1975年、香水の都と呼ばれるフランス・グラース地方に誕生。パリの旗艦店をはじめ、ロンドン、ドバイ、ビバリーヒルズなど、選び抜かれた地でのみ展開しているオートパフューマリー(オーダーメイド香水)メゾンの「アンリ・ジャック(HENRY JACQUES)」。その世界10番目となる直営店が2023年4月24日、銀座・並木通りにオープンした。唯一無二の存在として称えられるメゾンの魅力、挑戦の軌跡、日本進出への想いなどを、アンリ・ジャックCEOのアナリズ・クレモナ氏とアーティスティックディレクターのクリストフ・トレメール氏に語ってもらった。
“プレミアム・マス”の流れに逆行し、我が道を行く
知る人ぞ知るフランスの香水メゾン「アンリ・ジャック」を創業したアンリ・ジャック クレモナ氏の娘として生まれ、幼い頃より最高峰の香りに囲まれて育ったアナリズ・クレモナ氏。
パリやジュネーブで香水業界のキャリアを積んだ後、2010年に家業であるアンリ・ジャックの事業に参画。現在はCEOとして、新たなプロジェクトを次々と立ち上げている。
2014年には従来のビスポークだけでなく、レディメイドもスタート。同年、ロンドンのハロッズ内に一号店をオープンしたのを皮切りに世界進出を果たすなど、アンリ・ジャックの新たな幕開けを担ってきたキーパーソンだ。
クレモナ氏 香水は最高級の素材を用い、熟練の職人によって、ひとつひとつ丁寧に完璧を求めてつくられる。本来、香水とはそうした究極のラグジュアリーアイテムでした。
けれど、1990年代に香水の世界には大きな変革が起こり、手頃な価格で、空港の免税店をはじめどこででも手に入るプレミアム・マスというビジネスモデルが主流になってしまいました。
多くの人の手に渡るためには、価格を抑え、大量に生産しないといけません。そうなると、どうしても質は下がってしまいます。
アンリ・ジャックが創業以来こだわってきたのは、クオリティと創造性。それを守るために「プレミアム・マスという流れとは距離を置き、独自の道を進もう」と、2010年に事業に参画した時に、私は心に決めました。
創業以来一貫して顧客の要望に応じて香りをつくるビスポークに徹していたビジネスを、もっと多くの方々に楽しんでもらえるようにとレディメイドも始めましたが、香水づくりの基本は、創業時とまったく変わっていません。
世界各地から最高品質の天然素材を集め、理想の素材を求めて自社でバラ園を所有するなど、原料にはとことんこだわっています。
アンリ・ジャックの代名詞ともいえる、香料濃度約100%の「レ・エッセンス」のほかに、希釈タイプの「レ・ブルーム」の2タイプを展開していますが、レ・ブルームで希釈に用いるオイルもオーガニックのみ。ボトルも、プラスティックなどを一切使わずクリスタルにするなど、容器やパッケージも最上級のものを提供するようにしています。
このように、価格ありきで原料を決めるのではなく、原料ありきで香水をつくるのがアンリ・ジャックのスタイル。手作りで時間がかかることもあり、大量生産ができないため、販売は直営のブティックでのみ。
現在の香水業界の在り方とは真逆をいっているので、当初は「うまくいくはずがない」という声も多く聞かれました。けれど、私自身、クオリティ重視の香水づくりに対するニーズがあることは確信していたので、信念が揺らぐことはなかったですね。
ありがたいことに、今は、このスタイルを支持してくださる方々が大勢いらっしゃるんですよ。
――レディメイドを始めるなど、創業時のビジネススタイルを転換することに対して、創業者であるお父様の反応はいかがでしたか?
