ART

2023.06.06

著名アーティストの版画が500円? 機知に富み、発見をくれる画家・福田美蘭の問いとは

カラー印刷の新聞に掲載された美術作品画像にエディションとサインを入れて、それもまた版画作品でしょうと画家の福田美蘭さんは考えた。「複製技術時代の芸術」を唱えたウォルター・ベンヤミン先生はなんて言うか知らないが、この新聞の切り抜きがミュージアムショップで500円で売ってたので買った。うれしかったので額装してしまった。見て見て。連載「アートというお買い物」とは……

アートというお買い物

新聞に掲載された図版が複製美術品?

新聞の切り抜きです。2022年10月8日付の日本経済新聞。

アートというお買い物

ある日の新聞の美術欄の一角だろうね。でも、この絵、見たことあるような無いような。そもそも、男の人はかなりきちんとした格好をしているのに、隣の女性はなんで裸なんだろうって思うよね。待てよ、そんな絵、あったねって。そうです。あります。これでしょ。

マネ《草上の昼食》1863年 オルセー美術館蔵

マネ《草上の昼食》1862〜63年 オルセー美術館蔵

これは、エドゥアール・マネ(1832-83年)が1862〜63年に描いた彼の代表作の一つ。古典からの引用も多く、また後に続く画家たちに多大な影響を与えた作品。しかしそれよりもなによりも裸の女性を描いたことが不道徳とされ、物議を醸したことで知られる。そもそも当時、裸の女性を描いていいのは、アダムとイヴのイヴとか、泡から生まれたヴィーナスくらいだったのだから。

ここではその騒動のことは措くとして、先ほどの絵と女性の向きが違う? そう、先ほどの絵は画中、右側の帽子を被って半分寝そべっている男性の視点で見た、対面する男女の姿なのだ。

そんな絵もあったの? いや、そんな絵を現代の画家の福田美蘭さんが描いたのである。名画の登場人物になったとして、その人の視線で描かれた情景を見るとどう見えるかということをやってみたいと思ってやってしまったシリーズの一つなのですね。他にもプラド美術館にあるあのベラスケスの傑作《ラス・メニーナス(女官たち)》のマルガリータ王女の真横に寄り添って王女と同じ目線の高さで話しかけている侍女が見た王女の横顔とその先の風景を描いたりとか、ルーヴル美術館にあるレオナルド・ダ・ヴィンチ《聖アンナと聖母子》だと、幼児キリストから聖アンナと聖母がどう見えてたかを描いている。ボッティチェリ《プリマヴェーラ(春)》も。

福田美蘭さんという画家はこのシリーズだけでなく、名画に新鮮な見方を与えてくれたり、独自の表現でいろいろと再発見させてくれたりとそういうことを見事に彼女の手になる絵で見せてくれるのですよ。すごい才能の持ち主なんです。その、絵の中の人の目で描かれたシリーズの一作品が載っている新聞記事だったのねと思うでしょう。でも、よく見ると絵の下に数字と画家のサインらしきものが手書きで書かれている。

そう、これは版画としてのエディションナンバーと福田美蘭さんのサインなのでした。版画作品も新聞に載った図版も同様の複製美術品として見るということをしてるんですね。なので、大きい方の数字はこの新聞のその日の発行部数、小さい数字は作品化した点数の通し番号、エディションナンバーでした。福田さん自身がこう書いている。

「新聞紙上に掲載された私の作品の図版を一つの版画として捉えたもの。(中略)最近の新聞のグラビア印刷の質は高く、頻繁に見られるカラー図版も鑑賞に堪えるものであるが、新聞はせいぜい数時間のうちに消費されることを前提としているので耐久性や保存性はなく、これらの版画のエディションはほとんど存在しない。仮にこれらを版画でないとするなら、『複製版画といわれるオリジナル絵画をコピーしたもの』と何が違うのか? ここでは、現代の高度な技術を駆使してもオリジナルを完全にコピーすることなど不可能であり、その図版に作家がサインすることで価値が出るという不思議さと、私たちは今日、圧倒的に印刷物(版)を通して絵画を鑑賞しているということをテーマにした。」(『日本の中のマネ—出会い、120年のイメージ—』平凡社 2022年)

