慶應義塾大学教授・岸博幸先生が、各分野で活躍するいま気になる人と対談する不定期連載企画「オトナの嗜み、オトコの慎み」。今回の対談相手は、全国飲食業生活衛生同業組合連合会専務理事の小城哲郎氏。

飲食店を守るために取り組むべきこと
岸 今回の対談相手は全国飲食業生活衛生同業組合連合会、通称“全飲連”の専務理事・小城哲郎さん。まずは全飲連がどのような組織でどんな活動を行っているのか、ご紹介いただけますか。
小城 全飲連は昭和36年に設立した飲食業最大の業界団体。お客様のために常に衛生基準を守り、飲食店営業の課題や問題点に対応しながら、飲食業界の健全な発展に寄与する活動を行っています。現在の会員数は個人、法人合わせて5万以上。全国に約1000ヵ所の支部を展開しています。
岸 全飲連の会員になると、どんなメリットが?
小城 まずは融資ですね。会員は組合を窓口とすることで、日本政策金融公庫から低金利・長期返済の融資を受けられます。2020年、コロナ禍により多くの飲食店が休業を余儀なくされました。全飲連ではほぼ無利子で貸し付けを行い、今、その返済が少しずつ始まっているという状態です。
岸 今後コロナ禍のような想定外の事態が再び起こるかもしれない。全飲連への加入は、備えになるということですね。
小城 他にも複数の加入メリットを用意しています。飲食店という業種はどれだけ衛生に力を注いでいても、食中毒を発生させてしまう恐れがあります。全飲連では保険会社と提携した賠償・共済制度を用意。比較的安い掛け金で大きな補償が得られます。ちなみに全飲連は日本音楽著作権協会JAS
RACと協定を結んでおり、会員はカラオケや生演奏での著作物使用料が20%割引になります。
岸 今、飲食店が抱えている最大の問題点は?
小城 経常利益に関することですね。物価高が続き、食材などの仕入れ値が上がっているのに、小さな飲食店は値上げに踏み切れない。価格を上げると客足が離れてしまうのではとの思いが強いためです。大手チェーンは仕入れ先を変えたり、ロボットを導入したりと工夫を図ることができますが、小さな飲食店は難しい。
岸 そうした小規模な飲食店ほど、なんとか生き残ってほしい。日本の大手チェーンがものすごく努力していることは知っていますが、チェーン店は料理やサービスが画一的なものになってしまう傾向がある。個性や独自性、斬新なイノベーションを生みだせるのは個人経営の小規模な店。特に地方はその傾向が強く、個人店が地域の文化の担い手になり、街のカラーを決めているところがあります。
小城 そうした地方の飲食店が都市部よりもさらに厳しいのが現状。物価高に加えて、人手不足、後継者不足も大きな問題です。今、地方では“移動の足不足”が大きな問題になっています。
岸 移動の足不足といいますと?
小城 最近、「夜間はタクシー10台、運転代行サービスは0台」という地方都市が増えてきています。大都市では当たり前の「飲んだら代行サービス」ということが、地方ではできないのです。だから、飲食店に行きたくても行くことができない。国交省と内閣府でライドシェア事業を推進しようという協議会が立ち上がっていますが、地方都市で実現するにはまだまだ時間がかかるでしょう。
岸 飲食店にとっては死活問題ですよね。
画一的なルールを押しつけるのではなく、臨機応変に
小城 先日、三重県のとある温泉地を訪ねたら、夜間のタクシーの台数は3台しかないという。それで、街のスナックではクルマを出して、客の送迎までしているという。結局、飲食店の負担が増えるばかりです。
岸 規制やルールも小規模の飲食店を苦しめていますよね。2020年に健康増進法および東京都受動喫煙防止条例が全面施行され、例えば東京都内の場合、飲食店は屋内原則禁煙。喫煙室を設置する場合も、構造基準が厳密に定められています。小規模の飲食店は喫煙室をつくるスペースがなかったり、設置工事を行う資金が不足していたりで、仕方がなく全面禁煙にした店もあると聞きます。
小城 そのとおりなんです。商業ビルに入っている飲食店からは、ビルのオーナーの意向に従って、やむなく全面禁煙にしたという話も聞きます。飲食店、特にバーやスナックには喫煙を楽しみに来店していたお客さんも多い。全面禁煙にしたために、大きく売り上げが減少したという声も出ています。
岸 たばこを吸わない人の健康に配慮することは重要。でも、法の力で画一的にすべて禁止にすることは、横暴とさえ思う。たばこは法律で認められた嗜好品。喫煙者はたばこの購入に際して、税金も納めています。飲食店や喫煙者の状況に応じて、臨機応変に対応していく必要があるはずです。
小城 改正健康増進法および東京都受動喫煙防止条例の施行から5年が経過し、法の見直しの議論も始まっています。全飲連ではさまざまな意見を聞きながら、円満な方向に進んでいくことを望んでいます。
岸 飲食店を取り巻く状況は本当に厳しい。物価は今後さらに上がるだろうし、なかなか解決法は見えてこない。各飲食店が利益を削り、なんとか店を存続させているという状態。小城さん、飲食業界を守るための妙案をお持ちではないのでしょうか。
小城 ホテルや旅館では価格変動システムが導入され、すでに定着しています。仕入れ値の変動や季節、曜日に応じて料金を変えていくようなことを、飲食業界でも取り入れていかなければならない時期が来ているのかもしれません。
岸 そうした厳しい状況なのに、日本の飲食店のレベルは間違いなく世界一。飲食店を訪れるたびに、「この値段でこれだけの料理が食べられるのは日本以外にない」と感じます。しかも、厳しい環境なのに、飲食業界で働きたいという人が次々に出てくる。
小城 日本にある飲食店は80万〜100万軒。年間5000店舗が閉店しますが、同じ数が開業します。
岸 それだけ飲食はやりがいがあって、夢やロマンを感じさせる業界ということ。飲食業界とそこで働く人を守るために、いろいろなアイデアが生まれるといいですね。

全国飲食業生活衛生同業組合連合会専務理事。「環境衛生関係営業の運営の適正化に関する法律」施行を受け、1961年に発足した全国飲食業生活衛生同業組合連合会にて、1996年より専務理事。飲食店の経営上の問題点を解明しながら、健全な業界発展を目指す。
岸博幸/Hiroyuki Kishi(右)
1962年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。経済財政政策担当大臣、総務大臣などの政務秘書官を務めた。現在、エイベックスGH顧問のほか、総合格闘技団体RIZINの運営にも携わる。

