新興の富裕層を巻き込み、かつてない白熱した落札が繰り広げられる時計オークション。この連載では、ジャンルは一切問わず、高級時計のトレンドを占う注目の時計をフォーカスする。第2回は、オメガ「スピードマスター CK2915-1」を取り上げる。【連載 オークションから読む高級時計の行方】
唯一無二の“トロピカルダイヤル”を持つ初代スピードマスター
1969年にアポロ11号と月面着陸に同行し、「スピードマスター」が“ムーンウォッチ”と呼ばれる以前の1957年に誕生した記念すべきファーストモデル「CK2915」は、製造期間が1957~1959年の間で3つのバリエーションがあり、実機を見ることさえ難しいコレクターズピースとして、ヴィンテージウォッチの世界では珍重されている。
それでいて、「CK2915」はベゼルにタキメータースケールを搭載した初のクロノグラフであり、伝説的な手巻きムーブメント「キャリバー321」を搭載した初めてのスピードマスターという意味でも記念碑的な傑作だといえ、このモデルの特徴であるブロードアローの時針と分針も大変人気が高い。
数年前、有名無名問わず、ヴィンテージのクロノグラフ全般が高騰し続けていた時期があり、その頃から手巻き時代の「スピードマスター」が市場から急激に減り始めたのだが、「CK2915」はそれよりも昔から別格の存在として知られ、一部のコレクターの間では”ザ・グレイル(聖杯)”と呼ばれている。
2021年11月、フィリップスが主催するジュネーブの時計オークションで、ヨーロッパから出品された「CK2915-1」が、予想落札価格の8~12万スイスフランを遥かに上回る、311万5500スイスフラン(約3億8700万円)で落札。「スピードマスター」では史上最高額を更新した。
ヴィンテージウォッチの価値を決定付ける条件として、パーツの整合性、時計の保存状態などが挙がるのだが、こちらの個体が話題に挙がった最大の理由は、経年変化によってブラウンに変色したダイヤルにある。これは通称“トロピカルダイヤル”と呼ばれるものである。
ダイヤルの経年変化は、デニムの色落ちと比較されることがあるが、両者は似て非なるもので今から時計を使い込んだところで変色が進むわけではない。簡単に説明すると、塗料などが定着していなかった時代にさまざまな偶然が重なることで、このようなダイヤルの風合いが奇跡的に生まれる。しかもブラウン化すれば何でもいいというわけでもなく、評価されるのはあくまでも美しい色合いに限られる。
要点をまとめると、この個体で評価すべきポイントは、超希少なスピードマスターのファーストモデルのひとつ「CK2915-1」であることに加え、唯一無二のダイヤルカラーを備えていたことにある。
このような好条件であったことが、コレクターたちの魂に火をつけ、オークション会場を熱狂の渦に巻き込んだのだ。戦いは熾烈を極め、最終的に競り落としたのは、その世界では知られる中国人のコレクターだった。
それから年が明けて、2022年1月、オメガから「CK2915-1」を再解釈したモデル「スピードマスター キャリバー321 カノープスゴールド™」が発売されたことも非常に興味深い。2017年にスピードマスター60周年記念で発売されたステンレススチール製の「トリロジー 1957 スピードマスター」と打って変わり、オメガが独自の合金「カノープスゴールド™」を採用したラグジュアリーな1本は、昨今の高級時計の市場に向けて放たれている。
誕生から60年以上の時が流れ、「スピードマスター」が持つ魅力は奥行きも幅も広がっている。あらゆるチャンネルを通じて、幻の「CK2915」から最新作まで、歴代モデルの中から自分らしい1本を探してみるも一興だろう。
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