GOURMET

2023.10.08

「甲州ワインで新たな次元を目指す」グレイスワインの革新と挑戦

日本ワインらしさとは何か? 常に自問し、苦悩しながらも己の信じる道をひたむきに歩む。その姿勢が、日本ワインの品質を高め、世界に誇れるワインを生みだしていく。次世代の造り手の代表格、山梨県「グレイスワイン」の三澤彩奈氏を訪ね、話を聞いた。【特集 日本ワイン】

グレイスワインの三澤氏

「グレイスワインにしか造れないワインを造りたい」

2023年、創業100周年を迎えるグレイスワインは、山梨県にある家族経営のワイナリーだ。生産量の6割を占める甲州ワインは、ロンドンで開催の「デキャンタ・ワールド・ワイン・アワード」で、6年連続金賞受賞という快挙を成し遂げている。

また、シャルドネのスパークリングワイン、ボルドー系品種の赤ワインもクオリティの高さで群を抜く。海外への出荷比率は約4割という、おそらく日本のワイナリーでは、最も世界でその名が知られている。

現在、ワイン造り、営業、経営にいたるまで、手腕を振るっているのが5代目の三澤彩奈さんだ。華奢な体つきで静かで丁寧な語り口、楚々(そそ)とした佇まいだが、ワインの話をすると、妥協なき品質への想いと強い意志が滲みでる。

ワイン造りとなると、鬼と言われるほどにブドウとワインに集中する。ブルゴーニュとボルドーでワイン造りを学び、その後もフライングワインメーカーとして世界各地を飛び回り、5ヵ国もの国々で研鑽を重ねている。

自社農園は同県勝沼町と北杜市明野の2ヵ所だが、三澤さんが軸足を置いているのが、プレミアムレンジのブドウを栽培している後者の三澤農場だ。面積は約12ヘクタール。緩やかな斜面に拓かれた広大な畑からは、南アルプスや八ヶ岳の雄大な姿を一望することができる。

グレイスワインの三澤農場
山梨県北杜市明野の12haの三澤農場。甲州、シャルドネ、カベルネ・フラン、メルロなど7品種を栽培。「豊富な日照量と標高700mの冷涼な気候が特徴でワインは凝縮感と酸の絶妙なバランスで長熟の可能性を持つ」。

伝統と輝かしい実績を誇るグレイスワインだが、三澤さんは今の取り組みをこう語る。

「老舗というイメージのグレイスですが、この5年間、さまざまな革新を進めています」

そのひとつがテロワールの追求だ。国際コンクールでの快挙を果たした甲州ワインのひとつに「明野甲州」という銘柄がある。三澤農場で垣根栽培によって育てたひときわ粒の小さい甲州ブドウが原料だ。

「明野甲州では甲州ブドウのポテンシャルを追いかけてきました。でも世界のワインと並ぶ唯一無二の何かが足りないと感じていました。それに、連続金賞受賞で守りに入ることもしたくなかったんです」

甲州ぶどう
高畝栽培の甲州ブドウ。小粒で糖度は20度まで上昇。酸は豊か。

2017年からは市販乳酸菌、さらに2020年から培養酵母を無添加に。自生している微生物の力で発酵をすべて終わらせる取り組みにチャレンジする。

周囲は懐疑的だったが、3年間とも順調に発酵は進んだ。樽内での発酵、明野独自の乳酸菌の存在に彼女の心は躍った。

「甲州ワインでは自然に起きるはずがないとされてきた、マロラクティック発酵が起きていました。希望の光が差してきたような心持ちでしたね。発酵がうまく進んだのは標高700メートルの明野というテロワールのおかげかもしれません」

補糖や補酸など必須とされていた醸造の技巧に頼らないだけではない。土着の微生物たちの働きで造られた「三澤甲州」の誕生だった。

「テロワールに特化して突き詰めた造りは簡単に真似ができないはず。唯一無二の甲州ワインです」

ちなみにテロワール重視の考えは、赤ワイン造りでも貫かれ、4品種をアッサンブラージュした「あけの」というワインも造られるようになった。

2024年春には7年熟成のスパークリングもリリース

並行してチャレンジしているのが、スパークリングワイン、「ブラン・ド・ブラン」の熟成期間の延長だ。本場シャンパーニュの熟成期間は最低3年。しかし日本のほとんどのスパークリングワインは1年間の熟成だ。

彼女は初リリース時に2年、その後3年、5年と熟成期間を延長してきたが、とうとう来春7年熟成のスパークリングワインを発売する。長期熟成での澱と接触で生まれる味わいのふくよかさは別格だという。そしてその先には10年熟成も視野にある。

「ブレンドの妙が結晶したシャンパーニュと異なり、グレイスは単一畑です。ゆえに収量は徹底的に制限。単一畑、単一品種、単一ヴィンテージ、長期熟成という極みを表現して、よい意味で尖ったワインを生みだしていければいいと思っています」

ここにいたるまで、三澤さんはいくつもの絶望を乗り越えてきた。フランスでは名門シャトーの子息や屈強な男性と居合わせたり、北欧の市場にひとりで飛びこんだりしたが、アジア人の小娘に世界は優しくなかった。

三澤さんは、ワインの発酵の神秘に触れた時の喜び、あるいはワインがよくなっていくという希望、これらひとつひとつを大事にして、ワインを造ってきた。それでも今、高い比率で海外へ輸出するのは、自分自身を常に緊張感に晒して、成長を続けたいからだという。

「工業的な美味しいワインはたくさんある。私はグレイスにしか造れない味わい、明野の味わいを突き詰めます。表現者として尖っていきながら、常に新たな次元を目指します」

彼女はこれからもブドウとワインと生きていく。

グレイスワインのワイン3本
左:「グレイス ブラン・ド・ブラン2015」(価格未定/2024年初めに発売予定)。きめ細かい泡立ち。広がるヘーゼルナッツや蜂蜜の香味。口中の旨みが印象的。北斜面のシャルドネが原料。2023年、この区画がJAS有機認証取得。中央:「あけの2020」(オープン価格)。すみれの花、カシス、スパイスの風味が溶け合うエレガントな味わい。樽熟17ヵ月。右:「三澤甲州2021」(価格/発売時期未定)。白桃や洋梨の香りに豊かで骨太な酸。膨らみもあり従来の甲州ワインとは一線を画する。

山梨県甲州市・グレイスワイン/Grace Wine
公式サイトはこちら

Ayana Misawa/三澤彩奈
山梨県生まれ。2004年家業の中央葡萄酒入社。2007年ボルドー大学利き酒師コース修了。ブルゴーニュにてフランス醸造栽培上級技術者課程を1年で修了。2006年南アフリカのステレンボッシュ大学短期大学院コース修了。2008年同社の醸造責任者に就任。2013年まで、世界5ヵ国7軒のワイナリーで研鑽を積む。2014年ロンドンで開催の「Decanter World Wine Awards」にて、日本ワイン初の金賞受賞。以後6年間金賞受賞。2012年同社取締役を兼任。

【特集 日本ワイン】

TEXT=鹿取みゆき

PHOTOGRAPH=金玖美 EDIT=西原幸平(EATer)、Ena

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