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2024.08.30

前澤友作はなぜ、救急搬送されてもレースにのめり込むのか

前澤友作がレース中の事故で緊急搬送された」。2024年6月9日のニュースに、驚かれた人も多いだろう。なぜ前澤氏は、危険を冒してまでレースにのめり込むのか。見つめる先に何があるのか――。【特集 人生を変える最強レッスン】

「simdrive」でトレーニングする前澤氏
会員制のドライビングラボ「simdrive」で、2024年8月24・25日に岡山国際サーキットで開催されるレースに向け、レーシングドライバー横溝直輝氏の指導のもとトレーニングに励む前澤友作氏。

スピンするまで攻めると、半端ない成長曲線を描ける

東京・東麻布のビルの一室。そこには、プロのレーシングドライバーが使う本格的なレーシングシミュレーターのコクピットに収まり、細密に再現された岡山国際サーキットでドライビングをする前澤友作氏の姿があった。ご存知のようにスーパーカーのコレクターとして知られる前澤氏であるけれど、これまでは運転にはさほど興味を示してこなかった。その前澤氏が、一心不乱にハンドルを操作している。

ヘッドセットを通じてアドバイスを送るのは、前澤氏が発足したスーパーカープロジェクトのマネージャーを務める横溝直輝氏。横溝氏は日本における最高峰のレースであるSUPERGTでチャンピオンに輝いた経歴を持つ、トップレベルのレーシングドライバーでもある。

2023年の秋に横溝氏から本格的な指導を受けるようになった前澤氏は、半年も経たないこの5月、富士スピードウェイで行われたフェラーリ・チャレンジ・ジャパンというレースのコッパ・シェル・アマクラスで優勝を飾る。半年前は「ハンドルが重い」と不満たらたらで、発進加速すらぎこちなかったが、レースに熱中し、結果を出したのだ。6月のレース中の事故も含めて、この半年間について話を聞いた。

走行データを解析して改善する能力に長けている

本題に入る前に、前澤友作とレースの関係を簡単に振り返っておきたい。

2023年、自らのレーシングチーム、MAEZAWA RACINGを立ち上げた前澤氏は、総監督としてGTワールドチャレンジ・アジアに挑んだ。ハンドルを横溝氏が握り、最終戦で優勝を飾るなど、参戦1年目としては望外の好成績を残した。ただし、これで大団円ではなかった。今度は前澤氏がドライバーとして参戦することになったのだ。

「2023 Fanatec GT World Challenge Asia Powered by AWS」で初優勝した前澤氏
2023年、前澤氏が総監督を務めるMAEZAWA RACINGは、2023 Fanatec GT World Challenge Asia Powered by AWSに参戦。8月20日に岡山国際サーキットで開催された第4戦で、初優勝を飾る。「大人になってからあれだけ喜んだのは記憶にない」と振り返る。

なぜ自身でハンドルを握ってレースに出ようと思ったのかをたずねると、しばらく考えてから、ゆっくりと口を開いた。

「監督としてレースを見ていて、ドライバーもカッコいいな、という言葉が口をついたんです。それで、せっかくだからレースで優勝したクルマに乗ってみませんか、という話になった。フェラーリの488 GT3 EVOというクルマで、GT3というカテゴリーはアマチュアのジェントルマンドライバーが乗るクルマとしては頂点です。パワーがあるし、コーナリングスピードがとんでもない。

レーシングドライバーはこんなにパワフルなレーシングマシンを操って、こんなにすごいことをやっているのかを味わって、それがレースの世界に魅力を感じるきっかけでした。ハンドルを握ってみたら意外とうまく乗れたので、これなら自分でレースに出られるかもしれないと思うようになったんです」

そして2023年秋より、チームの挑戦が始まった。いきなりGT3はハードルが高すぎるので、ジェントルマンドライバーの登竜門であるフェラーリ・チャレンジ・ジャパンに目標を定めた。

