PERSON

2025.02.14

九死に一生を得た菊池武夫の鬱にならないメンタル術【和田秀樹対談⑤】

日本を代表するファッションデザイナーの菊池武夫さんに、『80歳の壁』著者・和田秀樹が“長生きの真意”に迫る。連載5回目。

菊池武夫/Takeo Kikuchi
ファッションデザイナー。1939年東京都生まれ。1970年にBIGI、1975年にMEN’S BIGI、1984年TAKEO KIKUCHIを設立。DCブランドブームの火つけ役。現在も、TAKEO KIKUCHIのクリエイティブディレクターとして精力的に活動している。

脳でコントロールする

菊池 僕ね、ちょっと子どものときに大病しまして。

和田 そうなんですね。

菊池 九死に一生を得て、今まで生きてきたんです。その経験があったからか、つらいことを脳でコントロールできるようになったんです。

和田 ほう。興味深いです。

菊池 つらいことは忘れるとか、その場でどけるようにしているんです。「なんとなく避ける」というほうがわかりやすいかな。だからこれまで「すごく厳しい壁を乗り越えた」っていうのは一度もないんです(笑)。

和田 精神科医の立場から言っても、それはとてもいいですね。そういう人は、鬱になりにくいんですよ。鬱病はお年寄りの一番の敵ともいえますから。

菊池 そうなんですか?

和田 いっぺんに10も20も老けてしまう。芸能人でも、若々しくて明るかったのに、鬱病になった途端、すごい老け方をする人がいるでしょう。

菊池 そうですね。

和田 年を取って鬱病になると、治らないままのこともある。

菊池 つらいですね。

和田 毎日が暗くて、つらくて、死にたいと思って、何を食べてもおいしくない。そういう病気なんです、鬱病って。

菊池 病気の特性なんですか。

和田 そうです。患者さんに聞くと、食欲が落ちるというより何を食べてもおいしくない。熱が38度、39度あるようなだるさが、毎日続くそうです。

菊池 それはつらいですね。

和田 だから菊池さんのように、つらいことは避けるっていうのは、とても大事なんですよ。

菊池 あまり思い詰めない。

和田 生きていれば、うまくいかないことなんて、いくらでもありますからね。あらゆることを実験と捉えて「次に行こう」と気持ちを切り替えたほうがいいと思うんです。

生きていることが一番楽しい

菊池 僕はね、子どものときに大きな病気をしたので、生きていることが一番楽しいと思うようになりましたね。

和田 それ、素晴らしい!

菊池 ほかに楽しいことはない。生きていることが一番! 最高だ! と。だから「長生きしたい」という願望もありましてね。

和田 病気は何歳のころに?

菊池 5歳です。膿胸という肋膜に膿がたまる病気で。

和田 それは大変だ。抗生物質もない時代ですからね。

菊池 そうそう。何もない。終戦直後に罹ったんですが、幸運にもペニシリンが入ってきて、僕は日本人で二人目に打たれたそうです。

和田 よかったですね。ご実家は裕福で?

菊池 そう。だから父にはやはり感謝していますね。

和田 世間の一般認識としては、「結核で死ぬ人が減ったのは抗生物質のストレプトマイシンができたおかげだ」と言われています。でも真実は違います。米軍が脱脂粉乳を配って、日本人の栄養状態がよくなったからですよ。これによって免疫力が上がったことが大きいと思います。それなのに「薬のおかげ」みたいに、医者はすぐに嘘をつくんです。

菊池 基本的な体力がついて、大病になりにくくなった。

和田 そうです。今の人は、そんな時代のことを知らないから、長生きできるのが当たり前だと思っています。

菊池 生きているのは当たり前じゃないですね。事実、僕はもうずいぶん前に命がなかったかもしれないわけだから。

和田 普通に栄養が摂れるありがたみや、普通に生きられるありがたみはわからない。

菊池 真剣にそんなことを考える人はいないのかもね。

和田秀樹/Hideki Wada
精神科医。1960年大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。立命館大学生命科学部特任教授、和田秀樹こころと体のクリニック院長。老年医学の現場に携わるとともに、大学受験のオーソリティとしても知られる。『80歳の壁』『70歳の正解』など著書多数。

若い時の見た目を維持する

和田 菊池さんは姿勢がとてもいいですね。写真を撮るときにそう思いました。

菊池 そうですか。じつは、気にしているんです。

和田 気にすることが大事です。

菊池 若いときの見た目を維持できるということは、肉体的にも維持できているということです。気にしていないと、維持はできません。

和田 おっしゃる通りです。

菊池 っていう、思いだけはあるので(笑)。

和田 それが素晴らしいんです。「気」って言っていいのかわからないけど、そういうものって人間には必要だと私は思っていて。「仕事は引退するな」と僕が言うのはそのためです。やはり「気」を張っているほうがね、免疫力も上がるんですよ。

菊池 それ絶対。仕事してなかったら、だるーんって、なんにも意欲なくなっちゃうと思います、きっとね。

ファッションの興味の原点

和田 ファッションにはもともと興味があったんですか。

菊池 人とはちょっと違って、目立ちたかった、というのはあったかも。子どものときから。

和田 当時の日本には、服の種類もそれほどなかったでしょ?

菊池 だから自分で作るしかないと、思うようになったのかもしれませんね。

和田 菊池さんもそうだと思いますが、70代80代の方にはオシャレに憧れて、ファッション誌を夢中で読んだような方も大勢いますよね。

菊池 そうですね。

和田 そういう人向けの、年を取っても格好よくいれるファッション誌とかを創ったらいいと思うんだけど……。

菊池 いいですね、それ。

和田 今や日本のGDPは韓国にも抜かれてしまいました。私が思うに、日本が今、韓国や中国に勝っている部分は、お年寄りが豊かさを知っていることなんです。よいか悪いかはさておき、やはり昭和20年代、30年代生まれの人たちは受験競争も熾烈だったから頭もいい。

菊池 でしょうね。

和田 日本のお年寄りが世界の中で一番勝っているのに、その層に目を向けないバカな経営者ばかりですよ、日本は。だから菊池さんのような人がリーダーとなって「気持ち次第で格好よくいられるよ」と示してほしいと思いますね。

※6回目に続く

TEXT=山城稔

PHOTOGRAPH=杉田裕一

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