国立天文台が三鷹にあることを知っていますか? その名のとおり、天文学を研究する機関で、もとは東京大学の天文台として麻布にあったけれど、市街地化、関東大震災などの影響で現在の三鷹に移転したのだそうです。今年はその移転から100年ということで、それを記念したイベントがありました。
1926年竣工「大赤道儀室」を舞台に悠久の時間を感じる
天文台移転の2年後、1926年に竣工した歴史的な建造物である天文台歴史館(大赤道儀室)で、100年前から、現在、そして未来へと続く天文学について、国立天文台の天文学者・石垣美歩さんが語り、声のアーティストで美術家の山崎阿弥さんが自らの声を使ったパフォーマンスで表現するというもの。
最初、プラネタリウムのような丸い天井に宇宙を映し出す「4D2U ドームシアター」で4次元デジタル宇宙ビューワー「Mitaka」を使って、20分ほど宇宙に関する事前説明が行われる。
「これは、国立天文台の研究者が、様々な観測データを使って再現した星空です。 今、頭上に広がっているのは、今日夜20:00頃、三鷹で見える星空です。西の空から頭の上を通って東の方に、もやもやと雲のようなものが見えますね。天の川です。
(中略)
さて、地球を飛び立って、一番最初に出会うのは、地球の衛星、月です。月と地球の間は、平均で38万kmほど離れています。地球を10回転ほど転がすと、月に着く、という距離感です。
(中略)
さらに遠くを目指しましょう。月の軌道が見えなくなり、今度は地球の軌道が見えてきました。地球は、太陽の周りをまわる“惑星”です。時間を進めてみると、地球だけでなく、水星、金星、火星、木星、土星、天王星、海王星、と8つの惑星が太陽の回りをまわっています。(後略)」
こういう解説だけでも宇宙旅行が始まり、ワクワクしてきませんか?
このあと、天文台歴史館(大赤道儀室)に移動し、いよいよレクチャーとパフォーマンス。天文台歴史館は1926年竣工の鉄筋コンクリート2階建てで、木製ドームを持ち、レンズ口径65㎝、焦点距離10メートルに及ぶ屈折望遠鏡を納めている。木製ドームの制作にあたっては造船の技術を使っているらしい。
司会者の開始の合図とともに、館内は完全に暗転。前触れなく、山崎さんの最初のパフォーマンス「天の川の星々、秋・冬の星座のイメージ」が始まった。
そして暗闇の中、ランタンを持って、石垣さんが登場する。石垣さんは国立天文台ハワイ観測所の助教で、古い星の元素組成や軌道運動をもとに、天の川銀河の形成史を研究している学者だ。
「天の川を実際にご覧になったことがあるでしょうか? 人工の光の少ないところに行くと、夜空に光の帯のような天の川の姿が浮かび上がります。この天の川は、およそ1000億個の星々が作る銀河系の姿です。円盤状に渦を巻く星とガスの構造をもつのが特徴です。銀河系は星や惑星のゆりかごでもあります。私たちの太陽系も、銀河系の中で誕生し、育まれてきました。そして現在の宇宙には、銀河系と同じような銀河が無数に存在します。(後略)」
宇宙の誕生を知る手がかりの話を少ししたあと、山崎さんもランタンをもって登場。その後、石垣さんの解説があり、それを受けての山崎さんのパフォーマンスが続いていく。
「宇宙の暗黒時代から初代星の誕生、初代星による元素の生成」
「シリウス」
「太陽」
「ベテルギウス」
「星からの光のメッセージを読み解く分光観測の表現」
「宇宙誕生〜初期宇宙での様子」
宇宙が誕生した今からおよそ138億年前の暗黒から私たちがいる今、ここへ壮大な物語がレクチャーと山崎さんの声のパフォーマンスで綴られていく。山崎さんは20世紀のアメリカの詩人ルイーズ・ボーガンの『私の部屋の中の旅』を引用する。
「(前略)
私の材料とは何か。
世界の材料とは何か。
この、暗闇の中、出発点をもとめてさかのぼる。
輝く星が見えてくる。
暗闇に光をともす最初の星。
やがて自分の重みに耐えられず爆発する。
その一生に、体の中で作った元素。
ばらまかれ、
次の星を作り、次の星が、さらにいくつもの元素をつくる。
私たちをつくる種となる。(後略)」
大きさも時間も人間など比べものにならないくらい遥かな宇宙というものを前にして、たった一人での、しかも楽器などを使わず、声だけのパフォーマンスが、そういう壮大さをイメージさせてくれることに驚いてしまう。
山崎さんにいくつか話を聞いてみる。
――声で表現をするアーティストになったきっかけはどういうものでしたか?
「声に特別な関心を持ったのは、母の声を骨格を通して聞いたのが最初でした。保育園の参観日でたくさんの“母親”たちの声をいちどきに聞いたとき、自分の母の声だけが口腔内で滞留し、くゆって外に出てくるように聞こえて、骨や筋肉が声として見えてくる経験をしました。それ以降、人の声を聞くときに骨を透かして見るように聞き始めました」
――パフォーマンスをしているときにはどんなことを考えているのでしょう?
「空間の素材(建材)、構造、サイズによって声の反射の仕方が違うので、声を変えながら反射の具合の変化を聞いています。この声だと天井の木材は反応するけど、天井と壁をつなぐ金属は返答がないな、声を変えてみるか、あ、この声は床をよく走る、じゃあこの声だと…、窓のガラスか…と、ダウジングで水脈を見つけるように、声を変えながらコミュニケートしてくれる素材や部位を探しています。これは言語的な呼応ではなく、意識のフィールドに数兆個の箱が並んでいて、それをずっと組み替えているようなイメージがあります。解を出さないアルゴリズムをずっと走らせているような感じです」
――今回のイベントについてはいかがですか?
「100年を祝うために100年よりずっと前、望遠鏡を使わずに自分たちの眼で夜空を見上げていた時代を思って歌うところからパフォーマンスをスタートしました。見つめるほどに見つかる星たちが夜空をともしていくイメージ、人の眼で見る宇宙を歌う。11月の空は、日によって、月といくつかの惑星がそれぞれ寄り添う場面があります。黄道と白道が織りなす流れや、秋の大四辺から見上げたところにあるアンドロメダ銀河の輝く様子を歌いました。この後は、石垣さんのレクチャーに沿って、ファーストスターが生まれる様子、シリウス・ベテルギウス・太陽のスペクトル解析から作った音を声で表現し、様々な光が混じり合う状態から何筋かの色彩に分光される様子を歌いました。そして人間、つまり、私、私たちがどこからどうやってここにたどり着いたのか、ファーストスター/密度ゆらぎ→ビッグバン→インフレーション→量子ゆらぎと遡って表現していきました」
宇宙を想えば、あまりに小さな存在の人間だが、人が意思をもって行うパフォーマンスを同じ人である自分だから、表現や感情を捉えられる。それを受け取るうちに、哲学的な思考がぐるぐると回り始める。
「宇宙はどのように生まれ、始まったのか。
そして、わたしたちは、どこから来たのか。
わたしたちは、どこへ行くのか。
わたしたちは、どこから来なくて、どこへ行かないのか」
石垣さんの説明は我々の興味をぐいぐい引き付け、山崎さんの声はどの場面でも美しく響く。なによりも、人間がある程度ギリギリ実感できる100年という時間(それはたとえば祖父母から現在の自分、あるいはそのそれぞれ少しずつ重なり合う人生かもしれない)を物差しにして、それをあとさきに伸ばした悠久の時間について考えることができた、そんな機会でもあった。
Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。