訪問時に感謝の気持ちを込めて渡す手土産には、他者への想像力、見識、センスなど、選者の人間性が垣間見えるもの。今回、村上龍や山田詠美など錚々たる作家の担当編集を務める石原正康に手土産の鉄則を取材。編集者ならではの気遣いや心遣いとは――。
多少押し付けがましくても自分の好きなものを贈る
作家さんへの手土産は、大抵は原稿を書いている時の差し入れというシチュエーションが多いので、「頑張ってください」という熱意ももちろん大きいですが、「こいつのために書こう」と思ってもらう作戦でもあります。美味しいのは大前提で、作家さんの好みやその時々の状況も加味するものの、「編集者・石原正康」ならではの物語を込めて作家さんの頭を独占することを目的に選んでいます。つまり、多少押し付けがましくても自分の好物であれば、なぜこれを好きなのか、食べてもらいたいと思ったのかを自然に熱く語ることができますよね。
例えば、僕はとても柚子胡椒が好きで、冷凍庫には好きなお店の柚子胡椒が常に5本くらいストックしてあります。特に気に入っているのが京都・四条河原町にある、『食堂おがわ』の「脳天逆落とし」という京都産島唐辛子を使った自家製柚子胡椒です。
予約がなかなか取れない人気店なので、これを手土産にすると「おっ」と思ってもらえます。さらに、棟方志功風の版画のラベルも店主・小川真太郎さん自らが彫ったお手製で、お店では、パリパリの皮付き鶏唐揚げに添えられてくるように、お肉につけても美味しいし、もちろん焼き魚にも。僕はトンカツにつけたり、お味噌汁にちょっと溶いたり、もちろん鍋にも……と大好きなものだからこそ背景から食べ方まで臨場感たっぷりに説明するので、作家さんが実際にそれを食べる時、必ず僕のことで頭がいっぱいになっているはずです(笑)。
20〜30代の若い頃は手土産を渡す経験も引き出しも少なくて苦労しました。ウイスキーの味もよく知らないのに、ウイスキー好きという作家さんに知名度と予算で選んだものを持っていき、あからさまにつまらなそうな顔をされたことは忘れられない思い出です。そんな苦い失敗をいくつか重ねたことで、相手の好みにドンピシャ、というのはハードルが高いことを学びました。
なので、自分の得意分野、自分の好みで勝負しようと、歳月をかけて僕の定番を少しずつ増やしているわけです。その中でも、ウケのいいものは、資生堂の煌びやかな缶に入ったクッキー、エシレの発酵バタークッキー。そして渡辺淳一さんもお好きだった京都の料亭が発祥の『紫野和久傳』の「れんこん菓子 西胡(せいこ)」です。
最近は担当作家さんの年齢も高くなってソーセージやハムを手土産にすることも少なくなりましたが、西荻窪にある『ソーセージハウスもぐもぐ』も好きなお店です。昔、吉本ばななさんが骨折した時に、骨つきハムを「早く骨がくっつきますように」とメッセージを添えて贈ったらとても喜んでもらえました(笑)。
僕の定番中の定番は、会社が四谷にあったころから重宝している『四谷 志乃多寿司』です。稲荷と干瓢巻きしかないのですが、その道一筋というのは作家さんの心に響くのではないでしょうか。味付けも甘くて、おやつのような感覚。ほっこりとして疲れも吹き飛ぶ味わい。以前、原稿を書くためにホテルで缶詰になっている山田詠美さんに稲荷と干瓢巻きの折詰を差し入れしたら、夕飯でご一緒したホテルのレストランの食事もそこそこに、「こっちの方が美味しい」と召し上がっていて。人をワクワクさせる手土産って、値段でも豪華さでもなく、こういう懐かしさを喚起させるようなシンプルな味なのかもしれません。
定番の中でも好みを押し付ける手土産の最たるものはワイン。食事に招かれた時、以前は誰にでも喜んでもらえるからと高級なシャンパーニュを差し入れていましたが、人気だからとか、高ければいいというのは格好悪いなと思うようになり、「サンテミリヨンが好きなんです」とか、「最近、ナチュールがマイブームです」と、自分が好きなワインを持っていくようになりました。
手土産は、ほんの小さな気持ちではありますが、好きなものを熱意を持って押し付けるという、仕事を超えたプライベートな感情が伝われば、何万円もかける接待ご飯よりも作家さんの気持ちをこちらに向けられる効果があると実感しています。
Masayasu Ishihara
1962年新潟県生まれ。法政大学を卒業後、角川書店入社。1993年、幻冬舎設立に参加。編集者として山田詠美『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』、五木寛之『大河の一滴』、村上龍『13歳のハローワーク』、『55歳からのハローライフ』、天童荒太『永遠の仔』などを担当。