1万人以上に才能を引き出す方法を講演してきた脳科学者・西剛志が、日常の何気ないシーンに現れる成功者の思考法を解説。今回は、単に期待をかけているだけでは部下が動かない理由について。連載「何気ない勝者の思考」とは
前回は、役職が上がると脳が自己中心的になりやすく、若い世代の考えを理解しにくくなること、BYAF法を利用することがZ世代のやる気を高めることを伝えました。
しかし、一方で、相手を尊重すると調子に乗る若い世代に出会うこともあります。なぜ、こんなことが起きるのか?
その秘密を紐解くために、今日はこんなことを考えてみたいと思います。
【勝者の思考】言われたことしかやらない若手がいます。そんなとき、あなたはどう言葉をかけますか?
(1)大きく期待していると声をかける
(2)そこそこ期待していると声をかける
(3)あなたは言われなくてもやる人だと思いますか?と聞く
答えは(3)「あなたは言われなくてもやる人だと思いますか?と聞く」が正解です。
(1)、(2)は期待の効果に関するもので、古くから心理学でも「ピグマリオン効果」と言われ、人は期待されるとその通りになろうとする性質が知られています(*1)。
しかし、私自身、企業や教育の現場に行くと、不思議な場面に直面しました。それが、期待をかけると、逆にやる気がなくなってしまう人達がいたことです。
期待とやる気は釣り鐘のような関係
同じ期待をかけているのに、どうして、人によっては、やる気をなくしてしまうのか?
その理由の1つが「期待をかけられた本人が、その期待をどのくらい実現できる可能性があるのか?」にあります。
例えば、あなたが上司から「このイベントで人を集められるのは君しかいない」と期待されたとします。そのとき、自分が集められる人数は100人なのに、それが800人集めなければいけないイベントだったら、どうでしょうか? 自分の実力から大きくかけはなれており、実現の可能性は(ほぼ) ゼロになります。 途方もなく大きなことは脳にとって恐怖になるため、多くの人はその期待に押しつぶされそうな状態になります。
一方で、そのイベントが10人集めるだけだったら、どうでしょう。
自分が集められる能力は100人ですから、目を閉じていても簡単にできそうです。そして、簡単にできることに対して、人に期待されたところでやる気は高まりません(東京タワーに行くことは簡単なので、都民の人が東京タワーに行きたいと思わないのと同じです)。
つまり、絶対に実現できること(実現可能性が100%)、絶対に実現できないこと(実現可能性0%)を期待されても、やる気は出ないのです。
実際に、ハーバード大学の研究でも、成功の見込みが0%のときと100%のとき、やる気は最も下がりゼロとなりますが、成功の見込みが50%前後になると、釣り鐘の形のようにやる気が上がっていきます(*2)。
今回の例で言うと、100名集めるのが能力の限界だとすると、イベントで実際に100名を集客できる可能性もあるし、できない可能性もあるため、実現の可能性は50%になると仮定できます。ここに狙いを定め「君だったら、きっと100名集められるよ」と期待をかけると、それに応えようとする人が多くなります。
つまり、部下に期待をかけるときは、相手がその期待をどれくらいの確率で実現可能かを、伝える側が見極めることが必要になるのです。
言葉の表現だけで人の行動は変わる
期待の効果を高めるために、もう1つ大切なことがあります。
それが言葉の伝え方です。
よく仕事では要件のみを伝えることが、「時間的にコスパがよい」と考えられがちですが、ちょっとした表現を追加するだけで相手の行動が変わります。
これはショッピングモールでの実験ですが、アンケートに協力してもらうために、研究者は2種類の言葉をかけました。
(1)「少しお時間よろしいでしょうか?」と声をかけて、アンケートを頼む
(2)「あなたは他人に協力的ですか?」と声をかけて頼む
その結果、アンケートに応じた人は、(1)が29%だったのに対し、(2)は77%。つまり言葉の伝え方を変えただけで、アンケートに協力的な行動を取る人がが、約2.7倍にも跳ね上がりました(*3)。
つまり、「あなたは他人に協力的ですか?」と聞かれたことで、その人の協力的な部分が引き出され、実際にとる行動まで変わってしまったのです。
ですから、「言われたことだけでなく、自分で考えて仕事をするんだ!」と伝えるより、「あなたは言われなくてもやる人だと思いますか?」と聞くほうが、相手のよい部分を引き出し、部下の行動を自然とよい方向に導くことができます。
「あなたは、いつも言われなくても行動してくれるので、とても助かっています」という感謝の言葉も同様の効果があります。
「自分を見てくれている」という意識が部下を動かすのです。
<参考文献>
(*1) Robert Rosenthal & Lenore Jacobson. "Pygmalion in the classroom", The Urban Review, 1968, Vol. 3(1),p.16–20/Mitchell, Terence R. & Daniels, Denise. "Motivation". In Walter C. Borman; Daniel R. Ilgen; Richard J. Klimoski(eds.). Handbook of Psychology(volume 12). John Wiley & Sons, Inc. 2003, p. 229
(*2) Atkinson, John William. “Motivational determinants of risk- taking behavior.” Psychological review64, Part16 (1957), p.359-72
(*3) Bolkan, S., & Andersen, P. A. “Image induction and social influence: Explication and initial tests”, Basic and Applied Social Psychology, 2009, Vol.31(4), p.317–324
■連載「何気ない勝者の思考」とは……
日常の何気ないシーンでの思考や行動にこそ、ビジネスパーソンが成功するためのエッセンスが現れる。会議、接待、夫婦やパートナーとの関係や子育てなど、日常生活のひとコマで試される成功者の思考法を気鋭の脳科学者・西剛志が解説する。