ただし多忙な前澤氏にとって、実際にサーキットへ赴き練習走行をする時間を捻出することは難しい。ドライビングラボ「simdrive」が運営するレーシングシミュレーターや、カートで練習を積んだ。実際に富士スピードウェイを走ったのは、5月のデビュー戦が4回目だったというから驚かされる。

この練習期間、前澤氏はドライビングを学びながら、どのような達成感を感じていたのだろうか。

「例えば自転車の補助輪が取れるみたいな、劇的な変化はないんですよ。でも僕と横溝の間では、本当に少しずつなんですけれど、練習ごとに何かを摑んでいる感覚はありました。毎回、課題を持って練習をして、いつも何らかの発見があって、技術を手に入れているという実感が得られた。レースに出るという目標があったことと、少しずつでも前進しているという手応えがあったことが、続けられた理由かもしれません」

ここで横溝氏が「立場的に、僕がこう言うと信憑性がないかもしれませんが」と苦笑いをしながら、生徒としての前澤友作を語った。

「世界中のジェントルマンドライバーにレッスンをしてきましたけれど、前澤さんはめちゃくちゃ優秀です。普段はクルマを運転していないのに、僕が設定した目標タイムをはるかに上回ってピットに戻ってくる。運動神経と集中力が図抜けているのと、データ解析能力が圧倒的ですね。自分の走行データを分析して走りを改善する力には驚かされました。データ解析をして課題を明確にするあたりは、会社での仕事の進め方に通じるものがあるように感じます」

MAEZAWA RACINGの総監督としてレースに参戦していた時に、自身のYouTubeチャンネルで、経営者がレースにハマる理由を3つ挙げていた。

ひとつめは、タイムや順位といった結果が数字として見えるから経営者は燃える、というもの。ふたつめは、レースはデータドリブンなのでデータ解析で戦況を改善する醍醐味が経営と共通する、というもの。3つめは、チームワークの重要性を体感できる、というものだった。

では監督としてではなく、ドライバーとして参戦しても経営者はレースにハマるのだろうか。

「基本、僕はずっとプレイングマネージャーなんですね。自分が現場に出て手足を動かすタイプ。監督として『みんな、頑張ってね』とお尻を叩くよりも、ドライバーに向いているのかも」

5月の富士スピードウェイのデビュー戦の模様を収録した動画では、出走前に「緊張して吐きそう」と漏らしていたのが印象的だった。

「あの緊張感は独特で、今まで味わったことのないものです。監督の時はまったく緊張しなかったけれど、いざ自分が出るとなると、ドキドキします。でも緊張感というよりは、ワクワクする感じのほうが近いかな。遠足前の子供と一緒で、いったい何が起きるんだろう、と気持ちが高ぶりました」

70や80の力でなんとなくやるのが一番よくない

前澤氏のレース活動を語るにあたっては、2024年6月のレース中の事故に触れないわけにはいかないだろう。デビュー戦となった第1戦の富士スピードウェイに続く第2戦が、6月9日に宮城県のスポーツランドSUGOで開催された。このレースでブレーキトラブルに見舞われた前澤氏は先行車両に追突。自身も救急搬送されるほどのクラッシュを経験した。レース経験の豊富な横溝氏は、こう語る。

「一流ドライバーでもクラッシュのあとはブレーキのタイミングが早くなったり、アクセルを強く踏めなくなったりするものです」

ところが3週間後、鈴鹿サーキットで行われた第3戦で前澤氏は見事に優勝、表彰台の中央に立った。怖くなかったですか、という問いに、「宇宙まで行っているんで」と笑わせてから、こう続けた。

「あれだけの衝突でも、コクピットの中はなんともなかった。すごいな、と改めてレーシングカーの安全性の高さを認識しました。火災とかは怖いと思いますけれど、それ以外のクラッシュだったら、大体はなんとかなるという信頼感が生まれました」

