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2025.10.01

日本人ホテリエが名門ホテルチェーン初の総支配人になれた理由

世界に名だたる名門、ザ・ペニンシュラホテルズで日本人として初の総支配人となった大場正久氏。彼はいかにしてその地位を掴んだのか。挑戦を紐解く。

ザ・ペニンシュラバンコク大場支配人
ラグジュアリーホテルは料飲部門出身の総支配人が多いが、大場氏もそのひとり。「料飲部門はリーダーの采配次第で売上が変動します。そのマネジメント経験が役立つのでしょう」。

お客様に喜びを与えるためだけの部署を新設

2020年、ザ・ペニンシュラホテルズ初の日本人総支配人としてザ・ペニンシュラマニラを任され、コロナ禍の厳しい状況下を経験しながら業績を上げた大場正久氏。その手腕が認められ、ザ・ペニンシュラバンコク総支配人として赴任したのは2024年、ザ・ペニンシュラバンコクが開業26年目を迎えた年だった。

チャオプラヤ川西岸という静かで落ち着いたロケーションやホスピタリティ豊かなスタッフなどに惹かれ、長年通う富裕層やリピーターは多いものの、当時のザ・ペニンシュラバンコクは、大場氏の目には「ポテンシャルを活かしきれていない」と映ったという。

「顧客をはじめ多くのお客様からお褒めいただくのは、当ホテルのサービスやおもてなしです。特定のスタッフに会うためにホテルを訪れてくださる方もいらっしゃるのに、オペレーションの都合上、お客様のためにスタッフができることが限られていたのがもどかしくて。着任早々、お客様に喜びを与えることに専任した部署を新設しました」

大場氏は外部から即戦力になるマネージャーを招聘。あわせてゲストの意向を的確に察知して動くことができる、目配りと気配りに長けたスタッフ数名を抜擢してつくりあげた”精鋭チーム“に、一定の予算を与えた上で、お客様のもてなし方はスタッフに一任するなど、大きな裁量を持たせている。

「マネージャーにも、『数字のことは気にせず、お客様のことだけを考えて行動するように』と伝えています。どのスタッフも非常に張り切っていて、お誕生日のお祝いひとつとっても、今までより一人ひとりのお客様に寄り添った演出をしていますね。スタッフがお祝いのコスチュームを身に着けて、お部屋でハッピーバースデーを歌うこともあります。お客様と共にボートに乗ってもいいし、レストランで食事をしてもOK。お客様に喜んでいただけるなら、何でもアリ!という部署なんですよ(笑)」

ザ・ペニンシュラバンコク
「お客様と心で繋がることができる能力に長けた人材を見つけるのは、“頭がいい”人材を見つけるよりもはるかに難しいのです」と大場氏。

着任早々、レストランの大改革に着手

大場氏は、着任してすぐにレストラン部門でも大きな改革を行った。総料理長を筆頭に各レストランを率いるシェフを新たに招聘したのである。料飲部門出身の大場氏にとって、当時ホテルが提供していた料理が、旧態依然としているように思えたためだ。

「近くのショッピングモールにはヨーロッパのハイブランドが多数入店していて、パーティーが頻繁に開催されています。そのケータリングのコンペティションに参加はするものの、なかなか良い結果が出なかった。理由は味ではなくプレゼンテーションだと、私は感じました。そこで、お客様が何を求めていらっしゃるかを探求し、形にできるシェフたちを新たに呼び寄せたのです」

レストランと共に大場氏が力を入れているのが、ウェルネス部門。プールでのワークアウトやリバーサイドに佇むレストラン「ティプタラ」やガーデンでのヨガ、マインドフルネス呼吸クラスの開催など、健康志向の高いゲスト向けのデイリーアクティビティの充実をはかっている。

ザ・ペニンシュラバンコク
川を眺めながらプールサイドで行うヨガは清々しさ抜群。「私も時々参加していますが、想像以上にハードで筋力が鍛えられます」(大場氏)。

また、これら内部の改革だけに留まらず、大場氏は新規開拓にも手腕を発揮。幅広い層にホテルを知ってもらうべく、結婚披露宴が大規模なことで知られるインドをターゲットにしたウェディングプランのセールスに力を入れるなど、新たな試みを続々と行っている。

「開業から27年経ちましたが、客室の大規模リノベーションはま実施していません。けれど、大きな投資をしなくても、お客様に選んでいただけるホテルになるためにできることはたくさんあるはず。着任して2年、それが少しずつ実を結んできたと実感しています」

