2022年12月の区長選で品川区長に就任した森澤恭子さん。それからたった2年間ほどで、子育てにまつわる政策を中心に、大小の改革を行ってきた。森澤さんは「生活と密接に繋がっている区政はスピード感が大切」と語る。短時間で組織を動かす力、リーダーとして実践していることについて伺った。全3回のうちの第1回。【その他の記事はこちら】

今できることは、今やるべき
2025年2月、品川区は2026年度に区立中学校に入学するすべての子どもを対象に、制服を無償化する方針を発表。2025年度から、区立中学校の修学旅行も無償化するという。いずれも所得制限はない。これは、東京23区初の試みだ。
この政策を主導したのは、森澤恭子区長。2023年、区長就任後たった2ヵ月で給食費無償化、0歳児がいる家庭へのおむつ宅配を実現。今日に至るまで猛スピードで改革を行っており、それは多くのメディアで取り上げられている。
「速いと評価をいただいていますが、私からすると、特別なことをしている感覚はありません。というのも私が勤務していた民間企業では、顧客のニーズの変化を捉え、サービスや情報を素早く提供することが基本でした。これは行政も同じことが言えると思うのです。
企業の目的は利益を追求すること、行政の目的は社会をよくすることです。肝心の社会に目を向ければ、その変化は早く、同じ政策を行うにしても、1年後では遅すぎるということも増えています。ですから“今できることは、今やるべきでしょ”が、私の区長としての基本姿勢です。そして何より、その“今”のタイミングをとらえ一緒に進めてくれる職員がいるからこそできていることで、ほんとうに感謝しています」(以下「」内・森澤さん)
夏休みに、子どもがいる家庭にお米を送る
それを示しているのが、2024年8月、小中学生がいる家庭にお米を配布する『子育て世帯へのお米支援プロジェクト』だ。これは結果として “令和の米騒動”と言われた米価高騰のタイミングと重なった。
「昨年の5月ごろ、子ども食堂をやっている方が、給食がない夏休みにご飯が食べられず、痩せてしまう子どもが増えるとおっしゃっていたんです。これは何とかしなければと思ったのがきっかけでした。前年度に実施していた全区民アンケートの自由意見をAIで分析した結果もふまえました。
これを実現するには予算が必要です。期の半ばでしたが、来年ではなく、何とかこの夏休みに間に合わせたいと、補正予算を編成すべく、職員の皆さんに尽力いただき、予算化しました。児童センターでお米を直接配布することで、職員が子どもの様子を確認するなど、子どもの見守りにもつなげるという意図もありました」
職員が一丸となって動いたのは、森澤さんが一貫して掲げてきた「誰もが生きがいを感じ、自分らしく暮らしていけるしながわ」という強いメッセージがあるからだ。
「子育て支援に力を入れているのは、“行政が子育てを応援している”というメッセージを発したいから。孤独な子育てをなくし、社会全体で子育てを支えることは重要です。私自身、子どもたちが幼かった頃、日本社会は子育てに冷たいという実感があったんです。そんなときに“一緒に子育てしていますよ”と伝わってくる政策には大きな意味がある。それを職員も感じたから、一緒に取り組めたのだと思います」

1978年神奈川県出身。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、日本テレビに入社。日本テレビ報道局記者(社会部、外報部、政治部)時代の取材を通じて、社会問題の現場を知る。森ビル株式会社広報室などの勤務を経て結婚、出産。海外在住経験を経て帰国、待機児童問題に直面したことを機に小池百合子都知事の政治塾で学ぶ。2017年東京都議会議員選挙当選(2期)。2022年12月品川区長選で再選挙の末当選し現職。
自治体のトップが本気になったら、社会は変わる
その後も森澤さんは、“区民の幸福(しあわせ)”を軸にした政策を打ち続ける。それは、2025年度の予算編成にも表れている。
「中長期的な視点から、区政の全669事業を対象に、事務事業評価を実行しました。事業を整理し、無駄の削減を行い、約20億円の財源を捻出。これを区民の幸福につながる施策に配分しました」
2025年度の柱は4つあり、①安全安心を守る、②社会全体で子どもと子育てを支える、③生きづらさをなくし住み続けられるやさしい社会をつくる、④サスティナブルな社会への取組を続ける、ことだという。
「産後ケアの宿泊施設の助成や乳房ケアなどの拡充、所得制限・返済義務がない奨学金の創設、障がい者就労施設の新設など、区民の声に基づき、ニーズが高いものを実現しました。自治体の長(区長・市長)が本気になったら、社会を変える取り組みができる。私はそれを意識し、誰もが安心して幸せに暮らせる品川区を実現していきたいと思っています」
前例がない政策を実現していくための森澤流リーダーシップについては、「己の器を広げていき、対話を行うことが基本です」という。
「まず組織は、トップの器以上のものにはなりません。ですから視座を高め、器を広げる努力を続けています。やはりそれには本を読み、政治社会情勢にアンテナをはり、区政への気づきを得ることが基本です。日々寄せられる区民の声を読んだり、職員と話したり、身近なところから声を集めています。ほかの自治体の成功例のサンプルとその背景を集め、分析することもあります。
政治や経済の専門家にお話を伺うことも増えました。最近は、『ベーシックサービス 「貯蓄ゼロでも不安ゼロ」の社会』の著者でもある、経済学者の井手英策教授とお話しする機会を得ました。井手さんは、教育費、医療費、介護費、障がい者福祉など生活に必要なサービスを所得制限なく無償とする“ベーシックサービス”を提唱しています。2025年の品川区政にも、その考えを生かしています」
リーダーとして自分自身を磨くほか、「対話を行うこと」を重視しているという森澤さん。2回目(5/22公開)は、その具体的な内容と、政治家になった背景について伺う。