女子プロレスとしては23年ぶりとなる地上波での試合生中継を実現させた“令和の極悪女王”・上谷沙弥。リングでは誰よりも苛烈に、バラエティ番組では飾らない愛嬌でお茶の間の心をつかんできた。だが、その裏には涙の下積み、恩師・中野たむとの絆、そして誰よりも「プロレスを輝かせたい」という揺るぎない信念がある――。

「ヒールだけど、“品”だけは失わない」。極悪女王の美学
団体トップのベルトを巻き、「令和の極悪女王」の異名を持つ最強のヒールレスラー・上谷沙弥。リングでは圧倒的な存在感を放ちながら、バラエティ番組に出演すれば、にじみ出る素の性格や愛嬌で視聴者を魅了する。
シーズンレギュラーを務めた朝の生番組『ラヴィット!』(TBS系)では試合の地上波生中継も実現。かつてのブームが過ぎ去り、世間から遠ざかっていた女子プロレスにとって、それは23年ぶりの偉業だ。
「沙弥様の生放送、見てたか? 『ラヴィット!』は普段のプロレスとはまったく違う場所だから、素の自分でいられて毎週楽しみだった。リングではチャンピオンとして弱みを見せられないけど、MCの川島(明・麒麟)に『聞いてくださ〜い』ってよく話しかけてた。
川島のお笑いに対する姿勢と、私のプロレスへの向き合い方には共通点があると思う。例えば、川島は人を傷つける笑いを取らない。
私もヒールだけど、言葉のなかに品を保つようにしている。相手の価値を下げるだけの汚い言葉なんて簡単だけど、それじゃあ多くの人間にプロレスを届けられないからね」
相手に合わせて魅力を引きだすところも似ているようだ。
「対戦相手によって戦い方は全然変える。ベビーフェイスと戦うならボコボコにしたほうが相手は輝けるし、大柄な相手ならあえてベビー風に戦うこともある。
プロレスは『勝っても負けても輝ける』というのが醍醐味。たとえ負けても、試合内容や観客からの支持で主役になれていればいい。
『"勝ち"でしか輝けない選手には価値がない』と思うよ」
アイドル志望から涙の下積みへ。リングで欠点を武器に変えた瞬間
今や王者の風格漂う上谷だが、 もとはアイドル志望。まさか自分がプロレスラーになるとは思っていなかった。気持ちが追いつかずリング設営中に涙がこぼれ、トイレにこもって泣いた日もあったという。
そんなふうに感受性が強いところは欠点だと思っていた。だが、リングでは欠点を長所に変えられることに気づく。そのきっかけが、先輩であり、団体屈指の人気レスラ ー・中野たむのファイトスタイルだった。
「中野たむはネガティブな感情もすべてリングでさらけ出し、 観客の心を揺さぶるプロレスラーだった。私もリアルな感情をリングで爆発させようと思った」
そもそも、中野が主催したオ ーディションが、上谷のプロレス人生の始まりだった。
「オーディションに落ちまくってどん底だった時、プロレスに出合わせて、希望の光をくれたのが中野たむ。いろいろあって私がヒールターンした時も『上谷を信じているから』とリングで伝え続けてくれたのも中野たむ。私と戦い続け、対角から輝かせてくれたのも中野たむだ」

恩師・中野たむとの別れ。そして“彼女の夢”を継ぐ覚悟
皮肉にも、その師匠に引導を渡したのは上谷だった。2025年4月、引退を賭けた特別ルールマッチで両者が激突。中野が負け、リングを去ったのだ。
「あの時、すべてを奪った。だから、中野たむのかなえられなかった夢を私がかなえなきゃいけない」
賛否を呼んだ敗者引退マッチはスターダム史上最高の動員数を記録。師匠の引退すらも糧にして、上谷は進み続けている。
「メディア出演もタイトルマッチも、心のなかの中野たむが背中を押してくれてる。次の夢は、スターダム単独での東京ドーム興行。
そのためにもプロレス大賞MVPがほしい。今年プロレス界で一番活躍したのは、男女関係なく沙弥様だから。性別が理由でダメなら、(主催の)東スポを燃やすからな!」
日本初の女性首相が誕生した2025年。はたして史上初の女性MVPも誕生するのか。
上谷沙弥/Saya Kamitani
1996年11月28日神奈川県生まれ。女子プロレス団体「スターダム」に所属。EXILEのサポートダンサーやバイトAKBなどを経て、2019年にプロレスデビュー。現在、団体最高峰の「ワールド・オブ・スターダム王座」と「STRONG女子王座」の2冠王。

