「あの本田さんが、なんか鮨を握っているらしい」。そんな噂を聞き、実業家で日本を代表するフーディーの本田直之さんの元を訪れた。そこで目にしたものは――。後編。【特集 人生を変える最強レッスン】
食べてもらう、という醍醐味を味わう
「東京すしアカデミー」では、魚をおろし、柵取りし、一人前の鮨ネタを切りつける技術から握る技術まで、みっちり学んだ。実際にカウンターに立つには、スピードも必要。自分でも自宅のキッチンで徹底して練習をした。
卒業してからは、「鮨 みずかみ」「鮨 まつうら」「鮨なんば 日比谷」「鮨 あらい」「鮨しゅんじ」「はっこく」「秦野芳樹」「鮨麻布」「恵比寿えんどう」「鮨 佐がわ」などで仕込み研修や見学をさせてもらい、貴重な経験になった。
本田さんの料理へのこだわりを、鮨職人もよく知っていた。だから、そんな本田さんが自ら鮨を握ろうとしたことには、驚きと同時に喜びもあったに違いない。多くのサポートを得た。
「これまで培ってきた食の経験や人間関係が、びっくりするほど生きました。そんなに簡単に手伝わせてもらえるものではないはずですから。でも、一時は毎日のようにどこかで修行に行っていましたね」
豊洲での仕入れに同行させてもらったこともあった。お店によって、仕入れがいかに違うかも知った。こうして、ポップアップレストランを開けるだけの知識と技術を着実に身につけていく。やるなら一流店で、最高級のネタを使って、と決めていた。だから、修行先を求めるだけではなく、自分でも時間を作って懸命に練習した。
「店をやるわけではないですが、とことん突き詰めたかったんです。本当においしいものを食べてもらって、喜ばせたかったし、驚かせたかったですし」
鮨に本気で向かおうとしている。一方で、他の鮨店には迷惑をかけない。そんな姿勢は、さらなる応援を呼ぶことになる。鮪の仲卸「やま幸」の山口幸孝社長は、もともとの知り合いだったが、学校に行ったと伝えると、卸すよ、と言ってくれた。
「他にも、仲卸で有名どころのインスタをフォローすると、相手から連絡をもらったりしました。あの本田さん? よかったら応援しますよ、と」
ポップアップのお店も協力を申し出てくれた。実はカウンターに立つ本田さんには、1円の報酬も支払われない。あくまで、自分と自分が呼んだ客が楽しむためのものだからだ。値段は店舗の価格にほぼ準じているが、なんたって本田さんが使うのは、超一流のネタや食材。場合によっては、本田さんの持ち出しになっている。
「場を提供くださったお店には、しっかり利益を落としたいですから。でも、皆さん応援してくださるのは、やっぱり面白いと思われているからだと思います。シェフにしても、職人にしても。50代になって、こんなことができるのか。こんなふうに新たに料理を楽しんでくれるのか、と。だから、協力してもらえているんだと思っています」
そして、本当の鮨屋ではないからこそ本田さん自身のやりたいことができた。イタリアンや肉割烹とのコラボしかり、江戸前鮨の握りのメニューのなかに揚げ物を加える、なんて独自のメニューづくりも然り。
「実は魚だけで終わると、何か物足りないこともあったりしたんですよね。でも、鮨屋で揚げ物を頼むわけにもいかない(笑)。だったら自分でやってみよう、と」
他にも、プロはまずやらない、と思えることにもトライする。例えば、マグロやウニ、数種類の食べ比べ。ブラインドテイスティングだ。産地や種類で味の違いを体感してもらう。
「こんなことをやっている鮨屋はほぼないですよね。でも、お客さんも体験になるし、学びになると思うんですよ。僕も学びたいし、来てくれた人にも知識を提供できる」
ハワイの家に戻ったときには、バーベキューパーティーに巻物を持っていった。これには、外国人の友人たちも大喜びだったという。
「かつて20代で留学したとき、英語ができるようになったことは、人生最大のインパクトを与える出来事でした。でも、鮨はそれ以上のインパクトになると思います。なぜなら、グローバルなコミュニケーションツールだから。英語をしゃべるよりも、今は鮨が握れたほうがいいんじゃないかと思っているくらいです」
次はピザとタコスを学びたい
そして料理の世界に踏み込むと、知的好奇心が次々に喚起されることに気がついた。料理のテクニック、食材、冷凍技術、料理道具、フードテック……。昔の料理の本を買ってみたり、YouTubeで調べたり。料理に関わる時間が、これまで以上に日々を充実させていくようになった。レストランに食べにいっても、すべてが学びになる。鮨以外の料理に興味が湧くのは、自然なことだった。鮨と他の料理とのユニークな組み合わせに意識は向かった。
「やっぱり人がやっているのと同じことしても、つまらないですしね」
まず興味を持ったのは、ピザとタコスだ。鮨と同じく世界でメジャーな料理。生地を使ってネタを載せるのも同じ。もちろん生地づくりから挑む。ここでも、徹底したこだわりぶりだ。
「2024年4月にオープンキッチンのついたオフィスに引っ越したんです。Geek Kitchen Laboratoryと呼んでいるんですが、鮨カウンターがあって、タコスやピザも組み込んでコースを提供しています。かつてオフィスはワインバーみたいにしていましたが、料理が入るとおもてなしが劇的に幅広くなるんです」
ピッツェリアでプロからピザを、タコスは「Los Tacos Azules」のマルコから習った。秋には久し振りに本場ナポリでピザを、冬にタコスをメキシコに学びに行くという。
「自分にできる最高峰のものを出したいですから。改めて思ったのは、人を楽しませ、喜ばせることができるのが料理だということです。今は情報も本当にたくさんある。便利な調理用具もある。料理をやらない、楽しまない、という選択は、もはやないと思いますよ」
ポップアップが行われていた「Shikaku」の8席のL字のカウンターは、20時からの2回転目の客が入り始めた。本田さんの友人たちは白衣を着て堂々たる風格の本田さんに驚く。
「え、こんなにちゃんとしてるの。立ち食いみたいな感じかと思ってた」
「ナオさん、すごいじゃないですか」
「ほんとの鮨職人みたい」
一様に驚いていたが、料理が始まれば、彼らはさらに驚くことになるだろう。カウンター内から客同士の紹介を終えると、本田さんの大きな声が店に響いた。
「では、始めましょうか。まずは、おつまみ2品。それから握ります」
Naoyuki Honda
レバレッジコンサルティング代表取締役社長。作家。ハワイ、東京に拠点を構え、日米のベンチャー企業への投資育成事業を行う。ハワイ、東京、日本の地域、さらには海外を旅し、仕事と遊びの垣根のないライフスタイルを送る。著書多数。会員限定コミュニティ「Honda Lab.」を主宰する。
この記事はGOETHE 2024年10月号「総力特集:人生を変える最強レッスン」に掲載。▶︎▶︎ 購入はこちら