現代美術界の至宝だったデイヴィッド・ホックニー(1937 - 2026)が2年間も創作の手を止めて集中した研究がある。素晴らしい絵を残した画家たちは我々が考える以上に積極的に、絵を描くための光学的な機器を駆使していたのではないかという興味深いテーマだ。ただ、それを綿密に検証した名著の日本語版が現在入手しづらくなっている現実もある。

大きな波紋と論争を巻き起こした美術論集
絵画と写真、絵画とカメラのような器具に興味を持っている人に会ったとき、いくつか質問をされたのでデイヴィッド・ホックニーの『秘密の知識――巨匠も用いた知られざる技術の解明』(青幻舎刊)を薦めた。その場でポチろうとググってみたところ、版元品切になっているらしく、プレミアがついていて、2万円もするということだった。
図版多数の大判書籍なので、もともと安い本ではないが、それは高すぎる。ホックニー先生が先日亡くなって、それで注目度が高まってしまったのもあるのかなとか考えた。ともかく当面、図書館や美術館図書室などで間に合わせて、重版されるのを待つのがいいだろうと言っておいたが、ちょっと残念な話だ。画期的な本なので、いちおうどんな内容なのか紹介しておく。
本書は現代美術のトップランナーだった画家デイヴィッド・ホックニーが、西洋美術史の常識に挑んで、世界中で大きな波紋と論争を巻き起こした刺激的な美術論集なのである。

本書の核心となるのは、「15世紀初頭から19世紀にかけての西洋絵画の巨匠たちは、(我々が想像するより遥かに多く、頻繁に)鏡やレンズなどの光学機器を用いて描いていた」のではないかという仮説だ。画家は以前、光学機器の使い方を知っていたが、その知識は失われてしまったともする。また、これは僕の推測だが、カメラが画像投影機だった段階では画家たちは積極的に使っていたが、その画像を化学的に定着できるようになると、それは真正面から絵のライバルになるので、画家たちはあえてそういった光学機器たちを遠ざけていくことで、絵画の差別化を図ったのではないかと思うのだ。
往年の画家たちは具体的にどうしていたのかという問題に囚われたホックニーは以来、2年間、創作活動を放棄して、歴史上の巨匠たちの隠された秘密を追い求めることに時間を注ぎ続けた。
西洋美術史では長年、ヤン・ファン・エイクやカラヴァッジョ、ベラスケス、アングルといった巨匠たちの圧倒的な写実力は「画家の超人的な観察眼と手技のみ」によるものだと考えられてきた。しかしホックニーは、科学者チャールズ・ファルコとともに視覚的な検証を行い、彼らがカメラ・オブスクラ(暗箱)やカメラ・ルチダ(ルシーダ)、凹面鏡などの光学装置を使い、キャンバスや紙に投射された像をなぞったり、位置取りのガイドにしていたことを実証・提示した。

長い絵画の歴史を覆すような仮説をなぜ今さら、立てることができたのか。それは、美術史家ではなく「現役の画家」だったホックニーの眼差しによるものであって、それが本書の大きな魅力となっているのだ。時代を超えて同じ画家という立場からの直感と鋭い観察から、たとえば以下のような根拠を3つ、具体的に挙げている。
1つ目。1420年頃から「突如としたリアルさの飛躍」がみられること。ヤン・ファン・エイクの時代(15世紀前半)を境に、布地のドレープや金属甲冑の反射や質感、複雑な柄の絨毯などが突然、写真のように精密に描かれ始める現象を見逃さなかった。