クレモナ氏 最初は戸惑ったと思いますが、今はとても誇りに思ってくれているようです。そもそも私が目指したのは、過去を壊して新しくすることではなく、これまでの歴史と未来をつなぐ橋渡し。
アンリ・ジャックの新たな試みには、アートディレクターを担当してくれたクリストフの力によるところも大きいのですが、彼と最初に話し合ったのは、伝統を尊重するということでした。
実際、レディメイドのアイテムは、創業以来ビスポークによって生まれた3000以上の香りのレシピをベースにしているのですが、こうした素晴らしい遺産を継承できたことは、とても幸運なことだと思っています。その伝統と未来に対する先見性を融合させたのが、現在のアンリ・ジャックなのです。
腕時計の技術を取り入れた練香水「クリック‐クラック」
――クレモナさんとトレメールさんによる試みといえば、2022年秋に発売された「クリック‐クラック」もそのひとつですね。スライド式の平たいケースに入った練香水はとてもユニークで、新鮮。衰退しつつあった練香水を、こうした新しいスタイルで復活させたのも見事です。
クレモナ氏 スプレーするタイプが周囲に香りをふりまくものだとしたら、手首や首筋など体に直接つける練香水は、自分のために香りを楽しむもの。シガレットケースなどのように、スーツのポケットにしのばせることもできますから、とくに男性におすすめです。
トレメール氏 ケースの素材にはカーボンやチタンを用い、中に収める練香水はお好みで選んでいただけます。ケースをスライドさせると、中から香水が出てくる仕掛けになっています。開ける時の、カチカチッという音にちなんで、「クリック‐クラック」と名づけました。男性が日常的に身に着けられるスタイリッシュなアクセサリーであると同時に、これによって香りをまとうことを習慣にしていただけると嬉しいですね。
クレモナ氏 実はケースの開発には約4年半かかったんです。このアイディアを具現化するのは無理ではないかという声もありましたが、クリストフが頑張ってくれました。
トレメール氏 練香水をこの薄さのケースに収め、しかも外に漏れないようにするのは難しかったですね。試行錯誤の末、スイスで時計づくりに使われる技術を取り入れ、理想の形が実現しました。
クレモナ氏 彼は、「無理だ」と言われれば言われるほど燃えるタイプ(笑)。というより、彼の辞書に「無理」とか「できない」という言葉はないんです。限界を突破することに生き甲斐を感じているのでしょうね。
トレメール氏 それは、お互いさまでしょう(笑)。アナリズは、周囲がどんなに反対しても決してあきらめず、不屈の精神でやり遂げる。侍魂を持っている人ですから。
クレモナ氏 確かに、私には戦士的なところがあるかも(笑)。既成概念や慣習に囚われたくないし、新たなことに挑戦するのも好き。困難な道こそ正しい道だと思っているので。
――あくなき挑戦心で、高みを目指して進んでいく。その姿勢もゲーテ読者の心を揺さぶる気がします。
クレモナ氏 そうおっしゃっていただき、とても嬉しいです。日本の銀座に出店したのも、繊細で豊かな感性を持つ日本人の特性や、伝統や職人技を大切にしながらも、モダンな要素も積極的に取り入れる姿勢に、私たちのブランドとの親和性を感じたからなのです。きっと私たちのブランドの良き理解者になってくださるだろうと期待しています。
感情や記憶とダイレクトにつながっている香り
――最後に、読者に自分の香りを見つける秘訣や、使い方のアドバイスをいただけますか?
トレメール氏 自分の香りを見つけるには、実際に体験するのが一番です。アンリ・ジャックのブティックには選りすぐりの香りが用意されています。この香りを嗅ぐとテンションが上がるとか、この香りは癒されるなど、その時に感じた気持ちを大切に、ご自身の直感で選んでいただくと良いと思います。香りは、感情や記憶とダイレクトにつながっているものですから。
クレモナ氏 フランス人は、服に合わせて香りも着替えます。これはプレゼン前に、これはデートの時になど、シーンごとに香りを変えて気持ちを整えるのも素敵だと思います。もちろんビスポークも承っていますので、ぜひご利用ください。アンリ・ジャックの香りが、日本の皆さんのライフスタイルや個性の確立に役立てれば光栄です。
問い合わせ
アンリ・ジャック 銀座 TEL:03-3289-0068