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2025.04.03

名門「シャトー ラフィット・ロートシルト」の若き女性リーダーが見据える、ボルドーワインの未来

ボルドー五大シャトーのひとつ「シャトー ラフィット・ロートシルト」を有するドメーヌ バロン ド ロートシルト ラフィット社から、オーナー兼CEOのサスキア ド ロスチャイルドさんが来日。ジャーナリストからの転身、サステナビリティに関する取り組み、そして、若者のワイン消費について語った。

シャトー・ラフィット・ロートシルト6代目当主のサスキア・ド・ロッチルドさん
PHOTOGRAPH : 柳忠之

シャトー ラフィットの伝説のはじまり

まもなく開催される大阪・関西万博。今から170年前の1855年に、花の都パリで万国博覧会が開かれたことをご存じだろうか? 時のフランス皇帝ナポレオン三世は、万博の目玉として自国が誇るボルドー・ワインの展示を発案。しかし、ただ単に展示するのでは面白みに欠けるとして、ボルドー・ワインのなかから選りすぐりのシャトーを60ほど選び、それを一級から五級まで格付けすることを思いついた。これが世にいう1855年の格付けだ。

1973年にシャトー ムートン・ロートシルトが二級から一級に昇格したのを唯一の例外として、1855年から170年間変わることのない不磨の大典。そして5つある一級シャトーのなかでもその筆頭に君臨するのが、シャトー ラフィット・ロートシルトである。その名声は18世紀のヴェルセイユ宮でもすでに響き渡り、国王ルイ15世の寵姫であったポンパドゥール夫人は、晩餐会にシャトー ラフィットを欠かさなかったとの逸話が残る。

格付けから13年後の1868年、シャトー ラフィットは競売にかけられた。落札したのはロンドン、パリ、フランクフルト、ウィーン、ナポリの五都市に分かれたロスチャイルド家のうち、パリ・ロスチャイルド家のジェイムズ男爵である。以来、シャトーにはロスチャイルドの名が冠され、フランス語で「シャトー ラフィット・ロートシルト」と呼ばれるようになる。

落札価格は隣接する区画のカリュアードも含め444万フラン。1853年にロンドン・ロスチャイルド家のナサニエル男爵がブラーヌ・ムートン(のちのシャトー ムートン・ロッチルド)を手に入れた時の価格が112万フランだったから、ラフィットがいかに特別な存在かがうかがい知れるというものだ。

シャトー・ラフィット・ロートシルト
ラベルにも描かれているシャトー ラフィット・ロートシルトの城館。16世紀に建てられたものと考えられている。17〜18世紀にかけては「ブドウ畑の王子」といわれたセギュール侯爵がシャトー ラフィットを所有。1760年頃、リシュリュー提督(三銃士で有名なリシュリュー枢機卿の甥孫)によってヴェルサイユ宮にワインが紹介された。

30歳の若さでシャトーを継いだ、初の女性当主

さて、今日、シャトー ラフィット・ロートシルトのほか、格付け4級のシャトー デュアール・ミロン、ポムロールのシャトー レヴァンジル、ソーテルヌのシャトー リューセックなど錚々たる銘醸ワイナリーを所有するドメーヌ バロン ド ロートシルト ラフィット社。その経営を担うのはジェイムズ男爵から数えて6代目にあたるサスキア ド ロスチャイルドさんだ。シャトー ラフィットにとっては初の女性当主による経営となる。

「父(エリック ド ロスチャイルド男爵)の影響で私はブドウ畑のなかで育ちました。家にはしばしばワインの醸造スタッフが集まり、子供の頃からラフィットは身近な存在でした」と、サスキアさん。とはいえ、ワイナリー経営は代々男の仕事。サスキアさんはジャーナリストを志し、ニューヨークタイムズの特派員として南米アルゼンチンや西アフリカ諸国を訪れ、取材・執筆活動に没頭した。ところが、ふたりの兄はワインにまったく関心がない。

「シャトー ラフィットほど素晴らしいテロワールをもつ土地はありません。この祖先が遺してくれた大切な財産を守り、さらに発展させるため、私はコートジボワールのアビジャンを離れ、ボルドーに住むことを決心したのです」

シャトー・ラフィット・ロートシルト6代目当主のサスキア・ド・ロッチルドさん
シャトー ラフィット・ロートシルトのブドウ畑に立つサスキアさん。ブドウ畑は100ヘクタール以上の面積をもつ。サスキアさんが経営に参画して以降、サステナブルな取り組みが始まり、現在、オーガニックおよびバイオダイナミック農法がとられている。

それまでドメーヌ バロン ド ロートシルト ラフィット社が所有するワイナリーでは、シャトー ラフィットしか訪れたことがなかったというサスキアさん。ブドウ栽培やワイン造りに関する知見を深めるため、ボルドー大学で醸造学を学び、ポムロールのシャトー レヴァンジルではひと夏お忍びで仕事をした。ディレクターのみが彼女の正体を知り、ほかのスタッフは彼女を研修生のひとりと思い込んでいたという。

ドメーヌ・バロン・ド・ロッチルド(ラフィット)では、さまざまな国・産地でワイン造りをしている。
ボルドー以外にも、南仏ラングドック地方のドメーヌ ド オーシエール、チリのロス ヴァスコス、アルゼンチンのボデガス カロなど、ドメーヌ バロン ド ロートシルト ラフィット社では、さまざまな国・産地でワイン造りをしている。
PHOTOGRAPH : 柳忠之

