失敗し、学び、さらに考えるという果てしないループから体得した、指導者としてのあり方。選手が主体的に勝手に成長していくための環境を整え、すべての関係者がチームの勝利に貢献できる心理的安全性の高い「機嫌のいいチーム」をつくることこそが重要だと、吉井氏は説く。プロ野球の世界とビジネスの世界に共通する、「強い組織」に必要なリーダーの姿とは。『機嫌のいいチームをつくる』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)より、一部を抜粋・再編集して紹介する。【その他の記事はコチラ】

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Unsplash / finn-hackshaw ※画像はイメージ

不満を抱えている選手とのコミュニケーション

選手は、プロフェッショナルとして真剣にプレーしているからこそ、監督やコーチに不満を覚えることがある。その最大の不満は起用法だ。

試合に出られなければ不満に思い、出場機会があれば喜ぶ。自分の怪我や体調に不安があっても、それを隠す。自分から出場したくないと主張する選手はほとんどいない。次に試合に出してもらえなくなる恐怖のほうが大きい。選手とはそういうものだ。

試合に使ってもらえないことはもちろんだが、試合に使ってもらっても納得できる起用法ではない場合も、選手の不満は増大する。

ピッチャーの場合、勝利投手の権利が消える5回途中までに降板させられると、不満は増大する。バッターの場合は、試合に出られないときだ。出場機会を奪われた選手が抱く不満に対して、監督としてどういうコミュニケーションを取ればいいのか。

コーチ時代には、ピッチャー陣に対してこのような声をかけていた。

「勝敗や監督の起用法など、自分でコントロールできないことに対して心を揺らしても損をするだけ。そこは諦めなさい」

むしろ、自分でコントロールできる自分のパフォーマンスや自分のメンタルを強靭にすることに集中しなさいという意図があった。

逆に、すべての決定権がある監督としては、根拠のある起用法が重大になる。

選手に説明がつかない起用は避けなければならない。そのために、常にデータの裏づけを意識している。必要であれば、起用の根拠も選手に説明する。

試合後に行われるインタビューでも、監督の采配として失敗したこと、成功したことを包み隠さず話すことを心がけている。

「あの場面で、どうして代打を出したのですか?」

記者にそう問われたとき、私はこう説明する。

「こういうデータが出ていたので、この選手のほうが確率が高いので代打に送った」

左腕のピッチャーに強い選手Aと、右腕のピッチャーに強い選手Bがいて、その場面で投げているピッチャーが左腕だったとする。通常はAを使うが、直接の対戦成績では完全に抑え込まれている。反対に、Bは左腕に強いわけではないが、そのピッチャーには滅法強い。この場合は、そのデータに基づいてBを代打に送る。

ピッチャーの継投についても質問が飛ぶケースが多い。

「あの継投の場面は、C投手じゃなくてD投手でもよかったのではないですか?」

この質問にも、明確な根拠を示して答える。

「C投手は、ここ数試合こういうデータが出ているので、この場面では彼が適任だと思って行かせました」

基本的な根拠はデータだが、直近のその選手の調子と傾向も重要な要素だ。通常は右対右、左対左のほうが、ピッチャーは抑えている。しかし、左ピッチャーでも右バッターをよく抑えていたり、逆に右ピッチャーでも左バッターを抑えていたりするケースもある。

調子の良い変化球があれば、左対左にしなくても抑えられる。右バッターの強打者にわざわざ左ピッチャーを当てるのも、直近のデータに基づいて決める。そうした根拠さえ選手に伝われば、不満を溜めることはあまりない。

情報をオープンにする理由

データに基づいた起用で失敗したケースもある。

2023年のクライマックスシリーズのファイナルステージ第1戦、オリックスの大エース山本由伸投手(現ロサンゼルス・ドジャース)から初回に3点を奪う最高のスタートを切ったのに、4回に先発の美馬学投手が打ち込まれて3点を奪われ、同点にされる。

6回表にマリーンズが1点を取ってリードをしたあと、6回裏に投入した中村稔弥投手が先頭打者にフォアボール、続くバッターにタイムリーツーベースを打たれてあっさり同点にされる。試合の流れはオリックスに傾き、この回に4点取られて試合は決した。

中村投手の制球が定まらなかったのは、極度の緊張だった。

言うまでもなく、クライマックスシリーズはペナントレースとはムードが違う。しかし私は、中村投手があれほど緊張するとは思わなかった。

ペナントレースにおいて、左ピッチャーの中村投手は、不利とされる右バッターをシンカーで抑えてきた。オリックスは右の強打者が続く。定石を踏めば右ピッチャーを出すべきだが、私は中村投手のシンカーで抑えられると踏んだ。

中村投手の顔は緊張で真っ青だった。もともと緊張する選手だったが、それまでも大事な試合で右バッターの場面で送り込み、シンカーで抑えてきていたので、何の迷いもなく起用した。

その初球を見て、驚いた。武器のはずのシンカーがいつもと違う。緊張のせいで腕が振り切れず、いつもなら鋭く落ちるボールが、キャッチボールのようなふわんとしたボールになっている。ストレートも走っていない。シンカーは、ストレートの軌道から急に落ちるからこそバッターが幻惑される。中村投手は自信を失い、9割がシンカーという通常では考えられない配球になった。

もちろん、キャッチャーはストレートを要求していた。しかし、中村投手が首を横に振った。経験の浅い2年目の松川虎生選手がキャッチャーを務めていたので、遠慮して強く言えないところもあった。しまったと思ったが、もう手遅れだった。ブルペンの準備が十分できないような、急激な崩れ方だった。

あの場面で「なんで中村なんだ?」という疑問はチーム内からは出ていない。ただ、記者や解説者など外部の人間は追及してきた。

「右バッターが続くのに、なんで左ピッチャーなのか?」

しかし、私は中村投手しか思い浮かばなかった。それは、中村投手が右バッターを抑えているというデータに基づいた起用だったからだ。内部から疑問が出ていないのは、その起用方法に疑問がなかったからである。ただ、結果は別の問題。うまくいかなかったのは起用した監督の責任である。

起用の根拠を選手に伝えるのは、選手を混乱させないようにするためだ。伝えなかったら「なんで俺だったんだろうか?」「どうして俺じゃないのか?」と疑念が生じる。それを放置すると、次の出番でもモヤモヤした状態のままプレーしてしまう。

監督の選手起用の理由が選手にわかれば、選手も予想しやすいので準備ができる。選手を迷わせないこと。それがあらゆる情報をオープンにする理由だ。

メジャーリーグでは「どうして俺じゃなかったんだ」と監督に聞く選手が多い。マリーンズだけでなく、日本にはそういうタイプはあまりいない。それは、学生野球の時代から監督が絶対的に強い環境で野球をやってきたからだ。主体性が育っていないから、疑問を持ってもそれを突き詰めて考えない。その結果、不満が溜まる。

そこに至る根本的な要因は、コミュニケーションの不足である。

TEXT=吉井理人

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