ザ・ペニンシュラバンコク
華やかな会場装飾やチャオプラヤ川での花火の打ち上げなど、“ウェディングもペニンシュラ・クオリティー”だ。

ローザンヌで知った“ラグジュアリーとは何ぞや”

取材中も終始笑顔を絶やさず、時にユーモアを交えながら、どんな質問にも真摯に答えてくれる大場氏。その対応に、こちらも自然とオープンマインドになる。初対面でも自然と心の距離を縮めてくれる人間力は、まさにホテリエに求められる資質そのものと言えよう。加えて、アイデアマンで、決断力と行動力も兼ね備えているとあれば、45歳という若さで超名門ホテルの総支配人に抜擢されたのも納得だ。

「本当は30代でなる予定だったのですが」と笑う大場氏が、ホテルの総支配人というポジションを具体的に目指すようになったのは、ホテル専門学校から選抜され、アメリカのビバリーヒルトンに1年間研修していた頃のことだった。

アメリカでは若くして要職に就くのが珍しくないが、日本ではレアケースだ。その差はキャリアの積み方だと知り、専門学校を卒業後、2年半働いたホテルで軍資金を貯め、スイス・ローザンヌのホテルスクールに留学。この時、語学力をブラッシュアップし、経営学をはじめホテルマネジメントに必要な学問を修めるが、同時に「“ラグジュアリーとは何ぞや”を学ぶきっかけにもなった」と、大場氏は振り返る。

「国際的なラグジュアリーホテルが上陸してまだ数十年という日本に対し、ヨーロッパは長い歴史があります。同級生には代々富裕層の家系出身者など、生まれた時からホテルを含めた“ラグジュアリー”に親しんでいる人がたくさんいて、ごく普通の家庭に育った自分は、『こんなにも見ている世界が違うのか』と衝撃を受けました。

ラグジュアリーホテルの総支配人を目指すのであれば、本物を知らなければいけない。そう考え、アートや上質な素材、空間など、一流のものに積極的に触れることを意識し始めたのは、この頃からです」

グローバル企業に必須なのはディベート力

多くの収穫があったホテルスクールを卒業後、大場氏は海外の一流ホテルで経験を積み、2007年、ザ・ペニンシュラ東京開業の年に、同ホテルの料飲マネージャーとして採用された。それから18年、着実にステップアップしているわけだが、日本人であるという“壁”はなかったのだろうか。

「ザ・ペニンシュラホテルズの従業員は、人種も国籍もさまざま。それもあってか国籍はもちろん、性別や年齢にかかわらず、会社が求める成果をあげられる人間が認められるという、とてもフェアな環境にあります。なので、ありがたいことに、壁を感じたことは一度もないですね。

ただ、さまざまなホテルチェーンを経験してきて思うのは、日本人はディベート力が格段に低い傾向にあるということ。それが、外資系ホテルで日本人の総支配人が少ない理由かもしれません。相手が誰であっても、どう思われようとも、言うべきことは言わなければならないのに、ぐっとガマンしてしまう。グローバル企業で要職に就きたいのなら、どのポジションのスタッフに対しても、適切なタイミングで具体的な数字を駆使し相手を納得させるディベート力は欠かせないと思います。

一方で、日本人の持つ相手の気持ちを察する能力や繊細さ、バランス感覚は、ホテリエとして大きな強みです。その強みを磨くと共に、ディベート力を養えば、日本人ホテリエが、外資系ホテルでさらに活躍できると信じています。

総支配人に限らず、リーダーの役目は、どんなに苦しくとも、自分自身はもちろんチームの存在意義を証明し続けるということ。バンコクは競合他社が多いですし、3月に発生した大地震の影響もあってインバウンドが少し停滞しているなど楽観視できない状況ではありますが、私自身も前述した点を肝に銘じ、最大のコミットメントができるよう、これからも全力を尽くす所存です」

大場正久/Masahisa Oba
1975年生まれ。ホテル専門学校在卒業後、パークハイアット東京で2年間勤務し、スイスのローザンヌ・ホテル・スクールに留学。卒業後、国内外のラグジュアリーホテルでキャリアを積み、2007年にザ・ペニンシュラ東京に入社。ザ・ペニンシュラ上海やザ・ペニンシュラ東京、ザ・ペニンシュラ香港の副総支配人を歴任し、ザ・ペニンシュラマニラ総支配人を経て、2024年より現職。

TEXT=村上早苗

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