2023年のマスターズの話題のひとつとして、LIVゴルフ選手の活躍があった。LIVゴルフとはなんなのか。そこで、改めてLIVゴルフの基礎から、今後のゴルフ界への影響までを検証する。
LIV勢の活躍が目立ったマスターズ。そもそもLIVゴルフとは
2023年のマスターズは大荒れの天候の中、安定した実力を発揮したジョン・ラームの優勝で幕を閉じた。スペイン人として4人目のマスターズ覇者ということで大いに盛り上がったが、今回のマスターズの結果は別の面からも注目を浴びた。それは、2022年発足したLIVゴルフの選手らが上位を占めたことだ。
特に2位タイとなったブルックス・ケプカは単独首位で最終日を迎え、逃げ切れなかったもののメジャーに強いケプカが戻ってきたことを印象付けた。フィル・ミケルソンも最終日に追いあげて2位タイとなり、パトリック・リードも4位タイに入った。今大会には18人のLIV選手が出場し、12人が予選通過をしてその存在感を見せつけた。
LIVゴルフはグレッグ・ノーマンCEOが中心となり、2022年6月に予選落ちがない3日間競技の新たなゴルフリーグ戦を発足させた。2023年シーズンは14試合を開催し、賞金総額は4億500万ドル(約538億6500万円)となると発表。これまでにミケルソンに2億ドル(約266億円)、ダスティン・ジョンソン(米)に1億5000万ドル(約199億5000万円)を支払うなど、PGAツアーの有名選手たちに高額な移籍金を提示して積極的な勧誘を行ってきた。
PGAツアーはLIVに移籍した選手のツアー大会出場を認めないなど対決姿勢を打ち出す一方、予選落ちのない高額賞金の新規大会を実施すると発表するなどLIVを意識した改革にも取り組んでいる。また、ローリー・マキロイのようにPGAツアー選手の中にはLIVに批判的な選手も多く、特に米国ではLIVに冷ややかな視線を送るファンも多い。マスターズでも、LIVゴルフ勢への声援はPGAツアー選手に比べて少なかったという声も聞く。
LIVに対する批判の原因は、高額な契約金を提示してPGAツアー選手を引き抜いたというのも理由のひとつだが、その豊富な資金を提供しているのがサウジアラビアの政府系ファンドであることが大きい。米国では、サウジアラビア政府が2001年9月11日の米同時多発攻撃に関わっていたとされる問題や、同国の女性蔑視や人権活動家への迫害などの人権問題が取り上げられる機会がある。そのような状況で、米国人のなかにはサウジアラビアがそのような問題をスポーツへの巨額投資による「スポーツウォッシング」によって、不都合な事実を覆い隠そうとしていると主張する人もいる。
LIV参加選手の動機
そんなLIVに参加する選手は「サウジから汚い金を受け取っている」と批判の対象となることがある。実際に、LIVに移籍した選手の多くは、多額の金銭が移籍の決め手となったと語っているが、余裕のある試合日程も移籍を後押しした要因のひとつだ。LIVの試合は3日間の日程で予選落ちがないのが特徴で、2023年は年間14試合。選手にとっては余裕をもって試合に臨める。
ケプカのように長年故障に苦しんでいる選手や、年齢の高いミケルソンのような選手にとっては、恵まれた環境とも言えるだろう。特にケプカの場合は余裕のある日程で試合に出ながら調整を続けられたことで怪我を治し、今年のマスターズにトップコンディションで出場できたという面は否定できない。
現在のPGAツアーの多くの選手にとって、最も大事なことは来季のシード権を確保することだ。そのために毎週試合に出場し続けなければならない選手もいる。もっと余裕を持ってゴルフという競技を突き詰めたいという選手がいてもおかしくないだろう。
報酬面からみる米国スポーツ界におけるゴルフ界の現状
現代スポーツにおいて、最高のプレーで多くのファンを魅了するスポーツ選手が、自分にとってより良い環境を求めることは当たり前のことであり、名誉とともに高額の報酬を得ることは当然の権利ともいえる。
ゴルフは米国において人気スポーツのひとつだが、選手への報酬額はアメリカンフットボールのNFL、バスケットボールのNBA、野球のMLBに比べれば格段に少ない。NBAの2022-23年シーズンの最高年俸はステファン・カリーの約4807万ドル(約63億9331万円)で、スター選手で4000万ドル以上、主力クラスの選手であれば3000万ドル、控え選手でも1000万ドルを超える年俸をもらっている選手はたくさんいる。
NBA30球団はそれぞれ15人の選手を登録できるため、少なくとも450人の選手がリーグにいて、最低保証年俸はルーキーで102万ドル(約1億3500万円)、5年目の選手で209万ドル(約2億7800万円)といったようにNBA在籍年数によって変動する契約となっている。ちなみにMLBのロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手の年俸は3000万ドル(約39億9000万円)だ。
PGAツアーの場合、2021-22シーズンの賞金ランク1位のスコッティー・シェフラーは1400万ドル(約18億6200万円)で、獲得賞金が1000万ドルを超えるのはシェフラーとキャメロン・スミスと2人だけだった。
