コレクター垂涎の「シャトー・ムートン・ロスチャイルド」から新ヴィンテージとなる2022年が登場した。ラベルを飾るのは伝説のオーナー、フィリップ・ド・ロスシルド男爵。シャトーの光と影、そして飛躍の時代を物語るワインの味わいとは?

われ一級なり、かつて二級なりき、されどムートンは変わらず
「わたしの時代の幕開けから100年後、果たして記念すべき年となっているだろうか」。
1981年に出版された自叙伝『Vivre la Vigne(ブドウ畑に生きる)』のなかでこう記したのは、“5大シャトー”のひとつ「シャトー・ムートン・ロスチャイルド」の立役者にして伝説のオーナーでもあるフィリップ・ド・ロスシルド男爵だ。1855年のパリ万国博覧会で行われたボルドーワインの格付けの際には第二級の評価を受けた「シャトー・ムートン・ロスチャイルド」を、1973年に第一級に昇格させ“世界最高峰”の座を勝ち取った人物。1973年ヴィンテージのラベルに刻まれた「われ一級なり、かつて二級なりき、されどムートンは変わらず」の言葉は、ワイン愛好家なら知っている人も多いだろう。
2024年11月にリリースされた新ヴィンテージ「シャトー・ムートン・ロスチャイルド 2022」は、フィリップ・ド・ロスシルド男爵がシャトー運営のトップとなった1922年からちょうど100年目の記念すべき年に当たる。

「シャトー・ムートン・ロスチャイルド」は、毎年世界的に著名なアーティストがラベルを彩ることで知られるが、2022年のラベルを手がけたのは、抽象的かつ幻想的な作風で知られるフランス人アーティストのジェラール・ガルースト氏。ラベルに描いたのは男爵の肖像と牡羊(ムートン)、シャトーの正面ペディメント(西洋建築における切妻屋根)、そしてブドウのモチーフだ。ガルースト氏は製作に際し、こう語っている。
「フィリップ・ド・ロスシルド男爵がたどった人生に強く引き付けられました。そしてその顔立ちに心を奪われました。抜群にエレガントで精力的で。表情には常に自信が満ち溢れ、同時に茶目っ気も失わない。男爵の魅力のすべてを肖像画に証言することに努めました」

従業員に理解を示し、行動を共にする
実は、フィリップ・ド・ロスシルド男爵の人生は、栄光に満ちていたばかりではなかった。
彼がシャトーのトップに立った1922年、従業員たちとの信頼関係は脆弱なものだった。男爵は自らを省み、従業員たちとの対話を辛抱強く続けて少しずつ信頼関係を築いていった。そして、栽培や醸造、ボトル詰めまで細やかに見直し、品質向上に努めた。それだけでなく、上下関係が厳しかったこの時代においても、男爵は従業員たちが提案したことに理解を示し、ワイン造りの工程において常に彼らと行動を共にしたという。男爵は、後に回顧録の中で自らを「絹のパジャマを着た農民」と評している。
また、最大の危機は、なんといっても第二次世界大戦だった。ナチスにとって資産価値が高いボルドーワインは真っ先に略奪の標的となった。なにより、ユダヤ系であることで身の危険を感じた男爵は、シャトーに残していく従業員たちが当分困らないだけの資金を用意し、シャトーを後にした。だが、この戦争の間に彼は妻を失い、自らもレジスタンスとして戦ったモロッコで拘留されるなど、辛酸をなめるような経験を重ねた。そして彼は、ようやく戦争が終わったのち、悲しみに打ちひしがれてシャトーに戻った。
彼の人生に一筋の光が差したのは、まさにこの時だったろう。かつてのシャトーの支配人や醸造長が男爵のもとに集まってきたのだ。支配人は男爵を貯蔵庫の苔で覆われた壁の前に連れていき、男爵がシャトーを去った後、ここに秘密の壁を作り、その奥に大切なワインを隠しておいたことを語ったという。男爵はこの時、シャトーの再建を心に誓った。その後の「シャトー・ムートン・ロスチャイルド」の発展は広く知られる通りだ。
「シャトー・ムートン・ロスチャイルド 2022」はカシスやスパイス、バラなどの香りが立ち上り、華やかで複雑なアロマが心に残る。豊かなタンニンと美しい酸味、ビロードのようなタンニンが調和し、さらなる熟成のポテンシャルを感じさせる。その味わいはダイナミックでエレガント、それは、フィリップ・ド・ロスシルド男爵その人を思わせる。

©Baron Philippe Rothchild
男爵の時代の幕開けから100年後、シャトーは男爵の人生に光を当てることで、「シャトー・ムートン・ロスチャイルド」の精神の原点を世に示した。2022年ヴィンテージは、フィリップ男爵の不屈の精神を思い起こさせる。おそらくビジネスに携わる者にとっては、自らを勇気づけ、鼓舞させてくれる特別なワインとなるはずだ。
参考文献:『ロスチャイルド家と最高のワイン 名門金融一族の権力、富、歴史』(ヨアヒム・クルツ著・瀬野文教 訳/日本経済新聞出版社)
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