2024年の大河ドラマ「光る君へ」。その主人公・紫式部が描いた世界最古の長編小説『源氏物語』は、実はかなり“やばい”本だった!? 『源氏物語』の知られざるエピソードを、『やばい源氏物語』(ポプラ新書)から一部を引用、再編集してお届けする。これを知っておけば、『源氏物語』がよりいっそう楽しめること間違いなし! #1/#2
『源氏物語』の一大テーマは「嫉妬」
『源氏物語』のテーマは何か。
そう聞かれたら、皆さんは何と答えるでしょう。
恋愛、失敗、親子関係、季節のように移り変わる人間の心情……さまざまなものが思い浮かぶと思うのですが、大きなテーマの一つが「嫉妬」であると、私は考えています。
嫉妬を印象的に描いた文学としては、『源氏物語』以前にも、藤原道綱母(ふじわらのみちつなのはは)の書いた『蜻蛉日記』(かげろうにっき)があります。
道綱母は、夫である兼家の愛をさらった女への嫉妬を赤裸々に描き、この女の出産後、夫の女への愛が冷め、女の生んだ子まで死んでしまうと、
“いまぞ胸はあきたる”(今こそ胸がすっとした)
と快哉を叫んでいます(上巻)。
ここまで自分の嫉妬心を自覚して描ける道綱母の理性と勇気は相当なものだと私は思うのですが、当然ながら『蜻蛉日記』は日記ですし、自身の嫉妬心しか描かれません。
一方、『源氏物語』は、そもそも、物語の始まりからして、人々の嫉妬に殺された女の話です。
“いずれの御時にか、女御更衣あまたさぶらひたまひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり”
当時、天皇妃のランクは上から皇后(中宮)→女御→更衣となっていて、更衣については紫式部の時代にはすでに有名無実のものになっていたとはいえ、いずれにしても、どのランクをあてがわれるかは、出身階層によってほぼ決まっていました。
こうしたランクのある天皇の妻たちの中でも「大して高貴な身分ではない」のに「ひときわミカドのご寵愛を受けている」、つまり「階級にそぐわぬよい目にあっている」人がいたんですね。
これは、他の天皇妃や、一族繁栄の望みをかけて娘を送り出している貴族たちにしてみれば、面白からぬことに違いありません。案の定、
“はじめより我はと思ひあがりたまへる御方々、めざましきものにおとしめそねみたまふ”
(当初から「我こそは」というプライドのある高貴な出自の女たちは、心外な者よと彼女を見下し、嫉妬なさる)
ということに。とはいえ、彼女たちは、この女よりハイレベルの地位にあるだけ救いがあります。問題は、
“同じほど、それより下臈(げろう)の更衣たち”
つまりは、女と同等、それ以下のランクの更衣たちで、彼女たちは、
“ましてやすからず”
穏やかな気持ちではいられない、ということになります。
『源氏物語』はしょっぱなから、近い立場の者ほど激しくなるという「嫉妬の仕組み」を語っているんです。
この物語最初のヒロインは、桐壺更衣(きりつぼのこうい)と呼ばれる人で、父の大納言はすでに死んでいましたが、宮仕えをした結果、ミカドに寵愛され、他のすべての天皇妃とその家族に妬まれ、恨みを負う、その“つもり”(積み重ね)のせいか、病弱になって、玉のような“男皇子”を生むと、その皇子が三歳になった夏、死んでしまうのです。
この皇子こそは『源氏物語』の主人公である“光る源氏”(「帚木」巻)。
『源氏物語』は、人々の嫉妬に、いわば殺された形の女から生まれた皇子が、主人公となっているのです。