2024年の大河ドラマ「光る君へ」。その主人公・紫式部が描いた世界最古の長編小説『源氏物語』は、実はかなり“やばい”本だった!? 『源氏物語』の知られざるエピソードを、『やばい源氏物語』(ポプラ新書)から一部を引用、再編集してお届けする。これを知っておけば、『源氏物語』がよりいっそう楽しめること間違いなし! #1/#2/#3
想いを寄せる女性が飼う猫を横取りし、愛撫する若きヘンタイ
最初に断っておくと、ここで使う「ヘンタイ」とは、英語の「クレイジー」と同じで、ほめことばとして受け止めてほしいと思っています。
その前提で言うと、『源氏物語』には、ヘンタイも描かれています。
まず、源氏の親友でありライバルでもある頭中将(とうのちゅうじょう)の子の柏木です。
彼は、玉鬘(たまかずら/頭中将の娘)を異母姉とも知らず求婚し、彼女が鬚黒大将(ひげくろのたいしょう)と結婚後は、朱雀院(光源氏の異母兄)の愛娘である女三の宮(おんなさんのみや)に求婚していました。
が、皇女の婿としては今一つ官位が足りなかったため叶わず、女三の宮は源氏に降嫁します。
諦めきれない柏木は、女三の宮の乳母子(めのとご/実母に代わって子女の養育にあたる乳母の子ども)をせっついて逢瀬の機会を狙っているうち、源氏の六条院での蹴鞠で、偶然、女三の宮を垣間見ます。
女三の宮に飼われていた可愛い唐猫(からねこ)を、少し大きな猫が追いかけていた。猫に長い紐がつけてあったのですが、その紐が絡まり、御簾(すだれ)の端が引き開けられ、中が丸見えになった。
その几帳(きちょう)の奥に、袿(うちき)姿で立っている人がいました。女房たちは主人の前では唐衣(からぎぬ)や裳(も)をつけた正装です。ラフな袿姿というのはその場で最も高貴な人、つまり女三の宮を意味しました。
糸をよりかけたような見事な髪、とてもほっそりと小柄で、姿や髪の掛かり具合が言いようもなく品があって可憐な様に、柏木はすっかり魅了されてしまします。
一緒にいた源氏の子で、柏木のいとこでもあり、親友でもある夕霧は、端近くで立っているなどという身分に似合わぬ宮の軽々しさに気づくのですが、恋に盲目となった柏木はただひたすら惹きつけられて、
「思わぬものの隙間からこうしてお姿を垣間見れたのも、自分が昔からお慕いしている気持ちの叶えられるしるしなのではないか」
と嬉しい気持ちになってしまうのでした。
これがのちに宮を犯す事件につながるのですが、宮を慕う柏木はこの時、ある行動に出ます。
宮を垣間見るきっかけとなったあの唐猫を我が物にすべく、猫好きの東宮(とうぐう/皇太子のこと)を「宮のもとには可愛い猫がいる」とそそのかし、宮から猫を召し上げさせたうえ、東宮には、
「これにまさる猫が何匹もおりますようなので、これは私がしばらくのあいだ頂戴してお預かりしましょう」
と、入手してしまうのです。
東宮をだましたわけで、ちょっとした不貞行為ですよね(ちなみに天皇妃との不倫や皇統乱脈の描かれる『源氏物語』は、第二次対戦時、「不敬の書」と見なされていました)。
この猫を柏木は撫で可愛がり、
“ねうねう”(「若菜下」巻)と可愛らしく鳴くのを、
「やけに積極的だね」(“うたてもすすむかな”)と苦笑します。
“ねう”を“寝む”と受け取って、「寝よう寝ようと誘うなんて、せっかちだなぁ」と解釈しているわけです。
そうしてこの猫の顔を見て話しかけて、ますます可愛らしく鳴くのを、“懐に入れて”ぼんやり物思いにふけっているので、女房たちは、
「変ねぇ。急に猫がご寵愛を受けるようになって、こんなものには見抜きもしないご性格だったのに」
と見咎めます。しかも東宮から催促があってもお返しせず、この猫を閉じ込めて“語ら”っているのでした。
この時柏木二十五、六歳。
いい年をして、宮の代わりに得た猫と寝たり、“語らひたまふ”という行為に出ている。古語で“語らふ”というのは、結婚を前提としないセックスを意味してもいます。
ヘンタイですよ。
猫を愛すること自体はヘンタイでも何でもないんですが、好きな女の身代わりとして猫を愛撫するのがヘンタイなんです。
ちなみに当時の猫は高級なペットとして宮中でも飼われており、基本的には紐や綱をつけられていました。この習慣は十七世紀初頭まで続いていたようで、御伽草子の『猫の草子』には、慶長七(一六〇二)年八月中旬に、洛中に猫の綱を解いて、猫を解放せよというお触れが出たことが記されています。