鹿島アントラーズのチーム編成、監督、選手を見極めるフットボールダイレクターの仕事を務めた中田浩二氏のインタビュー記事をまとめてお届け! ※2026年1月掲載記事を再編。

1.鹿島FD中田浩二「指導者ではなく、経営の立場からサッカーの価値を上げたい」

――2014年に現役引退後、指導者ではなく、クラブの経営に関わりたいとクラブスタッフとして仕事を始めた理由は?
「Jリーグでプレーした選手の多くが、引退後に指導者の道を歩んでいました。でも僕は経営のところをやりたかった。当時、Jクラブの社長は、親会社からやってくる人ばかりでした。経営人として高い能力があるけれど、もっとサッカーを知っている人間が経営に関わる必要性も感じていたんです」
――1992年に日本にプロサッカーリーグが誕生し、クラブ経営もまた手探りの時代がありました。
「企業スポーツとして発展したサッカーがプロ化された。そこで理想として掲げられた、地域に密着したクラブとして、安定的に運営・経営するための試行錯誤の時代はあったと思います。そこにプロ選手としての経験を持った僕が参加することで、できることがあるんじゃないかと感じていました。選手ファーストとまでは言わないですけど、選手のためになるような決断ができれば、もっと選手の価値が上がるかもしれないし、サッカーの魅力、クラブの価値が変わっていくんじゃないか。そういうことができればいいなと」
2.鹿島優勝の裏側。中田浩二、『鹿島らしさ』を言語化し、ズレていた目線を合わせた

――鹿島は30年近く、ずっと鈴木満さんが強化責任者を務めてこられました。
「ジーコのスピリッツを大切にしながら、強い鹿島をつくってきた方です。僕も選手としてお世話になったし、満さんが大切にしてきたこと、たとえば人を大事にするという姿勢は僕もしっかりと受け継いでいかなければいけない。鹿島の伝統をチューニングしながら、今の時代にあった形で進めていくべきだと思っています。変えていいものと変えてはいけないものを整理する必要性を強く実感しています」
――整理するとは?
「選手はもちろん、チームに関わる人間はいろいろ入れ替わりがあります。それにサッカーの変化も。そういうなかで、『鹿島らしさ』というものに縛られている部分もあると感じていました。その『鹿島らしさ』というものが、人それぞれ違うんですよ。正解はないと思うけれど、皆の目線を合わせなくてはいけない。2025年シーズン初めに、『鹿島らしさ』を言語化したいと考えました」
――ずっと大切にしてきたと言われる『鹿島らしさ』も実は漠然としていたと。
「トップチームの監督、コーチ、スカウト、管理部の人間……現役のスタッフだけでなく、OBも含めて、『あなたが考える鹿島らしさとは?』というのを聞いたんです。いろいろ出てきましたよ。チームとしてはどうか? フォワード、ミッドフィルダー、センターバック……ポジション毎にも『鹿島らしいフォワード』という感じで、話し合いました」
3.鹿島優勝の裏側。中田浩二「鬼木監督は鈴木優磨にも指摘。ベテランも若手も関係ない」「監督とコソコソ話さない」

――現在の立場だと、たとえ不安を抱いたとしても、周りに悟られるわけにはいかないと思うのですが。
「不安を感じることがあっても、それを周りに見せるわけにはいかないですよね。選手やスタッフに伝染してしまうということは常に考えています。チームを編成し、人事を司る仕事ですから、責任は大きいですよ。人の人生を左右させてしまう立場ですから。いろんなことを抱えている、背負っている覚悟はあります。そんな僕のことを理解してくれる人間が周りにいるありがたみも感じています。だからコミュニケーションは欠かせないですね」
――言葉選びにも気を使う?
「もちろん。僕が発する言葉の影響は小さくないですから。監督やスタッフ、選手に対して評価をくだし、ジャッジするのが仕事。いろんなことに気を配る必要を実感しています。でも、だからこそ、自分が思うようにやるしかないとも考えています。1年目の2025年シーズンは、思い描いた通りできた。『新しい鹿島を』という僕の想いを理解してくれた鬼木達さんが監督に就任してくれたこと。僕の編成にクラブが後押ししてくれたこと。もちろん選手もそうです。そういういろんなものが上手く巡り合わさって、タイトルを獲ることができました。でも、それで満足というわけでもないけれど」
――鬼木監督が優勝後、選手たちが背負う「鹿島は優勝しなければいけないクラブ」というプレッシャーが想像以上に大きかったと話していました。
「最終節で優勝を逃した2017年を経験している選手、優勝のためにとヨーロッパから帰国した鈴木優磨、植田直通、三竿健斗らが必要以上に背負っていたと感じます。でも、それは健全じゃないと僕は思っています」

