ドバイ成長の裏に、アルサーカル家あり! 編集部はこのたび、ドバイの急速な発展を支えてきた国内屈指の資産家一族への取材に成功。謎のベールに包まれたその実態に迫る! 【特集 熱狂都市・ドバイ】
ドバイに革新的な技術をもたらした実業家一族
「世界最速で発展する都市」とも称されるドバイは、アラブ首長国連邦(UAE)を構成する7つの首長国のうちのひとつ。1971年のUAEの独立以降、凄まじい勢いで経済発展を遂げており、今では超高層ビルが林立、世界中からヒト・モノ・カネが集まる中東随一の都市として、富裕層たちから大きな注目を集めている。
国や都市の発展には名家や財閥の力が欠かせない。UAEにもそういった有力な一族が複数存在するが、“アルサーカル家”もそのひとつ。先進的なボートエンジン、新型自動車、モーターバイクなど、さまざまな革新的な技術をもたらしてきた、UAEでも有数の実業家一族だ。
アルサーカル家は1947年に同族会社「アルサーカル・グループ」を設立し、さまざまな分野でドバイの発展に尽くしてきた。今回ゲーテは、同グループのCEO、アハメッド・アルサーカル氏の次男であり、グループの執行役員を務めるエイサ氏へのコンタクトに成功、特別に取材を許された。
「アルサーカル家は165年以上の歴史を持つファミリーです。昔から代々政治家を輩出してきた家系なのですが、私の曽祖父であるナセル・アルサーカルが1947年に会社を設立し、実業家に転身します。
当時、UAEではまだ石油が発見されておらず、主な産業といえば真珠採りくらい。電気や水道すらない、非常に貧しい国だったそうです。そんなUAEにおいてナセルは、1961年のドバイ電力会社の設立に尽力。ドバイに初めて電話機を持ちこみ、ドバイ国営電話会社の設立を主導したのもナセルでした。私はナセルから数えて4代目で、グループの不動産部門の責任者を務めています」
このアルサーカル家、実は日本とも縁が深い。アルサーカル・グループでは、1953年にブリヂストンの販売代理業務を開始。それから70年が経った今でも、ドバイとUAE北部における販売代理業を続けている。
「私の父アハメッドは昔、日本に滞在し、ブリヂストンの整備工場での研修に参加。その研修で日本人の真面目な働きぶりや豊かな文化に触れて、日本のことが大好きになったと話していますよ」
新しい発想でドバイを豊かな都市に
アルサーカル・グループはドバイをはじめ、UAEの生活水準をもっと向上させていきたいという情熱のもと、さまざまな事業に取り組んでいる。
「現在、グループが経営する企業はおよそ25社。金額的に規模が大きいのは投資事業ですが、不動産、貿易、建設、芸術文化の創出、廃棄物処理など、幅広い分野でビジネスを展開しています。最近は、ICTやAIといった最新のテクノロジーを活用した、スマートモビリティと呼ばれる事業もスタートさせました。
ドバイの首長(ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム殿下)は2030年までに、交通機関の4分の1を自動運転に切り替えることを目標としていて、私たちもその実現に向けていろいろなチャレンジをしています」
廃棄物の管理も現在、力を注いでいる分野のひとつだという。
「廃棄油からバイオディーゼル燃料をつくる事業は、欧米やシンガポールではすでに実現していますが、中東では初の試み。ドバイは都市全体が急速に発展しているため、廃棄物も年々増加しています。経済発展と地球環境を両立するために何ができるのかを考える。それも私たちに課せられた重要な使命です」
国土の大部分を砂漠に覆われ、資源もほとんどない。そんなドバイが世界屈指の未来都市にまで変貌できた理由について、エイサ氏は政府の先進性を挙げる。
「多くの国では、イノベーションや革新的なアイデアは民間企業のなかから生みだされていきます。しかし、UAEはその逆。首長が驚くようなビジネスのビジョンを示し、民間企業はその先進性に追いつこうと努力を重ねるのです。また、UAEは国家目標や政策が完全なトップダウンによって決まるので、意思決定のスピードが極めて早い。圧倒的なリーダーシップと常に変化を続けるダイナミズムが、UAEと他国との最大の違いではないでしょうか」
グループの経営層の一員として、将来のアルサーカル家を背負って立つ存在として大きな重責を担うエイサ氏は、リーダーがあるべき姿についてこう話す。
「現状維持に満足せず、常に誰よりも学び続けることが大事だと思います。人の上に立つ者はその分野において正しい知識を持っていなければなりませんし、知識があるからこそ適材適所のマネジメントが可能になります。ただし、配置した後はビジネスの大部分を仲間たちに任せます。それが彼らの成長につながるからです。私の役割は、大局を見失わないようにすることですね」
日本の企業と共同で医療ビジネスを展開したい
ビジネスの最新の動向をつかむためにも、積極的に世界各国を飛び回っているというエイサ氏。日本にも1〜2年に一度のペースで訪れている。
「日本は製品のクオリティが高く、サービスも高水準。人間的にも信頼できる方が多い印象です。すでにいくつかのプロジェクトを日本の企業と共同で行っていますが、今後はさらに関係性を深めていきたい。特に注目しているのが、幹細胞治療をはじめとする日本の先端医療。ドバイには糖尿病の患者が多いので、肝細胞治療は私が取り組むべき最重要の事業だと考えています。
実はドバイの人たちは義理人情をとても重んじるところがあって、気質が日本人と似ています。私たちと日本人の間には言語の壁はあるかもしれませんが、心の壁はありません。ドバイと日本は、ビジネス面でも文化面でもこれからより密接になっていくと確信をしています」
取材の最後に“人生で最も高価な買い物”について尋ねてみると、笑いながら答えてくれた。
「妻へ贈ったネックレスですね。金額は明かせませんが。ドバイは文化的に、男性は自分への買い物にあまりお金は使わないんです。その代わりと言ってはなんですが、私たちは奥さんにお金を使います。もうすぐ、我が家にも新しいエルメスのバッグが届きますよ(笑)」
日本の伝統文化にも興味津々!
エイサ氏は2022年、日本の木造建築を世界に広める活動を行う大工集団「鯰組(なまずぐみ)」と組み、ドバイで茶会イベントを行った。今回の取材はそのイベント以来、エイサ氏と家族ぐるみの付き合いがある鯰組の岸本耕氏の尽力で実現。岸本氏はゲーテとのプロジェクトでつくった法被を手渡した。
この記事はGOETHE2023年12月号「総力特集: ヒト・モノ・カネが集まるドバイ」に掲載。▶︎▶︎購入はこちら