優勝カップを手にする前澤氏
ドライバーとしての優勝より、監督時代の優勝のほうが嬉しかったと言う前澤氏。「まだ入門編で、空手の帯の色が変わったようなものですから」

そしてクラッシュをしないにこしたことはない、と前置きをしたうえで、コンマ1秒まで攻めることの大切さを説いた。

「僕は社員に、ファインプレイをしなさい、と言うんですよ。普通の仕事を普通にやるのは誰にでもできる。だから年に1回でも2回でもいいから、持っている力を100%出してファインプレイをしなさい、と。レースも似ているんですね。クルマの力が100だとして、99とか98まで攻めないとタイムは出ない。多くの人は80ぐらいで怖くなってそれ以上は攻めないんだけど、いかに100に近づけられるかが勝負で、それはレースも仕事も同じだと思います。

100まで頑張ってスピンしてしまうのは仕方がない。でも、70とか80とかでなんとなくやっているのが一番よくないと思う。仮に100まで出し切ってスピンをするとします。その失敗をきちんと分析すると、そこからの成長曲線は半端ないです」

そしてレースから学んだ、大事なことを明かした。

「自分がレースに出て思ったのは、相手との駆け引きとか、攻める時と守る時の感覚が経営に似ている、ということです。仕事と同じで、僕はレースでも攻めるのは得意だけれど、守るのが苦手だということがよくわかりました。レースでは攻めるだけでなくて引くことを覚えないと結果が出ない。順位やクルマのコンディションや自分の力量を見極めて、行きたいけれど我慢したほうがいい場面がある、ということを学びましたね」

宇宙にまで行った前澤氏をしても、練習を積んで実際にレースに出るという行為は、新たな自分と出会うきっかけとなったのだ。

冒頭に記した「simdrive」でのトレーニングは、8月25日に岡山国際サーキットで行われるSROジャパンカップ第4ラウンドに向けたものだ。このレースはフェラーリ・チャレンジ・ジャパンよりハイレベルで、前澤氏は初めてフェラーリ488GT3 EVOをドライブする。

GT3というカテゴリーはジェントルマンドライバーにとっては最高峰。実績しだいでは、あのルマン24時間レースに出場することもできる。デビュー戦での優勝に驚かされたけれど、それは実は単なる通過点に過ぎなかったのだ。

宇宙に続く前澤友作の挑戦は、まだ始まったばかり。そのゴールははるか彼方にある。

2024 フェラーリ・チャレンジ・ジャパン戦績

2024年5月11-12日 @富士スピードウェイ
レース1:予選3位 決勝3位/13台中(全体17位/32台中)
レース2:予選1位 決勝1位/13台中(全体17位/30台中)

2024年6月8-9日 @スポーツランドSUGO
レース1:予選1位(全体6位/23台中) 決勝クラッシュ棄権
レース2:予選1位(全体6位/23台中) 決勝クラッシュ棄権

2024年6月29-30日 @鈴鹿サーキット
レース1:予選1位 決勝1位/13台中(全体16位/32台中)
レース2:予選1位 決勝2位/13台中(全体16位/31台中)

※全5戦で行われるフェラーリ・チャレンジ・ジャパンは、経験やスキルに応じてトロフェオ・ピレリとコッパ・シェルにクラス分けされる。さらにそれぞれ、エキスパートとアマチュアに分けられ、クラスは全部で4つ。そのうち前澤氏が参戦するのは初級グレードのコッパ・シェル・アマクラスとなる。

フェラーリ・チャレンジ・ジャパンに参戦する前澤氏
フェラーリ・チャレンジ・ジャパンは全5ラウンド、30分+1周のレースを2日間2レースで戦う。前澤氏が参戦するのは4つのカテゴリーのうちエントリークラスのコッパ・シェル・アマ。4つのカテゴリーは同時に出走するが、順位はカテゴリーごとに決定する。

【特集 人生を変える最強レッスン】

この記事はGOETHE 2024年10月号「総力特集:人生を変える最強レッスン」に掲載。▶︎▶︎ 購入はこちら

TEXT=サトータケシ

PHOTOGRAPH=筒井義昭(1枚目、インタビュー)

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