「ここには失敗しか書いていない。しかし失敗にこそ価値がある」。これは獺祭本社蔵にある平成十一年から十七年にかけての清酒製造経過簿を収めた桐箱に書かれた言葉。純米大吟醸にこだわりながら、年間3万石の生産を達成し、アメリカでの製造を稼働させるなど、市場を席捲する獺祭だが、そこに至るには挑戦の繰り返しであったことが感じられる。日本の酒を世界のSAKEにすべく、挑戦を続ける旭酒造・桜井一宏社長の想いとはーー。
人が支える酒造りの価値
最新設備によるデータ管理や、四季製造、近代的な社屋と聞いて最新鋭のイメージがある獺祭だが、旭酒造の蔵を訪問して印象に残るのは、蔵人と手作業へのこだわりだ。
現在、酒造りに携わる蔵人は、同規模を製造する企業平均の3倍にあたる250名。平均年齢は30歳前後と若く、前向きな熱意に溢れていながらも、四季醸造による醸造回数の多さで重ねた経験による落ち着きがある。
コロナ前には、自国に戻ったときに日本酒を広げてもらうべく、多国籍のスタッフも受け入れており、人への投資を行ってきた。
「最新の機械やデータを取ることは大切ですが、判断するのは人です。A、B、Cとチームを分けて酒造りに取り組み、最適解を探します。例えば、米が固いということに対しても、あるチームは発酵時間を長くしたり、別のチームは浸水を変えたりと、アプローチとそれによる味わいが違うんです。こうしてA/Bテストのようなことを日々しながら、より美味しい獺祭を造るにはどうしたらいいかを考え続けています」
そう語るのは旭酒造の4代目蔵元であり、代表取締役社長の桜井一宏氏。
研究室には、壁一面にタンクごとの成分評価が張り出される。酸度やアルコール度数、グルコースなど6項目を、毎日300本以上の醪(もろみ)からサンプルを取り出し、最適な発酵具合を図る。
ベストな数値を実現すべく、人の手は大量に必要となる。0.1%まで決めている吸水率を達成するために、10kg単位での手作業での精密な浸漬、箱ごとに温度湿度を管理した製麹を人の手で行い、3~5トンのタンクで発酵する。効率とは真逆である造りであることが、蔵を見るとよく分かる。
「分析技術が発展し、蔵人に造りの経験や知識が蓄積されていくことで、獺祭の味わいの追求性が高まりました。ただ、獺祭の味わいは常に同じというわけではありません。味の方向性は同じですが、微調整を繰り返し、常に一番美味しい獺祭を目指して追求しています。そのためには、人の官能評価も不可欠です」
その言葉を裏づけるように、会長や社長、製造責任者は、毎朝9時30分からタンクからサンプルを取り出して官能評価を行う。こうした不断の努力により、獺祭の味は時代に合わせたものになっている。
獺祭は“進化する酒”
磨きを極めた純米大吟醸のポジションを確立している獺祭だが、桜井社長に見えているのは、その先の進化だ。
「伝統産業として造り方を守り続けることも大切だと思いますが、我々はそれをさらに先に進めるということも大事だと思っています。米の磨きもスペックの勝負ではなく、磨ける米を探すところから始めています。今は改めて米を見つめ直していて、農家さんからいただいたお米を独自の基準で全量検査し、フィードバックしながら、自分たちが思う酒造りに向いているお米を育てるための正解を模索しています。農家さんと一緒にやっていかないとその先は追求できません」
一般的に、お米の芯にある「心白」が大きいものがよい酒米とされているが、獺祭のように高精米をする場合、心白が大きいものは、ひび割れてしまうこともあり、中心に小さくある方が磨きをかけやすい。
逆に磨くからこそ、心白が小さいものでも使用できるという逆転の発想から造ったのが、等外米を使用した「獺祭 未来へ 農家と共に」だ。10日かけて米を8%まで磨くことで、どの米でも獺祭としてのクオリティを守れるものにした。
クリアな味わいのなかで甘みと旨味の輪郭がより分かりやすい、独特な魅力をもつ特別な「獺祭 未来へ 農家と共に」は、甘口の白ワインにも使われるシュナンブランのように、エレガントな甘みがあり、チーズにもよく合う。旭酒造の技術進化は農家にとってもまた敬意をもって、寄り添っている。
「技術の進化や、流通の発展もあり、今の時代だから楽しめる日本酒があると思っています。獺祭はその美味しさ、喜びの提供をしていきたいと思っています」
どの国でも愛される世界のSAKEを目指して
最近は世界にもっと日本酒を知ってもらうべく、月に2回ほど海外に渡る桜井社長だが、見すえているのは、非和食と日本酒のペアリングの可能性だ。いち早く海外進出を果たした獺祭は、すでに売上全体の4割が海外であり、アメリカ、中国本土を中心に40ヵ国へ輸出し、現地の食との可能性を追求する。
「世界が気づいていないペアリングの可能性があると思っています。例えば、魚介全般やフレンチでよく使うホワイトアスパラ、またブルーチーズなども、日本酒のほうがワインより相性がいい場合が多い。ワインのペアリングとは違うアプローチができるので、新しい喜びを提供できると思っています。トップシェフやソムリエにはその可能性に気づいてくれている人が出始めている。日本酒の世界での可能性はまだまだ広がると思っています」
2023年9月、獺祭はニューヨーク州ハイドパークに、最新鋭の酒蔵とテイスティングルームをオープン。米国発の酒ブランドとして「DASSAI BLUE」の製造を始めた。米国に狙いを定めた理由を桜井社長はこう語る。
「米国は新しい文化への許容性がある国です。ここで非和食との可能性を感じてもらうことが、世界に広がる重要な一歩になると考えています。現在、米国アーカンソー産の山田錦と現地の水で造った『DASSAI BLUE』が完成しています。これまでにない産地の米、水で造るのは新たな挑戦ですが、こんな酒ができるのかという驚きにも満ちていますね」
獺祭らしさとは、誕生からの挑戦の精神性を物語るものだ。
新たな局面を経て、さらなる進化を遂げるであろうSAKE、獺祭に期待は高まる。