なかなか洞察とウィットに富む考え方だ。しかも、美術館で展示するだけではなくて、ミュージアムショップで非常に安価で販売していたりする。ちなみにここに載せた切り抜きは2022年秋、練馬区立美術館で開催された「日本の中のマネ—出会い、120年のイメージ—」のショップで売っていたもので、僕が買ったもの。新聞の切り抜きに、ナンバーとサインを書くだけなので、500円でした。福田美蘭さんの“版画”作品が500円! やったーとすぐに額装したのがこれ。

福田美蘭《日本経済新聞2022年10月8日》1753877/60
絵のタイトルは《帽子を被った男性から見た草上の二人》1992年 高松市美術館蔵

福田美蘭《日本経済新聞2022年10月8日》1753877/60
絵のタイトルは《帽子を被った男性から見た草上の二人》1992年 高松市美術館蔵

心配される「耐久性や保存性」がなくてもいいと思ってる。壁に掛けて眺めているうちに黄色くヤケてきたり、色がとんでしまったり、紙がケバ立ってきたとしても、それって新聞紙に刷られてるという事実が強調されて面白い、味が出てきたと思える。それはそうと、額装には1万円くらいかかってしまいました。

展覧会「日本の中のマネ—出会い、120年のイメージ—」は終了してしまったけれど、カタログはまだ買える。マネはヨーロッパの画家たちの間で時代を超えてとても尊敬されているのに、日本でのマネの受容のされ方とかは微妙だし、展覧会も非常に少ない。日本人にとってマネってどうなんだろうという疑問を興味深く楽しく展開してくれた展覧会でした。しかも展覧会の最後を飾る森村泰昌さん、福田美蘭さんの展示がとても良かったです。

小野寛子(練馬区立美術館)企画・監修『日本の中のマネ—出会い、120年のイメージ—』平凡社 2022年

小野寛子(練馬区立美術館)企画・監修『日本の中のマネ—出会い、120年のイメージ—』平凡社 2022年

さらに福田さんは新作を日本政府主催展(官展)の流れを汲む日本最大の団体展「日展」に応募した。もし入選すれば、その作品は「日展」(会場:国立新美術館)に、落選すればこちら、練馬区立美術館に展示となる運命だった。結果は落選。まあ、それで良かったとも言える。これはフランスの官展である「サロン」にこだわったマネ先生に倣ってのことだったのだろう。


マネ《オランピア》1863年 オルセー美術館蔵

マネ《オランピア》1863年 オルセー美術館蔵

さて、この図録の表紙は、熊岡美彦《裸体》(部分)1928年 茨城県近代美術館蔵なのだが、この熊岡さんは裸の女性がベッドに横たわる、マネのこれまた名作《オランピア》を熱心に模写した画家だそうで、この絵《裸体》も渡欧中に描かれたのだという。で、このカタログの表紙の面白いところは赤い腰巻(書籍の下部に巻かれる帯のことを「腰巻」とも言います)を取ると、お尻が丸出しになるように仕組まれているのですね。

腰巻、いや帯を外した『日本の中のマネ—出会い、120年のイメージ—』公式カタログ

腰巻、いや帯を外した『日本の中のマネ—出会い、120年のイメージ—』公式カタログ

それはそうと重要なお知らせ。2023年9月23日~11月19日、名古屋市美術館で「福田美蘭展」が開催される。そこでも、新聞の切り抜きを版画に見立てた作品を売ってくれたらいいなと思うのだがどうだろう。楽しみでならない。

Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。東京都庭園美術館外部評価委員。

過去連載記事

■連載「アートというお買い物」とは……
美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が”買う”という視点でアートに切り込む連載。話題のオークション、お宝の美術品、気鋭のアーティストインタビューなど、アートの購入を考える人もそうでない人も知っておいて損なしのコンテンツをお届け。

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TEXT=鈴木芳雄

PHOTOGRAPH=古谷利幸

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