2つ目。アングルの素描とウォーホルの線にある共通点を見る。19世紀の巨匠ドミニク・アングルの描く素描の線と、ポップアートの巨匠アンディ・ウォーホルがプロジェクターの影をなぞって描いた線にまったく同じ「迷いのなさ・特有の筆跡」があることに気づいてしまった。
3つ目。レンズ特有の「歪み」と「ピンボケ」が見られること。画面の一部だけにピントが合い、手前や奥が自然に歪んでいる描写(カメラのレンズで言う被写界深度の限界)や、複数人の肖像画で視点がわずかにズレている現象など、光学レンズを通したことで生じる視覚的特徴が発見できた。
そのほかにも、ある時期から描かれた人物たちには現実の世界よりも左利きが多かったりすること。これはカメラのような機材に投影すると、天地左右が逆になることと関係あるのではないかなどにも触れている。
ホックニーは自身のスタジオに巨大な「ビジュアル・ウォール」をつくった。アシスタントに指示して、西暦1300年〜1900年の絵画の画像を集め、プリントアウトして年代順に壁一面に貼り並べ、視覚表現の変化を検証した。北欧を上、南欧を下、時間は左から右に進む。カラーコピーを貼った壁面の長さは20メートルを超えた。
「今ではカラーコピー機と家庭用プリンターを使えば、だれでも質の良い複製画を安く作れるようになり、本来は何千マイルも離れたところにある作品を隣り合わせに並べて見ることも可能になった。(中略)絵をこのように並べてみて、初めて気づいたことがいくつかある。これは画家でないと、紙に絵を描くことを生業とする画家でないと気づかないと、自信をもって言える。」
「グレートウォール」とはいい名付けだと思うが、初出ではその壁のキャプションとして「The Great Wall, 31 March 2000」と書かれていて、次に具体的にその壁について語るときには「『万里の長城』のおかげで、美術史家が大昔から認めてきた15世紀から19世紀にかけての自然主義への大きな歩みが…」と出てくる。日本語版の中で唐突に「万里の長城」と出てくると一瞬戸惑ってしまう人も多いのではないだろうか。翻訳で何らかの補足をしてほしかった。
本書には時折り、そのような翻訳の粗さが目立つのが残念ではある。編集者も美術に詳しくない人が担当したのかもしれない。古典作品のタイトルの表記などに疑問が残る。「械器は絵を描かない」などという記述もあった。「械器」と言う言葉は無くはないが一般的には古語であり、これは「器械」または「機器」と書きたかったのだろう、または書くべきだったと思う。同じ翻訳者の仕事でも、デイヴィッド・ホックニー/マーティン・ゲイフォード対話『絵画の歴史』(青幻舎刊)はそういった問題は目立たなかった印象があるのだが。
内容について、さらにいくつか付記しておきたい。絵画を見渡すだけでなく、歴史的文献の検証にも触れている。絵画に加え、当時の画家や科学者が残した日記・手紙・科学的記述などの一次資料も多数収録・分析されている。
ホックニー自身の作品《ペアブロッサム・ハイウェイ》(本書では「ピーブロッサム・ハイウェイ」と表記)とベルギー、ゲントの聖バーフ大聖堂に収蔵されている初期フランドル絵画の最高傑作《神秘の子羊(別名:ヘントの祭壇画)》(本書では「ガン市の祭壇画」と表記)を並べ、視点が複数になったときの表現について説明している。

上:《ペアブロッサム・ハイウェイ》
下:《神秘の子羊(別名:ヘントの祭壇画)》
この本は決して「巨匠たちが実は楽をしていた」などと告発する本ではない。ここに書かれた絵に対する視点や技術の披露は絵画の価値を下げるものではないのだ。ホックニーが一貫して主張しているのは、「道具や技術(テクノロジー)を使うことと、画家の才能やアートの価値は全く別次元である」ということ。レンズを使おうが、最終的にキャンバスの上に絵の具を置くのは画家の手であり、感性なのだと。いつの時代も最新の機器を制作に取り入れ、見事な成果を上げてきた第一人者こそホックニーなのだ。
ポラロイドも、カラーコピーも、ファクスも、iPadも彼が誰よりも早く積極的にいかにも画家らしく使いこなしてきたのを我々は知っている。昔の画家たちも当時最新の機器を取り入れていたことにホックニーがいちばん、共感とワクワク感を抱いていたに違いない。1839年に写真(ダゲレオタイプ)が発明されるはるか昔から、人類は「レンズを通した視覚」とともに絵画を発展させてきたという壮大な画像史のロードマップを見事に提示した点に、本書の真の価値がある。

そんな素晴らしい本を入手しづらくしておくのはもったいない。できたら、いくつかの箇所で翻訳をブラッシュアップした上で、重版をお願いしたいと思う。
「光学実験と、自然の光学的な投影が15世紀以降のヨーロッパ美術に途方もない影響を与えてきたと確信して以来、わたしは絵画制作の歴史についてこれまでとはまったくちがった見方をするようになった。(中略)どうしてこの問題を追求するのか。ただの絵の話ではないのか。しかし、映像には力があり、支配の道具として使われる。わたしたちは映像、そして個々の映像がおよぼす影響力に関してまだ『原始的』な考えしか持っていない。」

Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。



