戦後初の三冠王で、プロ野球4球団で指揮を執り、選手・監督として65年以上もプロ野球の世界で勝負してきた名将・野村克也監督。没後4年を経ても、野村語録に関する書籍は人気を誇る。それは彼の言葉に普遍性があるからだ。改めて野村監督の言葉を振り返り、一考のきっかけとしていただきたい。連載「ノムラの言霊」38回目。
嫉み、妬み、恨みを糧にする
1975年、野村克也が王貞治(巨人)に次ぐ史上2人目の通算600本塁打を達成した記念すべき試合、後楽園球場の観客はわずか7,000人だった。対戦相手は日本ハムファイターズだったが、同じ後楽園球場で巨人はいつも4万人以上の観客を集めていた。
「同じ600号ホームランなのに、王とどこが違うんだ。セ・リーグとパ・リーグの違いだけじゃないか」
嫉(そね)み、妬(ねた)み、恨(うら)み……。
そんな時、野村の脳裏に子どもの頃の記憶がフラッシュバックした。
「おかん、太陽が沈んで日が暮れているのに、あの花は綺麗に咲いている。不思議やなぁ」
「あれはな、月見草といって、夜に咲く花なんだよ」
夕飯の時の母親との会話だった。
「オレの生まれ故郷の、まさにあの月見草だな。一生懸命綺麗に咲いているのに、誰にもじっくりと見てもらえない」
それで、あの言葉が生まれた。
「王貞治と長嶋茂雄、ONが太陽を浴びる向日葵(ひまわり)ならば、オレは野にひっそりと咲く月見草」
マスコミから相手にされない、大記録でも脚光を浴びない月見草人生。
しかし、そういう劣等感の積み重ねが、野村の反骨精神のエネルギー源になった。
「負けてたまるか!」
テスト生から日本一監督になった。片田舎出身の若者の努力が、大都会で花を咲かせ、結実したのだ。
読書から野球以外のさまざまな知識を得た
野村は南海(現・ソフトバンク)の現役時代、鶴岡一人(かずと)監督の指導を受けた。
鶴岡監督は通算23年間の監督生活で、日本プロ野球史上最多1,773勝、勝率.609。
V9を達成した川上哲治監督(巨人)でさえ、通算1,066勝、勝率.591だ。「鶴岡・南海」黄金時代の原動力は、4番打者、捕手の重責を担った野村だ。
ある年、鶴岡監督の自宅に年賀の挨拶に行ったら、主力だった大学出身の選手たちを集めて新年会を開いていた。
「おう野村か、ありがとうな。またな」と、高卒の野村は玄関で体よく追い返された。その少し前まで、日本野球界は「大学野球」が華だったのだ。
1970年、野村が球団オーナーからプレーイング・マネージャーを要請された時も、エース・杉浦忠(立教大出身)を監督にしたかった鶴岡からは嫌味を言われた。
野村が監督になってからの「野村ミーティング」の濃い内容は、今も語り継がれる。
MBA(経営学修士)に関係するような内容も数多くあったという。書籍から大事な箇所を抜きだし、かみ砕いて選手たちに教えていた。
春季キャンプ期間中の1ヵ月、毎日1時間のミーティングを行なった。どれだけミーティングのために勉強をしていたのか。筆者が野村に尋ねたことがある。
「監督は博識ですが、それはどこから学んでいるのですか?」
「読書からに決まっているだろう。そして、書かなければ覚えない」
読書を通して、独学で大学院クラスの教養を身につけていたのだ。
ドラフト下位選手でもタイトルを獲れる
一般的に、ドラフトに上位で指名された選手と、そうでない選手の間には首脳陣や世間からの期待に大きな差があることが多い。
いわゆる「下位指名選手」は、その劣等感や反骨心をエネルギーに変えているのだろう。
2010年以降、ドラフト5位以下でタイトルを獲得した選手をまとめてみた。
・2011年
島内宏明(楽天6位):2021年打点王、2022年最多安打
・2012年
宮﨑敏郎(DeNA6位):2017年&2023年首位打者
・2013年
祖父江大輔(中日5位):2020年最優秀中継ぎ
岩崎優(阪神6位):2023年最多セーブ
・2015年
杉本裕太郎(オリックス10位):2021年本塁打王
青柳晃洋(阪神5位):2021年最多勝、最高勝率、2022最多勝、最高勝率、最優秀防御率
・2016年
佐野恵太(DeNA9位):2020年首位打者、2022年最多安打
・2017年
周東佑京(ソフトバンク育成2位):2020年&2023年盗塁王
・2018年
戸郷翔征(巨人6位):2022年最多奪三振
湯浅京己(阪神6位):2022年最優秀中継ぎ
・2019年
岡林勇希(中日5位):2022年最多安打
・2020年
村上頌樹(阪神5位):2023年最優秀防御率
中野拓夢(阪神6位):2021年盗塁王、2023年最多安打
水上由伸(西武育成5位):2022年最優秀中継ぎ
2023年はプロ3年目の村上頌樹が新人王、MVPに輝いた。2024年もドラフト下位選手の奮起を期待する。
まとめ
野村は反骨心と劣等感をエネルギーにして、テスト生から日本一監督まで登り詰めた。最初の評価が低くても、それをバネにして精進すれば結果はいくらでも変わる。
著者:中街秀正/Hidemasa Nakamachi
大学院にてスポーツクラブ・マネジメント(スポーツ組織の管理運営、選手のセカンドキャリアなど)を学ぶ。またプロ野球記者として現場取材歴30年。野村克也氏の書籍10冊以上の企画・取材に携わる