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2023.07.12

野村克也を名将に導いた「MBAのビジネス思想法」

戦後初の三冠王で、プロ野球4球団で指揮を執り、選手・監督として65年以上もプロ野球の世界で勝負してきた名将・野村克也監督。没後3年を経ても、野村語録に関する書籍は人気を誇る。それは彼の言葉に普遍性があるからだ。改めて野村監督の言葉を振り返り、一考のきっかけとしていただきたい。連載「ノムラの言霊」5回目。

野村克也監督連載第5回/野村克也を名将に導いた「MBAのビジネス思想法」

活躍するにはどうすればいいのか

野村克也の有名な「ID野球ミーティング」。

IDとはImportant Dataの頭文字を取った略語。ID野球とは勘や経験でプレーするのではなく、データを駆使して科学的に行われる野球のことだ。

選手たちは正式なそれと知らなかったが、野村は事業分析の思考ツールとして最近ではおなじみの「SWOT分析」を野球に採り入れていた。野村がヤクルト監督に就任したのは1990年だから、実に30年以上も昔だ。

経営学者のヘンリー・ミンツバーグが提唱したSWOT分析だが、ビジネス上の戦略として明確になったのは1965年からとされている。野村はハーバード・ビジネススクールが出したMBA(経営学修士)の本などから大事な箇所を抜き出し、かみ砕いて選手に教えていた。

SWOTとは、「強み(Strength)」「弱み(Weakness)」「機会(Opportunity)」「脅威(Threat)」の頭文字から名付けられた。事業を発展させるための分析ツールを、選手が発展するための分析ツールとして活用したのだ。

わかりやすく、野村ヤクルトの選手だった宮本慎也遊撃手に当てはめてみる。
 

・強み
「専守防衛」「自衛隊」といわれ、守るだけ。でも、守備は天下一品。

・弱み
パワー不足で、安打も本塁打も少ない。

・機会
どうしたらチャンスに恵まれるのか。

・脅威
毎年入団してくる新人や外国人選手のライバルに勝つためには?

ビジネスの場合、自社の「強み」を活かして、「機会(ビジネスチャンス)」に対して、どんな行動を取ればいいのか検討する。つまり、「強み」×「機会」=「積極化戦略」だ。

野村は宮本に対して積極化戦略をとった。

「宮本よ、お前は守備がうまい。9番遊撃のポジションをくれてやる。出場機会が多いのだから、難しい遊撃をしっかり守れ。走者はバントで確実に送るんだぞ」

宮本は、試合に出ているうちに打撃技術も向上し、最終的に通算2000安打をマークした。

「ミーティングは、選手との闘いだった」

野村はミーティング内容を、選手たちにみっちり板書させた。野村いわく「書くことによって、人間は覚えるんだ」。

説明は特にない。説明はすべてホワイトボードに書いた文章に含まれている。次から次へと書き、消していく。

キャンプの夕食後、選手たちは睡魔に襲われながら、必死にノートに書き写した。そんななか、長嶋一茂だけは漫画を描いていたらしいが。

それにしても200ページの本を読んで抜粋したり要約しても、何十行もレポートを書けるものではない。納得するものでなければ、選手も身が入らない。キャンプ期間中、毎日1時間のミーティングを1ヵ月。野村はどれだけミーティングのための勉強を積んでいたか。

「ミーティングは、選手との闘いだった」

監督としての自分の考えを選手に伝える。覚悟をもってミーティングに臨んでいた。内容は「人間教育」に始まり、「野球のセオリー」「野球技術」「SWOT分析」など多岐にわたった。

野村は高卒の学歴にコンプレックスを抱いていた。

「プロ野球は実力の世界だと思ったが、大学出の選手が意外と多く、大学出の選手しか監督になれないのだと思った。それなら一生懸命勉強して、一番の野球評論家になってやる」

1980年を最後に現役引退後、1990年ヤクルト監督就任までの9年間で、本を読み漁り、最終的には大学院クラスの教養を身につけていたわけだ。

組織はリーダーの器以上に大きくならない

川上哲治監督(巨人)は日本一V8の1972年頃から長嶋茂雄を「監督会議」に同席させるなど、帝王学を学ばせようとした。

1972年オフには、南海(現・ソフトバンク)のプレーイングマネージャーだった野村と川上のトレード交渉の席にも、野村と同い年の長嶋を同席させた。赤坂の料亭だった。

「長嶋は近い将来、巨人の監督を務める人材だ。トレードがどういうものか教えてやりたい」

自分の監督時代だけ結果が出ればいいと、投手を無理に使って登板過多でつぶしたり、自らが得た戦略をチームの後進に譲らない監督は多いものだ。

しかし、川上が組織のリーダーとして、後進の長嶋を育てようとする度量の広さに野村は感服した。川上のように自らを磨けば、それに比例して組織は大きくなる。裏を返せば、「組織はリーダーの器以上に大きくならない」ことを野村は悟った。

このトレード交渉がまとまり、南海の3番打者富田勝と、巨人の山内新一・松原明夫(福士敬章)の交換となった。

翌1973年、山内は0勝→20勝、松原は0勝→7勝と大飛躍を遂げ、野村はプレーイングマネージャー4年目にして、初めて勝利の美酒に酔う。1973年は南海VS巨人の日本シリーズとなったのだ。しかし、川上巨人の牙城は高く険しくV9を許す。

野村は1980年を最後に現役引退後も、いろいろな角度から野球を掘り下げて研究し、セオリーを体系化して文章化し、「野村ノート」の原型を作り上げた。SWOT分析をかみ砕いたものもその1つだ。

川上監督を尊敬した野村は、長嶋巨人と競り合い、ヤクルトを90年代4度の優勝に導くのであった。
 

まとめ
目先の損得にこだわらず、組織の将来を思うこと。後進は自分を1つの目標とするのだから、自分を磨きリーダーとしての器を大きくすることこそが、ひいては組織の強化に直結する。
過去の連載記事はコチラ

著者:中街秀正/Hidemasa Nakamachi
大学院にてスポーツクラブ・マネジメント(スポーツ組織の管理運営、選手のセカンドキャリアなど)を学ぶ。またプロ野球記者として現場取材歴30年。野村克也氏の書籍10冊以上の企画・取材に携わる。

TEXT=中街秀正

PHOTOGRAPH=毎日新聞社/アフロ

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