新興の富裕層を巻き込み、かつてない白熱した落札が繰り広げられる時計オークション。この連載では、ジャンルは一切問わず、高級時計のトレンドを占う注目の時計をフォーカスする。第3回は、2021年11月にフィリップス・ジュネーブの時計オークションで落札されたフォリップ・デュフォーのコレクション4点について取り上げる。【連載 オークションから読む高級時計の行方】
生ける伝説と呼ばれる稀代の時計師フォリップ・デュフォー
インターネットやSNSの発展から、あらゆるジャンル・年代の時計が買えることが当たり前のようになったが、今もなお入手が難しい時計の代表格が、独立時計師が手掛けた作品だろう。工業製品というよりも美術工芸品に近いプロダクトであるため、量産が難しいことはもちろんだが、販路が狭いことも理由として挙げられる。
時計オークションでの人気に火がついたのは数年前のことであり、今ではひとつの人気ジャンルとして注目されるようになった。この話題の中心に立つのが、時計界の生ける伝説フォリップ・デュフォーの作品にほかならない。
1948年にスイスのル・サンティエに生まれた氏のキャリアは、1967年のジャガー・ルクルトへの入社から始まった。1978年、時計師として独立後は、ヴィンテージの修復と並行して、自身が理想に掲げる時計の開発に着手する。
30年近い期間でフォリップ・デュフォーが手掛けた作品の総数は250本ほどしかなく、希少性は群を抜いている。そればかりではなく、失われつつあるスイスの古典的なデザインや製法に則ったクオリティへ対する評価は揺るぎようがない。
幻の懐中時計も含む、フォリップ・デュフォーの4点が競売へ
2021年11月、オークションハウス・フィリップスがジュネーブで開催した時計オークションにて、コレクターからフォリップ・デュフォーの作品が4点セットで出品された。どれもがオークション市場に登場するのが初であったことも話題になった。それぞれの時計について解説していこう。
フォリップ・デュフォーの名が世に知られるようになったきっかけは、「グラン プチ ソヌリ」のムーブメントの開発にある。このチャイム機構は、毎正時と15分刻みにチャイムが同時になるグラン ソヌリと、15分刻みにチャイムが鳴るプチ ソヌリの機能を備えたもので、製作は懐中時計から始まり、試作品を経て、1983年にオーデマ ピゲから製品として発売された。その後、1992年の自身の名を冠したブランドから「グラン プチ ソヌリ ミニット リピーター」を搭載した腕時計が発表された。これは世界初の試みであり、バーゼルワールドで技術部門金賞を受賞した。
今回出品されたユニークピースの懐中時計は、’80年代後半に製作された「グラン プチ ソヌリ」の第1号であり、彼の名が世界で唯一記された「グラン プチ ソヌリ」の懐中時計。言うまでもなく、その価値は計り知れない。
ホワイトエナメルの文字盤を持つ腕時計の「グラン プチ ソヌリ ミニット リピーター」は5本あり、ケース素材はホワイトゴールドが2本、イエローゴールド、ピンクゴールド、プラチナがそれぞれ1本のみとなる。こちらのイエロゴールドケースの個体は、そのうちの1本にあたる。
「グラン プチ ソヌリ」の以外に、フォリップ・デュフォーの代表作として挙がるのが、1996年に世界初のダブル脱進機を搭載した腕時計「デュアリティ」、パテック フィリップのヴィンテージウォッチを彷彿させる2000年に発表された3針モデル「シンプリシティ」がある。
フォリップ・デュフォーが「デュアリティ」の着想を得たのは、彼が卒業したスイスのヴァリー・ド・ジュにある時計学校で1930年代に作られたスクールウォッチで、この時計に搭載されていた機構を小型化することで世にも珍しい腕時計が誕生した。当初は25本を予定していたが、実際は9本のみ製造された。このうち、ピンクゴールドのケースは3本しかない。
「シンプリシティ」は昔ながらの製法から生まれる仕上げの美しさが際立つ、目の肥えた時計コレクターが恋い焦がれる究極の手巻き時計だ。こちらの37mm径の個体は、57番台のムーブメントが搭載されていることから初期の作品であることが分かる。
それぞれの落札価格について述べると、「グラン プチ ソヌリ 懐中時計 ナンバー1」は474万9000スイスフラン(約2億9240万円)、「グラン プチ ソヌリ腕時計 イエローゴールド ナンバー1」は474万9000スイスフラン(約5億9630万円)、「デュアリティ ピングゴールド ナンバー8」は366万(約4億5950万円)、「シンプリシティ 37mm プラチナ ナンバー57」は75万6000スイスフラン(約9490万円)という結果に終わった。※レート CHF 1 = JPY 125.56
オークションの世界では、フォリップ・デュフォー以外にも、F.P.ジュルヌのレアピース、ロジェ・デュブイの初期モデルなどの注目度が高まっているという。ラグジュアリースポーツ、ヴィンテージウォッチ、それに続く第3のジャンルとして、独立時計師系ブランドはもはや見逃せない存在だと言えるだろう。