ドイツの名門A. ランゲ&ゾーネを愛する作家の吉田修一氏。特に時計製造に対する信念に、共感を抱いているようだ。全3回連載の第2話。
理想がまず先にある。合理的ではないその姿勢も魅力
「すべての小説に当てはまるわけではありませんが、まず場所を決めると、自分のなかでそこにいそうな登場人物が立ち上がってくる。その人を一番魅力的に見せるにはどういう書き方がいいのだろうと探るうちに、恋愛小説になったり、犯罪小説になったりします」と吉田修一氏。
場所が物語を生みだすという点では、時計にも通じるところがある。A. ランゲ&ゾーネは、ザクセン王国の宮廷時計職人だったフェルディナント・アドルフ・ランゲが優れたスイスの時計産業を学び、弟子とともに1845年にドイツ・グラスヒュッテの街に時計工房を開いたことから始まる。
時計製造の本場であるスイスならパーツをサプライヤーから購入できるが、遠く離れたグラスヒュッテではそれはかなわない。そこでF・A・ランゲは、ムーブメント設計を共有し、弟子の工房ごとに製造するパーツを割り振り、規格を統一させることで効率的かつ高品質の時計を目指した。A. ランゲ&ゾーネの時計は、まさにグラスヒュッテという場所が生んだのだ。
「A. ランゲ&ゾーネの時計作りの姿勢にも惹かれます。パーツのひとつひとつまで、全部自社で作っていると聞いた時は、一文字一文字書いている小説家と似ているなって思った。おこがましいですけど、全部自分でやりたくなる気持ち、わかるなぁ」
またA. ランゲ&ゾーネでは、ムーブメントを一度組んで動作確認し、それをバラして仕上げて再度組み立てる“二度組み”という方法をとっているが、ここも吉田氏が気になるところ。
「二度組みする気持ちも本当にわかる(笑)。僕も何度も推敲を重ねていくのが好き。例えば、新聞の連載小説は行数がきっちり決まっているので、多めに書いてから削っていく。その作業が好きで、これは二度組みに通じる考え方かもしれません。さらにはA. ランゲ&ゾーネの時計は、モデルごとに専用ムーブメントを開発すると知って驚きました。ムーブメントありきで時計を作ろうということではなく、まず先に理想やイメージがあって、そこに対してムーブメントなどを開発するということですよね。合理的ではないけど、そういう考え方は好きです」
吉田氏が興味を持っている「グランド・ランゲ1」は傑作「ランゲ1」を大型化したモデルだが、ムーブメントはもちろん専用設計。ケース径の拡大に合わせてムーブメント径を広げ、生じたスペースをうまく使って歯車をレイアウトすることで4.7㎜厚の薄型にまとめている。
「僕も小説を書く時は、先にテーマを与えられるのではなく、自分の発想を小説にしたい。それは理想を追求するためにムーブメントを開発し、二度組みをするA. ランゲ&ゾーネに近いのかもしれません」
小説と時計。その形は違えども、両者の創作に対する理想が響きあっている。
作家
吉田修一/Shuichi Yoshida
1968年長崎県生まれ。1997年に『最後の息子』で第84回文學界新人賞を受賞し、デビュー。2002年には『パレード』で第15回山本周五郎賞、『パーク・ライフ』で第127回芥川賞を受賞。2016年より芥川賞選考委員を務めている。実は、大の愛猫家でもある。
A. ランゲ&ゾーネの象徴たるモデル
問い合わせ
A. ランゲ&ゾーネ TEL:0120-23-1845
吉田氏着用衣裳:スーツ¥203,500、チーフ¥15,400(ともにラルディーニ/トヨダトレーディング プレスルーム TEL:03-5350-5567)、シャツ¥27,500(XACUS)、ネクタイ¥30,800(セブンフォールド/ともにトゥモローランド TEL:0120-983-522)