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2024.08.13

美術ジャーナリストが見た、写真家・篠山紀信の凄さ「彼は昔話が大嫌いだった」

2024年、年初の1月4日、写真家の篠山紀信氏が亡くなった。享年83歳。1960年代から活躍し続け、時代を瑞々しく切り取ってきた。時代を織りなすそのとき話題の人物、それもアイドルから政治家たち、そして世間を騒がせるニュース、日本と外国の風景まで、何でも撮ったし、撮れないものはなかった。篠山氏のことを書いておきたい。

少年時代の篠山紀信の肖像

雑誌の“篠山紀信”特集を振り返る

冒頭の写真は『決闘写真論 篠山紀信 中平卓馬』に掲載された少年時代の篠山紀信の肖像だ。面影がある。誕生日になると母親に連れられ、写真館に行ったという。

『決闘写真論 篠山紀信 中平卓馬』(1977年 朝日新聞社刊)
『決闘写真論 篠山紀信 中平卓馬』(1977年 朝日新聞社刊)

篠山が写真を提供し、中平卓馬が文章を書くという「決闘」。『アサヒカメラ』に1年間、連載された。篠山について語られた本、篠山自身が対談を務め、各界の人々と軽快な喋りを展開した本などもあるが、ここでは今後も篠山を語る上で重要となる雑誌などを見ていく。

『SWITCH』2024年6月号「LAST WALTZ 写真の夜明け、写真の果て」(スイッチ・パブリッシング)
『SWITCH』2024年6月号「LAST WALTZ 写真の夜明け、写真の果て」(スイッチ・パブリッシング)

しばしば、写真や写真家を特集テーマに掲げる雑誌『SWITCH』は2024年6月号で「LAST WALTZ 写真の夜明け、写真の果て」という特集をリリースした。森山大道の新作フォトストーリーで巻頭を組み(表紙もここから抜き出している)、さらに1999年、サンフランシスコ近代美術館での森山の写真展「daido MORIYAMA: stray dog」を振り返っている。森山と深瀬昌久(2012年没)の1991年の対談の再録もしている。荒木経惟の近況報告も載っている。

しかしこの号で最も重要な特集は「篠山紀信 幸福な無名時代」で、篠山を巡る話を沢渡朔、荒木経惟、立木義浩、操上和美、横尾忠則がしている部分だと思われる。そもそも、この号全体のテーゼとして描かれているのはこんな3行だ。

一人の写真家が死んだ。「時代と寝た男」と呼ばれた写真家のことを考え、
私たちはあらためて写真という表現を通して同時代とは何か、
写真家はどのように時を駆けていったのか、と問いかけた

『SWITCH』2024年6月号

沢渡朔は篠山と同年の1940年生まれ。篠山とは日本大学芸術学部写真学科の同級生だった。大学入学したての頃の篠山のことを語っている。

これからは商業写真、コマーシャルの時代だと言うんです。その真っ直ぐさが印象に残っている。彼と比べると、(自分は)ロバート・キャパがどうのこうのとか言ってるような甘っちょろいものだった

『SWITCH』2024年6月号
『BRUTUS』2023年11月1日号「写真はもっと楽しい。」(マガジンハウス)
『BRUTUS』2023年11月1日号「写真はもっと楽しい。」(マガジンハウス)

沢渡は篠山が亡くなる数ヶ月前に発売された雑誌『BRUTUS』の特集「写真はもっと楽しい。」で対談をしている。

篠山 昔はあいつなんてくだらねえよとか、そんなことばっかり話してた。

沢渡 学生の頃からみんな切っちゃうんだから。ばっさりばっさり。そうやって上り詰めたんだよね、そこが一番かっこいいよ。時代をリードしてきたもんね。

『BRUTUS』2023年11月1日号

『SWITCH』に戻る。「荒木経惟 追憶の2024年 篠山紀信へ」という荒木(彼もまた篠山と同年の1940年生まれ)のインタビュー記事。荒木の写真集『センチメンタルな旅・冬の旅』を巡り、『波』(新潮社)での対談の論争に端を発した荒木・篠山の絶交宣言は有名である。これについて荒木が語る。