サスキアさんは2016年に20代の若さでドメーヌ バロン ド ロートシルト ラフィット社の共同経営者となり、その2年後、父エリック男爵の後を継いで当主に就任した。ちなみに彼女はHEC(パリ経営大学院)とインド経営大学院で経営学を学んだ才媛。ビジネスにおいてもその指導力を発揮し、取締役会では戦略面のキーパーソンとなっている。そして、ドメーヌ バロン ド ロートシルト ラフィット社の経営に就いて以降、彼女のイニシアチブで推し進められているのがサステナビリティに関する取り組みだ。

「ニューヨークタイムズの特派員としてグリーンランドの鉱物資源を取材した際、気候変動の影響をまざまざと見せつけられました。私たちが所有する類まれなるテロワールを後世に残し、伝えていくには、従来のブドウ栽培のあり方を根本から見直す必要があると考えたのです」

まずシャトー レヴァンジルにある20ヘクタールのブドウ畑をオーガニック栽培に切り替え、2017年に認証を取得。さらにブドウ畑の面積が100ヘクタールにおよぶシャトー ラフィットにもオーガニック栽培を広げ、現在はバイオダイナミック農法も実践している。これには研究開発部門のリーダーであるマヌエラ・ブランド女史が先頭に立ち、バイオダイナミック農法を哲学的かつ科学的に検証。この農法で最もよく使われる調合剤の500番(牛の角に詰めた牛糞)と501番(牛の角に詰めた水晶の粉末)について、7年間にわたり研究している。

「ブドウの酸が維持され、葉にミネラルが定着するようになり、光合成が促進されることがわかってきました」とサスキアさん。また、1956年の大霜害(だいそうがい)でも枯れなかったブドウの樹を4年間にわたって観察し、とくに優れた性質の樹から取り木して、4ヘクタールの“ファール”と名付けられた区画に植えた。ファールとはフランス語で「灯台」という意味で、「進むべき方角を照らす」ことを意味しているという。さらにこの区画では、PIWI品種(カビ系の病気に耐性のあるブドウ品種)やボルドーで新たに認められたポルトガルや南イタリアなど暑い地域原産のブドウ品種も試験的に栽培。今後さらに進むことが予想される気候変動への備えとしている。

チリのロス・バスコス
フランス国外で所有するワイナリーでもサステナブルな取り組みを実践。写真はチリ、ロス ヴァスコスのブドウ畑。

「ナチュール」が若者の関心を引き寄せる

こうしたサステナビリティを重視し、よりナチュラルなブドウ栽培を進める背景には、ワイン離れが加速する若い世代を取り込む狙いもある。ワイン大国フランスですら、ワインは親世代の飲み物で、時間的・金銭的余裕ができてから嗜むもの……というイメージがあるらしい。

「私と同世代、あるいはそれより下の人たちにとって、ワインはタンニンがどうだとか、酸がどうのとテクニカルなことを知らないと飲めない、“こわいお酒”と思われています。私は若い人たちにもワインをもっと楽しく、心地よく飲んでもらいたい。そのきっかけとなるのが『ナチュール(自然)』という概念です。今の若者は自然への関心が高く、エシカルな消費に価値を見出す傾向があります。私たちの造るワインがいかにナチュールでエシカルか、若い人たちに訴求することで、ワインそのものへの関心を高めることができると思います」。

現在リリース中のシャトー ラフィット・ロートシルトの2018年ヴィンテージ。ロスチャイルド家がこのシャトーを手に入れて150周年の節目の年である。これを記念して、ボトルには特別な装飾が施されている。ラベルとネックの間には、赤いインクでボトルに直接書かれた「CL」の文字。ローマ数字の「150」で、150周年を意味する。もうひとつはラベル上の絵だ。いつもの年とはちょっとだけ異なるのだが、読者のなかにわかる方はいらっしゃるだろうか。答えは写真のキャプションに。

シャトー・ラフィット・ロートシルト
シャトー ラフィット・ロートシルト2018(参考小売価格 ¥140,000)。このヴィンテージのラベルにのみ、シャトーの右上に気球が浮かんでいる。この気球を描いたのはサスキアさんで、気球にはシャトーを購入したジェイムズ男爵が乗っているそうだ。

2018年は高い気温と湿気でべと病が発生し、オーガニックに取り組むシャトーほど苦労した年。しかし、シャトー ラフィットはもちろん、トップのシャトーは、厳しい選果によって高品質なワインを造ることに成功した。5大シャトーのなかでもとりわけエレガントで気品に富み、素晴らしく長い余韻で知られるシャトー ラフィットは、その本領を発揮するまで長い熟成期間を必要とするのが常である。ところがどうだろう。この2018年は収穫から7年という若さにもかかわらず、持ち前の骨格を維持しながらシルキーな舌触りと喉越しをもち、すでに心地よく楽しめるではないか。

もちろん、もう10年寝かせれば、エレガンスにさらに磨きがかかり、余韻のレイヤーは幾重にも積み重なるのだろうが、あの若いうちはつんと澄まし顔で微笑みをいっさい見せなかったシャトー ラフィットが、齢7つにして愛嬌をふりまいていることに驚いた。セラーにワインを20年も30年も寝かせておける家庭など限られるのだから、ワインはリリース直後からおいしく飲めるのが理想。シャトー ラフィットも時代の要求にようやく耳を傾けるようになったのかもしれない。

いずれにしてもこの2018年のラフィットをひと口でも味わえば、なぜラフィットが1855年の格付けで一級筆頭に選ばれたのか、その理由がはっきりとわかるだろう。

TEXT=柳忠之

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