幼児に読み・書き・計算はまだ早い。そう唱えるのは、入塾希望者が殺到する名門幼児教室「こぐま会」の代表・久野泰可氏だ。今回は、世界で採用されている「KUNOメソッド」を考案した久野氏に、家庭にあるものでできる幼児教育を教わる。『子どもが賢くなる75の方法』(2014年刊)の一部を再編集してお届けする。
家庭にある道具こそ素晴らしい教材
「家庭で効果的な幼児教育をする」と聞くと、特別な教材や道具が不可欠だと思う方は少なくありません。デパートや本屋、そしてネットショップなどさまざまな場所で「子どもの頭をよくする」と銘打った教材や教育玩具が並んでいます。そればかりか、それらを使わないことには幼児教育が始まらない、という親の不安や焦りをかきたてるような売られ方をしているケースも目立ちます。
教材や教育玩具の効果は決して否定できませんし、うまく使えば効果を期待できることでしょう。
しかし、幼児教育は特別な教材や教育玩具がなければできないものではありません。どこにでもあるようなものでも、素晴らしい教材や教育玩具になるのです。
ここでは、家庭にある道具を使ってできる幼児教育をご紹介します。親子で楽しみながらやってみましょう。
形の遊び
小学校に上がって勉強が始まる前に、基礎となる学習をしておく重要性については、先にも詳しく述べました。特に「図形」の問題は子どもが算数でつまずく原因になりやすいので、早いうちから親しんでおくとよいでしょう。
図形の基本は、平面の丸や三角、四角。これらの「形」を日常生活の中から見つけることから、学習を始めることができます。
たとえば折り紙を対角線で折ると、三角になります。これは「四角を半分に折ると2つの三角ができる」「三角を2つ合わせると四角になる」ことの証明です。そこで、「折り紙は四角」「半分に折ると三角」「開いたら、四角の中に三角が2つ」などと親が言ってあげるだけで、理解が深まるのです。
「形」を使った遊びでは、作ったり壊したりが簡単にできるおもちゃや素材を活用しましょう。
たとえば積み木を使った遊びは、子どもの図形感覚を養う効果があります。まず親が手本を作ってやり、「これと同じものを作ってごらん」と促してみたり、でき上がった形から1つだけ積み木を動かし、どこをどのように動かしたか当てさせる遊びもいいでしょう。
また、粘土を使ってさまざまな形を作るのも、「作ったり壊したり」が簡単にできる学習効果の高い遊びです。ぜひ取り入れてみましょう。
数の遊び
「数」の理解は、子どもにとってとても重要です。大人は子どもに「数」を教えるとき、「1から10まで数えることができるか」「100まで数えられるか」「1+1など簡単な足し算ができるかどうか」にとらわれがちです。しかし、子どもは「数」とはどういうものなのか、その根本を知りません。ですから、「数とは何か」から教える必要があるのです。
とはいえ、突然「数とは」などと始めても、子どもも混乱するばかりです。まずは日常的に「数」というものに慣れ親しむことが重要になります。
簡単に、そして効果的に「数」の学習ができる昔ながらのおもちゃに、おはじきがあります。もしおはじきがなければ、ドングリやボードゲームのコマ、ミニカーなどどんなものでも構いません。指先でつまめるくらいのもので、大きさも形も同じで、さらに何色か(あるいは何種類か)に分類できるものが10個以上あれば理想的です。
これを10個並べて数えたり、10個ある中から5個選んで出したり、10個を2人で分けるなど、「数」を意識した遊びをたくさんやらせてみましょう。
横1列に並べた10個の中から「5個ください」と「右から5つ目をください」というように、「同じ数でも意味が違う」経験をさせると、さらによいでしょう。
もしうまくできないようなら、並べる数を6個、4個と数を減らしてからやらせてみると、うまくいくものです。これは数の学習に限らないことですが、わからないときに無理に教えようとすると、子どもに苦手意識がついてしまいます。少し簡単にしてからもう一度やらせて自信を持たせることが大切です。
ゲームの遊び
今やゲームというとスマートフォンやタブレットなど携帯端末を使ったゲームが真っ先に浮かぶかもしれません。しかし、子どもの知能を発達させたいと思うなら、実際にカードやコマを使うトランプやカルタなどのカードゲームや、すごろくやオセロなどのボードゲームをやらせたいものです。
これらのゲームで指先を使ってカードやコマを動かすこと自体、子どもの脳を刺激してくれます。それだけでなく、ルールに従ってゲームを進めるということ、相手の出方などさまざまな要素を観察しながら勝とうとすることなど、遊びながら考える力を養ってくれるのです。
最初から複雑なルールのゲームをして、理解できずに苦手意識を持ってしまうよりも、まずはババ抜きや神経衰弱など、簡単な遊びから始めるようにしましょう。
考える力を養ってくれ、奥が深く、一生付き合えるゲームとして筆頭にあげられるのは、オセロや将棋や囲碁です。縁がない人は、「難しすぎて子どもには無理」と敬遠しがちですが、プロ棋士の多くが小学校低学年やそれ以前に始めていますし、幼児だから無理、とはいえません。ただ、幼い子どもが将棋や囲碁を始めるには、親や祖父母など身近な大人に教えてもらうことが、おもしろさを知り、夢中になるためのきっかけになります。
