先日、カンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を受賞した役所広司氏。最上級を知りながら、静謐に自身と向き合う男の本質に迫る。【特集 最上級主義2024】
自分と真摯に向き合う男
“最高の俳優”の称号を得ても、自らを誇ろうとはしない。「僕も長年カンヌに通ってきたから、その功労賞みたいなものなんじゃないかな(笑)」
2023年5月、カンヌ国際映画祭において、映画『PERFECT DAYS』での演技を高く評価され、最優秀男優賞を獲得した役所広司。彼は、はにかむように受賞の瞬間について語った。
「授賞式で僕の名前が呼ばれた瞬間、ヴィム・ヴェンダース監督が涙を流して喜んでくれたんです。その姿を見て、受賞してよかったなと心から思いました」
『PERFECT DAYS』は、静かな映画だ。役所演じる平山は、渋谷区の公衆トイレの清掃員。日々、黙々とトイレを掃除し、仕事が終わったら銭湯で身体を流し、眠くなるまで本を読み、アパートでひとり眠る。描かれているのは、静かな笑いや怒り。ほのかな愛と悲しみ、切なさ。そしてささやかながらも手のひらのなかにある幸福。寡黙で台詞も多くない平山を、役所はまるでそこに実在するかのように演じている。
「平山は都会の中で、彼だけ静かな森の中にいるようなゆったりとした時間を過ごしている。経済的に満たされているわけではないのに、日々を満足しながら生きているわけです。僕は台本を読んで、浮世離れした仙人のような人間をイメージしていました。でも撮影が始まると、監督が『もっと笑って。もっと怒って』と。ヴェンダース監督のなかでは、生き生きとした親しみやすい人間だったんです」
撮影は、わずか16日間で行われた。朝から夜まで続いたが、感じたことのないくらい楽しいものだったという。
「ヴェンダース監督はテスト撮影なしで、いきなり本番なんです。その場でいろいろアイデアを出すし、俳優もスタッフも自分で考えて動く。映画ってこんなに自由で楽しいんだって思いました。監督は繊細で気難しいイメージがあったんですが、現場ではずっとジョークを言っていて、みんなを笑わせていた。撮影は大変だけど、それを忘れるくらい楽しい時間でした」
1978年にデビュー、舞台で腕を磨いた後、テレビドラマや映画に活躍の場を移した。以来45年、映画だけでも80本に出演し、数々の賞を受賞してきた。だが、役所自身がその膨大な作品たちを振り返ることはない。
「自分の演技を観るのは気恥ずかしいし、反省しか浮かんでこない。しかもどんなに反省しても取り返しがつかない。老後の楽しみにとっておきます(笑)」
同じような役柄を演じることを避けてきた。2023年だけでも、陶芸家(映画『ファミリア』)、宮沢賢治の父(映画『銀河鉄道の父』)、福島第一原子力発電所・吉田昌郎所長(ドラマ『THEDAYS』)、テロリスト集団の頭領(ドラマ『VIVANT』)、そしてトイレ清掃員とまるで異なる役を演じている。
「この顔でこの身体でこの声ですから(笑)、同じような役をやったら観客が飽きるじゃないですか。しかも僕はまだ下手くそ。同じような役柄を違うように見せる演技力がない。だから役を変えて、どんどん勉強していかなきゃならないんです」
どんなに周りが認めたとしても、彼自身は謙虚に自分を見つめ、貪欲に成長を求める。役所広司にとって最上級の映画とは? 最上級の俳優とは?
「最上級の映画は、どんなに時代が変わっても観られ続ける作品。年をとると、以前観た作品がまったく別のものに観えたりするじゃないですか。いつ観ても新鮮な発見があり、いつ観ても面白いと思える映画が最高だと思います。最上級の俳優はその映画に出ている俳優かな。50年後、100年後の人に観てもらえるわけですから、こんなに幸福なことはないでしょう」
役所広司という俳優は、すでに時代を超える「最上級の映画」に何本も出ているのではないか。そう伝えると、彼はまた、はにかんだように笑った。
「いやいや、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる式でそれに向かって、まだまだ俳優として、観たことがないような映画に出たいし、やったことがない役に出会いたい。自信を持って最上級の映画だといえる作品に出会うために、もう少し頑張りたいです」
この記事はGOETHE 2024年2月号「総力特集:最上級主義 2024」に掲載。▶︎▶︎購入はこちら ▶︎▶︎特集のみ購入(¥499)はこちら