凍てつく大地、真っ白の世界。南極大陸を旅した旅コンシェルジュの才津香果さんが語る、セレブリティが南極を目指す理由。【特集 エクストリーム旅】
その場所は、震えるほどに非日常でした
「自分のなかの常識を覆すほどの衝撃。弊社のお客様は、旅にそんな刺激を求めている方が多く、私もそのひとりです。非日常への旅、なかでも自然がつくりだす、人間界とは異なる過酷な環境下へ訪れる。限界を試されるような体験、そのたびにこれこそが究極の非日常だと全身で感じるのです」
富裕層向けコンシェルジュサービスを運営するアルカディア代表取締役の才津香果(さいつかぐみ)さん。旅を愛し、これまで旅にかけてきた総額は9億円以上。世界中を旅して得たその高い経験値から、富裕層の人々がこぞって旅のコーディネイトを依頼する存在だ。そのかぐみさんが2023年、最も刺激的だったと語るのが南極への旅だ。
「旅の目的のひとつはコウテイペンギンのヒナを見ること。そのコロニーは南極の奥地にあるため、大半の南極旅行では見ることができません。プライベートジェットだからこそ訪れることが可能なんです。環境を壊さないためペンギンには、私たちからは5mまでしか近づくことは許されていません。それでも彼らは、人間を怖がらず珍しいものを見るようにこちらに近づいてきました。マイナス35度、人間が生きる世界とは異なるその場所は震えるほど非日常でした」
南極大陸でシェフの作ったフルコースをいただく
かぐみさんが運営するアルカディアでは「WHITE DESERT」という南極大陸をプライベートジェットで訪れるツアーの手配をしている。かぐみさんが今回、このツアーに参加。
旅のスタートは、南アフリカのケープタウンだ。20名のゲストをプライベートジェットで南極大陸に運んだ。このゲスト数に対して、スタッフは120名以上、医師やシェフも同行したという。広大な南極大陸、数日ごとにキャンプ地を飛行機やクルマで移動し、ペンギンのコロニーや南極点到達を目指す。
「キャンプ地では暖房設備もあり、暖かい部屋の窓から氷の世界を眺めることができます。レストランやバーもあり、南極でシェフが振る舞うフルコースをいただくことができるんです」
一方で、南極点手前のキャンプ地ではマイナス35度、半分雪に埋もれたテントの中、寝袋で震えながら夜を明かしたと言う。実際にかぐみさんは、この時軽い凍傷を負った。
日本からは10日前後で1名約2000万円のこのツアー、参加者は有名企業の経営者を含む、セレブリティばかり。なぜそのような人々が、このように一部過酷な南極旅に惹かれるのか。
「富裕層の方々は、見たことのないものが見たいと旅に刺激を求めます。その刺激をインプットし、新しいビジネスのアイデアとしてアウトプットするのだと思います。そしてそのような方々は旅の経験値、つまり旅偏差値が高く、『見たことのない景色』を追い求めれば、人間が制御できない過酷な自然界にたどり着くのです」
旅慣れた経営者、セレブは生半可な旅では刺激を感じない。だからこそ、時に命の危険すらある荒々しい自然に挑むのだ。
「探検家の方は、犬ぞりや徒歩で何日もかけて移動し、食事は栄養補助食品などだと思います。南極ですから当然でしょう。けれどこのツアーはスタッフの方々が、安全を管理し、火をおこし料理をし、寝床を整え、移動には飛行機を用意してくれる。南極点に到達する、ということにおいてこれ以上快適な旅はありません。
環境は恐ろしく過酷です。紫外線が人体に有害なレベルで強く、飲み水も数分で凍ります。そんななかでスタッフができうる限りを尽くしてくださる。過酷な環境が主役の世界で、どれだけ不備なく過ごすことができるか。それはまさにラグジュアリーの極みに挑戦しているのだと思います」
ラグジュアリーとは不備がないこと
旅のコンシェルジュとしてかぐみさんはこのように自身で旅を経験し、ラグジュアリーな旅とは何かを探し続けている。そんなかぐみさんが「旅偏差値」の高いセレブたちを満足させるために、細心の注意を払っていることがあるという。
「世界三大投資家と呼ばれる冒険家のジム・ロジャーズさんに、『旅においてラグジュアリーとは何だと思いますか』と質問をしたことがあります。ジムさんの答えは『不備がないこと』でした。まさにそのとおりだと私も考えています。
例えば旅先で、送迎が来ていない、乗り継ぎで長時間待たされる、ホテルで何かが壊れている……など一度の旅に高額な金額を払っているお客様にとっては、どんなに素晴らしい景色を見ても、そのようなマイナス点のほうが目立ってしまいます。飛行機で最上級のシャンパンをご用意するといったプラスのサービスも大事ですが、それ以上にマイナスをなくす、ということに最も注意を払っています」
例えば、事前にクルマのチャーター時間の延長を可能にしておく、子供連れの場合は、小さな子供も来店可能なレストランや個室を事前に探しておくなど、綿密な計画を立て、数えきれない不備の可能性を地道に潰していく。非日常、刺激、そして不備がないこと。そんな旅をつくり出すために、かぐみさんは年間のほとんどを旅と情報収集に費やし、見識を深め続けているのだ。
最後に、南極大陸で見た景色から、かぐみさん自身が何を感じたか聞いてみると。
「南極点に到達した達成感は凄まじいものがありました。圧倒的に何もない世界、人間の小ささを知って、魂が揺さぶられる体験でしたね。世界の最果てに到達した時の感情を生涯忘れることはないでしょう。南極点に訪れたからには次は北極点にも行ってみたいです」
次はどんな非日常に、かぐみさんは出合うのだろう。
才津香果/Kagumi Saitsu
1982年生まれ。2019年有料会員制のコンシェルジュサービスを提供するアルカディアを設立。贈り物のセレクトから、ラグジュアリーな旅の手配まで、富裕層の要望をかなえる。
2024年5月号より本誌にて才津香果さんの連載開始!
コンシェルジュサービス、アルカディアを運営、世界を旅し、ラグジュアリーな旅の極みを知るかぐみさん。彼女がこれまでの旅で見てきたものを語る連載が2024年5月号よりスタート!
この記事はGOETHE 2024年4月号「総力特集:エクストリーム旅」に掲載。▶︎▶︎購入はこちら