対談の件はとっくに和解してんだ。和解は2003年11月の市川染五郎の結婚披露宴だった。(中略)あいつも照れ屋でさ、口でどうのこうの言ったりしない。その後も周りのみんなはまだ俺たちが喧嘩したままだと思ってるけど、違うんだよ。

『SWITCH』2024年6月号

この荒木の話はいささか意外なのだが、当事者が言うのだからそういうことにしておこう。

立木義浩は自身の写真集『舌出し天使』を構成する編集会議になぜか篠山も立ち合い、口を出してきたことを懐かしく述懐している。そしてその篠山のアドバイスに立木も共感したのだった。

操上和美が一番好きな篠山の仕事はブラジル、リオのカーニバルを撮影したドキュメント『オレレ・オララ』だという。そのダイナミックさ、躍動感を高く評価しているのだ。

横尾忠則が三島由紀夫と共演する写真集を撮影したのは篠山だった。

篠山くんは大衆的で芸術性が低いと言われていた。けれど見方によってはそこがスケールの大きいところだと思う。見事な写真です。自分を殺しているのに、何となく篠山紀信の写真だとわかる。そこに美学があるから成立する。

『SWITCH』2024年6月号
『relax』2004年3月号「ハイ! キシン 篠山紀信」(マガジンハウス)
『relax』2004年3月号「ハイ! キシン 篠山紀信」(マガジンハウス)

雑誌による「篠山紀信特集」で僕が最も秀逸だと思っているのは、『relax』2004年3月号の「ハイ! キシン 篠山紀信」である。この号の背には「篠山紀信の写真を生まれてから一度も目にしたことのない日本人はいない。」と書いてある。確かにそうだろう。

表紙の写真は詰襟の学生服の篠山とセーラー服を着たアイドル、栗田ひろみ。若き日のツーショット。そして、タイトルが重要。「ハイ! キシン 篠山紀信」。これは篠山の仕事を知ってる者なら誰でもわかる。1972年、有名モデル、マリー・ヘルヴィンをハワイのモロカイ島で撮影し、『アサヒカメラ』増刊号としてリリースされた名作「ハイ! マリー 篠山紀信」を受けてのタイトルだ。そこから始まり、この『relax』は徹底して、篠山紀信が雑誌を乗っ取った形の編集になっている。

この雑誌の巻頭のホンマタカシの連載「wanna relax ワナ・リラックス」に対して、篠山紀信の「wanna relax ワナ・リラックス」もある。佐内正史が女性タレントやアイドル、女優を撮る連載「a girl like you 君になりたい」で貫地谷しほりを撮っているが、篠山版「a girl like you 君になりたい」もあり、かつて『週刊プレイボーイ』のために撮影した栗田ひろみの写真3カットが6ページに。巻末の若木信吾の連載「see ya! またね」に対して、篠山の「see ya! またね」もある。特集ページには篠山の『晴れた日』『食』『ハイ! マリー』『オレレ・オララ』から選び、再録している。

雑誌『BRUTUS』での篠山さんの長寿連載「人間関係」は1992年に始まり、700数十回を数えた。僕はBRUTUSの編集者時代、この連載を担当したことはなかったけれど、篠山さんとは旧知の関係でもあったし、この連載に自分に親しい人が登場する場合は現場におじゃますることがあった。たとえば、建築家の妹島和世さんと現代美術作家の杉本博司さんの撮影現場がこれだ。

杉本博司の東京のアトリエでの撮影。説明する篠山。
杉本博司の東京のアトリエでの撮影。説明する篠山。直立する大きなプリズムは「Opticks」シリーズ撮影用に作ったもの。
篠山が操作するディアドルフの8×10のファインダースクリーンを覗き込む杉本
篠山が操作するディアドルフの8×10のファインダースクリーンを覗き込む杉本。

不世出の写真家、篠山紀信。今後もいろいろな折に、さまざまに語りつがれていくだろう。それにしても、篠山さんは昔話が大嫌いだった。「あれは名作ですね」「あのときの写真、大好きです」「ああいうのを今また撮っていただけませんか?」という話には決して乗ってこなかった。何か新しいこと、今までになかったことだけを常にやりたがっていた。それが彼の絶対的パワーの源だったのである。

Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。

TEXT=鈴木芳雄

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