シード権が確保できる125位(今期から70位に変更)のチャールズ・ハウエルⅢは102万ドル(約1億3500万円)だった。ちなみに、ハウエルはLIVに移籍しており、2月に開催された今シーズン初戦「LIVゴルフリーグ マヤコバ」で手にした個人戦の優勝賞金は400万ドル(約5億3200万円)、団体戦を合わせると475万ドル(約6億3175万円)を手にした。この額は2023年のマスターズの優勝賞金324万ドル(約4億3092万円)を上回っている。
ランク下位204位のアーロン・バデリーは16試合に出場して獲得賞金は19.9万ドル(約2646万円)となっており、成績が振るわない選手にとっては厳しい環境となっている。チームスポーツは移動費や諸経費を球団が負担してくれるが、ゴルフの場合はすべて選手が自己負担するため、仕事に行くたびに赤字になるという事態も発生する。
加えて、NBAは年間試合数82試合(プレーオフは勝ち進んだ場合は最高28試合)だが、ゴルフの場合は、2022-23年シーズンのシード権保持選手がレギュラーシーズンで出場可能な試合は39試合で、すべての試合に出ると234日間(練習日2日間を含める)の稼働となる。これに加えて3試合あるプレーオフや国別対抗戦などにも出場する可能性がある。
すべての試合に出る選手はほとんどいないが、トップ選手が休みながらコンディションを整えても、年間150日程度はプレーする必要がある。ゴルフは運動強度が低いと思われがちだが、1ラウンドは5時間程度かかるうえ、前後に練習やトレーニング、コンディショニングも行わなければいけない。優勝争いの緊張感の中でプレーすれば身体的疲労に加え、メンタル面の疲労も大きくなる。PGAツアー選手は怪我や疲労と戦いながら、過酷なロングレースを毎年戦い抜かなければならない。
上記を踏まえて報酬と試合日数の面からLIVの条件を考えてみると、PGAツアーの半分程度の出場日数で、米国スポーツ界のスター選手たちと同等の年俸で複数年契約を結ぶ条件となり、非常に魅力的なオファーであることがわかる。PGAツアーで戦う選手たちは、PGAツアーに雇用されているわけではなく、弱肉強食の厳しい戦いを勝ち抜かなければ賞金も名誉も手にすることはできない。
このような不安定な状況に加え、試合日数が多く、他のスポーツに比べて報酬が少ないPGAツアーに不満を持っていたスター選手たちにとっては、LIVからの勧誘は渡りに船であったことだろう。
LIV勢のメジャートーナメントへの参加は継続できるのか
LIVに移籍した選手たちは多額の報酬を手にすることができたが、マスターズをはじめとするメジャートーナメント出場資格に関する問題は解決していない。LIVはワールドランキングの対象外となっているため、LIVの選手たちは新規にポイントを獲得することが難しく、ワールドランキングが下がり続けている。メジャートーナメントはワールドランキングによって出場資格が付与されるため、メジャー出場を望むLIVの選手たちはDPワールドツアーやアジアンツアーでポイントを獲得しなければいけない。
過去のメジャー優勝者も安泰ではなく、2023年のマスターズは主催者のオーガスタナショナルGCによって生涯出場権を持つフィル・ミケルソンなどの歴代勝者が招待され、来年も招待されることが決まっているが、その先は不透明となっている。その他のメジャートーナメント優勝による出場資格を持っている選手たちも、資格の有効期限が切れるまでにメジャーで勝たないと今後のメジャートーナメントに出場することが難しくなってしまう。
自分たちが育てたトップ選手たちを高額な契約金で奪われるPGAツアーの気持ちもわからないではない。しかし、選手やファンが期待するような環境作りを怠ってきたという批判を免れない部分はPGAツアーにもあるだろう。実際に、PGAツアーはLIVを意識した賞金アップやボーナス策などを矢継ぎ早に打ち出して対抗しているが、もっと早く改善策を打ち出していれば違った結果になっていたかもしれない。
いつまでも最高峰のプレーを!
仕事に対する価値観は様々で、条件面を重視する人もいれば、組織や団体への愛着や忠誠心を大事にする人もいる。そして、小さいころから憧れてきた夢を実現したいという人もいる。立場が変われば、見える景色も変わる。あなたがこれらの問題にかかわる選手たちと同じ立場になったと想像して、どのような選択をするのか考えてみるのもいいかもしれない。
ゴルフの世界に身を置く人間として望むのは、選手にとって最適な環境が用意され、多くのファンに最高峰のプレーを楽しんでもらうことだ。PGAツアーとLIVが対立を先鋭化させるのではなく、現状を好転させる方法を協議し、それぞれの立場でゴルフ界を盛り上げていけるように健全な競争をしてほしい。様々な問題が山積するが、願うことはひとつだ。世界最高のメンバーが集うフィールドで、世界一を決める熱い試合が見たい。
※日本円は1ドル133円換算
吉田洋一郎/HIROICHIRO YOSHIDA
1978年北海道生まれ。ゴルフスイングコンサルタント。世界No.1のゴルフコーチ、デビッド・レッドベター氏を2度にわたって日本へ招聘し、一流のレッスンメソッドを直接学ぶ。『PGAツアー 超一流たちのティーチング革命』など著書多数。