世界的人気グループ「BTS」を生み出した大手芸能事務所HYBE(ハイブ)と、子会社ADOR(アドア)との間で起きたお家騒動が、所属アーティストも巻き込んだトラブルへと拡大している。ビジネスパーソンとしてキャッチアップしておきたい。連載「ビジネスパーソンのための韓タメ最前線」とは
「HYBE」とミン・ヒジンの“お家騒動”で露呈した、K-POP共倒れのリスク
いま、韓国のK-POP業界が大いに揺れている。
以前、本連載でも紹介したガールズグループNewJeansの仕掛け人、ミン・ヒジンADOR(アドア)代表と、ADORの株式を80%保持する親会社で“BTSの生みの親”パン・シヒョク率いるHYBE(ハイブ)との間で起きた“お家騒動”が泥沼の様相を呈してきたのだ。
この騒動によってHYBEの時価総額は1兆ウォン(約1100億円)以上が蒸発。世間では国民年金改正のニュースすら埋もれてしまうほど、この話題で持ちきりになっている。
前代未聞の記者会見
きっかけは、2024年4月25日(木)に行われたミン代表の緊急記者会見だった。突如として流れた「ミン・ヒジンがHYBEの経営権簒奪(さんだつ)を企んだ」という報道に反論するため、ミン代表本人が直々にマイクの前に立った。
ところが、この記者会見は良くも悪くも普通ではなかった。“破格”を通り越して「韓国の歴史に残る稀代の勝負」とも言えるようなものだった。
記者会見といえば、前もって作成した声明を読み上げるのが一般的だろう。
ところが、ミン代表は「ADORの株を18%しか保有していない私が、HYBEの経営権を奪い取る? あり得ないでしょ」ということを大前提に、自分とHYBEの関係がこじれた経緯をなんと2時間20分間、台本なしで赤裸々に語ったのだ。
HYBE側が経営権簒奪の証拠として差し出したカカオトークでのチャット内容については「個人的な雑談にすぎない」と主張したミン代表。
対抗すべく自身もパン・シヒョク議長やCEOのパク・ジウォンら役員たちと交わしたトークのスクリーンショットを用意し、そのトーク内容からはミン代表がNewJeansをデビューさせる過程で、実はパン議長らから理不尽な要求や仕打ちを受けていたことが暴露された。
そして新たに明かされたのが、HYBEとミン代表が結んだ「株主間契約」だ。
ミン代表が保有するADORの持分18%のうち、13.5%は2024年末からHYBEに売れる権利、すなわちプットオプションが設けられており、「私はじっとしていても1000億ウォンを儲ける」とミン代表が話していたが、つまりはこういうことだったのだ。
しかし、残りの4.5%はどうやらHYBEの同意なしではどこにも売却できないように設定されているという。このことについてミン代表は「奴隷契約」「一生縛られて…」という表現で鬱憤を吐き出した。
これはパク・ジウォンCEO(HYBE)に対する信頼があっての契約だったが、彼も敵に回ったいま、契約内容を変更するために色々と調べたり勉強している状況だという。
ミン代表は長い記者会見中、ずっと感情むき出しの状態だった。
HYBE役員たちの名前を出して「反省しなさい!」と怒るばかりか、「シバルセッキ」(クソ野郎)、「ゲジョシ」(犬+おじさん)といった悪口をぶちかます。また、NewJeansのメンバーたちが自分のことを心配してくれた話をする際にはボロボロ涙をこぼし、すべてを話し終えてからは「とにかくスッキリした」と笑って見せた。
コンセプト模倣、CD大量購入、奴隷契約…K-POP業界の闇が露呈
公式的には「経営権簒奪疑惑」を否定する記者会見だったが、2時間20分にわたるミン代表の話のなかでは不条理な会社経営問題をはじめ、経営陣とプロデューサーの葛藤、マルチレーベルの意義、K-POP業界が抱える問題や男女差別など、エンタメ業界のみならず経済、社会分野における昔からの課題が浮き彫りになった。
特に改めて考えさせられたのは、K-POP業界が“商品”として売っているアイドルたちが、ただのモノではなく、自意識を持つ人間だということだ。
記者会見でミン代表がアピールしたことも、まだ未成年の少女たちを利用してビジネスをする大人が守るべきものや、良心だった。
エンタメ業界はアーティストやファンという人間によって利益が生まれる。だからこそ人間の心を動かすことが大事だ。その点では、ミン代表の勝ちとも言える。
「NewJeansと私の関係はみんなの想像以上に格別だ」という発言から、ミン代表は「アーティスト想いの人情味あふれるプロデューサー」というイメージで好感度をぐんとアップさせたからだ。
ミン代表が着用した緑と白のボーダー柄Tシャツと青いキャップが“バカ売れ”したことも、人々の心が動いたことをよく物語っている。何はともあれ、人々の心を掴む何かを作り出すミン代表の天才的な能力だけは、誰も否定できないだろう。
現在、HYBEはミン代表に「辞任」を要求しているが、ミン代表は拒否している。
というのも、2024年5月24日はNewJeansの新しいアルバムが発売されるうえ、6月には日本デビューおよび東京ドームでのファンミーティングを控えているからだ。
記者会見でも「(これから)東京ドームがあるのに…!」と、準備に支障をきたしたHYBEの無神経さを指摘していた。
残るはミン代表とHYBEの紛争だが、一体どんな展開になっていくか。法曹界では長い闘いを予想しており、ミン代表の辞任は避けられないという見解もあるようだ。今後の行方を注視したい。
■著者・李ハナ
韓国・釜山(プサン)で生まれ育ち、独学で日本語を勉強し現在に至る。『スポーツソウル日本版』の芸能班デスクなどを務め、2015年から日本語原稿で韓国エンタメの最新トレンドと底力を多数紹介。著書に『韓国ドラマで楽しくおぼえる! 役立つ韓国語読本』(共著作・双葉社)。
■連載「ビジネスパーソンのための韓タメ最前線」とは
ドラマ『愛の不時着』、映画『パラサイト』、音楽ではBTSの世界的活躍など、韓国エンタメの評価は高い。かつて「韓流」といえば女性層への影響力が強い印象だったが、今やビジネスパーソンもこの動向を見逃してはならない。本連載「ビジネスパーソンのための韓タメ最前線」では、仕事でもプライベートでも使える韓国エンタメ情報を紹介する。