毎年京都で開催される日本最大の国際的な写真祭「KYOTOGRAPHIE」。2023年のインターナショナル・ポートフォリオレビューでルイナール ジャパン アワードを受賞した柏田テツヲ氏の作品が、祇園の両足院に展示されている。タイトルは「Pulling the Void(空(くう)をたぐる)」。地球温暖化という目に見えない現象に対峙しながら、地球とともに生きていく人々の行いは、空をたぐるようなもの。フランスのシャンパーニュ地方も危機にさらされていることが、柏田氏の作品から、うかがい知ることができるだろう。
気候変動がもたらす影響とメゾンの努力をフィルムに刻む
「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」の会場のひとつ、京都・祇園にある禅寺・両足院。その大書院には標本箱をモチーフにした木製の什器が配され、そのなかに、写真家・柏田テツヲ氏が、シャンパーニュ地方で撮影した作品が収められている。
眩いばかりの青空、ブドウ畑に寝そべり空を見上げる作業員、収穫直前のたわわに実るブドウの房、自生するワイルドベリーとその日の新聞……。2023年、「KYOTOGRAPHIE」のインターナショナル・ポートフォリオレビューでルイナール ジャパン アワードを受賞した柏田氏。収穫の真っ只中のシャンパーニュ地方を訪れ、メゾンがあるランスに滞在し、一連の作品を作り上げた。
ポートフォリオレビューでは、鹿児島県・屋久島の自然をテーマにした『Nearly Equal』を出品。5年ほど前に渡豪した際、山火事の被害を目の当たりにし、気候変動による地球環境の問題に目を向けるようになった。そして、シャンパーニュ地方で柏田氏が見た光景もまた、気候変動の影響について考えざるを得ないものだったという。
「先入観を払拭するため、何の下調べもせずシャンパーニュ地方にやって来ました」と柏田氏。時は9月中旬。収穫といえば秋だから、すでに涼しくなっているだろうとダウンジャケットを用意してきたが、むしろ半袖シャツ一枚で過ごせるほどの暑さだったという。
「シャンパーニュ地方でも気候変動の影響が大きく、近年、記録的な暑い年が続いていて、2023年も例外ではなかったそうです」(柏田氏)
実際のところ、2023年のシャンパーニュ地方は暑く、不安定な天候に悩まされた。あまりの暑さでブドウが過熟したり、また、大量の雨でブドウの房が膨れ上がったエリアも少なくない。もちろん、シャンパーニュ地方の人々も、こうした自然の脅威にただ手をこまねいているわけではない。気候変動の要因となる温暖化ガスの排出を抑制し、環境を元の状態に戻す取り組みを進めている。
最古のシャンパーニュメゾンであるルイナールも、ブドウ畑とブドウ畑の間に緑の緩衝地帯を作り、そこに植物や昆虫、鳥などを呼び集める「生物多様性のためのコリドー」を発案。一度は離れていった昆虫や鳥などがまたブドウ畑に戻りつつある。
柏田氏は目の当たりにした気候変動の影響と、人々の努力により以前の姿に戻りつつあるブドウ畑の姿をフィルムに刻んだ。
一連の作品の中には、ブドウの枝葉に絡まる毛糸で編まれた蜘蛛の巣も。
「ある日ブドウ畑で撮影中、本物の蜘蛛の巣を発見しました。もともとそこにあったのに、うっかり見逃してしまいそうな生物の生きている証。それを自分がそこに滞在して作品作りに挑んだ、ひとつのメタファーとして組み込んでみました」(柏田氏)
その毛糸の蜘蛛の巣は今でもブドウ畑の中に残され、ここ両足院の庭園にもひっそりと括り付けられている。
「気温が1℃違うだけでブドウの熟度が大きく変わる。メゾンの人たちは、このまま放っておいたら今までと同じシャンパーニュを近い将来造れなくなる。そんな危機感を持っています。ルイナールのシャンパーニュを口にするひとりでも多くの人が、僕の作品を見て同じ危機感を共有し、メゾンの取り組みに関心を示してくれたらうれしいですね」(柏田氏)