そうした大人が周囲にいない場合は、幼児でも楽しめるように盤を小さくし、コマ数を減らして動きを簡略化させた、将棋や囲碁のおもちゃ「どうぶつしょうぎ」や「よんろのご」などから始めるといいでしょう。
指先を使った遊び
先を使って細かい作業をすることで脳が刺激され、知能が発達することは、広く知られています。たとえば、将棋や囲碁など、まったくルールは同じゲームでも、パソコンなどを使って遊んだ場合だと脳の一部しか活動しないのに対し、実際にコマを動かしながら遊ぶとさらに広い範囲で脳が活動することがわかっています。脳の発達に手先を使うことが欠かせないのは、こうした理由があるからです。
幼い子どもはまだ手先を自由自在に使うことができません。しかし、成長するにつれて、指先を使った細かい作業をやりたがるようになります。たとえばボタンをうまく止めることができなくても親の手を借りずに着替えをやりたがったり、時間がかかっても靴を自分で履きたがったりします。どうしても時間がかかるので、親のイライラがつのるシーンではありますが、こうした作業が子どもを賢くしてくれるのだと思って、できるだけやらせてあげたいものです。
そうはいっても、出かけるたびに子どもの着替えや靴を履くのを待ってばかりいるのもストレスがたまることでしょう。だとしたら、日常動作の練習をしつつ、知能の発達を促してくれる遊びをするのがおすすめです。
たとえば、パンチで穴を開けた厚紙にひもを通し、最後にちょう結びにする遊びや、不要になった服のボタンがついている部分を切り取り、ボタン止めをする遊びなどは指先のトレーニングにもなる上、着替えや靴を履く練習にもなります。
その他に、箸を使った遊びを取り入れて、正しい箸の使い方を覚えるのも、指先を使う練習になります。大きさや硬さなど、素材の異なる豆やビーズ、スポンジをカットしたものなどを用意しておもちゃの器に入れ、箸でつまみ出す遊びがちょうどよいでしょう。
「子どもだから」と誤った使い方を黙認していると、後で矯正するのが難しくなります。失敗をくり返して当たり前ですから、トレーニング用の箸を使わず、最初から箸を持たせて練習させることが大切です。
お話の遊び
絵本の読み聞かせをしてもらったり、眠る前に昔話を語ってもらったりと、さまざまな「お話」に触れることは、子どもの情緒だけでなく、想像力を育む、とても大切な経験です。どのような絵本を選んだらよいか、どのようなお話を聞かせればよいかと悩む方は多いようですが、幼児期はあまり“教育”を意識せず、子どもが、そして親自身が好きな絵本やお話を選ぶのが一番です。文字のない絵本で子どもと一緒にお話づくりをするのもいいですし、「ざぁざぁ」などのオノマトペ(擬声語・擬態語)を多用したものは子どもが好きなタイプの本です。
文字に興味を持ち始めたら、物の名前を大きく書いた図鑑的な絵本を取り入れるのもいいでしょう。
大切なのは本に親しみ、本が好きな子どもにさせること。図書館も利用してできるだけ多くの本に触れさせ、我が子が好む本のタイプを見つけてあげましょう。
自然の遊び
子どもの遊びでとても大切なのは「自然との触れ合い」です。インターネットの時代、子どもは部屋にいながら地球の裏側にある雄大な景色を見ることができます。しかし、どんなに素晴らしく、そして珍しいものだとしても、実際に触れた経験に勝るものはありません。海や山、川、あるいは森や田んぼなど、どんなところでもかまいません。水道水ではない水に触れてその冷たさや気持ちよさを知ったり、流れの怖さを知ることは、子どもにとってかけがえのない体験です。
また、図鑑で珍しい動植物や昆虫を見るより、公園でハトやスズメを見たり、小さな虫を捕まえる経験を、ぜひさせてほしいと思います。
肌で自然を感じたことがあるかどうかは、文学や芸術に触れたときの感じ方にも関わってきます。豊かな感受性を育むためにも、できるだけ多くの場所に出かけ、多くの自然に触れさせることを強くおすすめします。
久野泰可/Yasuyoshi Kuno
1948年静岡生まれ。横浜国立大学教育学科卒業。1972年現代教育科学研究所に勤務。1983年幼児教育実践研究所「こぐま会」の室長を経て、1986年代表に就任。教育者として常に現場に身を置きながら、国内外で講演を行う。約50年に及ぶ教室での実践を通して「ひとりでとっくん」100冊シリーズや、多くの具体物教材・教具を開発。幼児の発達段階をふまえた独自のカリキュラム「KUNOメソッド」は、中国、韓国、ベトナム、シンガポールなど、海外の幼稚園・教室でも導入されている。2012年「KUNOメソッド」を更に広めるべく、幻冬舎と共同でブランド「100てんキッズ」を立ち上げ、商品を開発。著書に『間違いだらけのお受験』『3歳からの「考える力」教育』(ともに講談社)、『「考える力」を伸ばすAI時代に活きる幼児教育』(集英社)など。