名だたる企業のブランドキャンペーンとCM、Netflix Japanの映像コンテンツや、視聴者の目を釘付けにする心を震わすパフォーマンス動画が話題となっているYouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」などを手がけるクリエイティブディレクターの清水恵介さん。多くの人々を魅了するクリエイティブを生み出す清水さんのアイデアの源泉に迫る。
『パリ、テキサス』で知った写真の魅力
ファッションブランドや人気アーティストのクリエイティブディレクション、音楽フェスやTV番組の映像監督など多岐にわたる分野のクリエイティブを手がけるクリエイティブディレクターの清水恵介さん。そのなかでも今もっとも話題を集めているのがYouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」(以下TFT)だ。3周年を迎え登録者数が702万人(2022年12月現在)にのぼるほどの人気の理由は音楽にとどまらない、そのアート性も注目されている。縦横の直線の美しさを生かしたオープニングのタイトルロゴ。毎回変わるロゴの色。白バックにくっきりと映えるアーティストの横顔。人々の目を惹きつける映像的な音楽チャンネルであることが、YouTubeというメディアのベクトルとぴったりと合っている。
清水さんは2009年にTBWA HAKUHODOに入社。クリエイター・オブ・ザ・イヤー'18、『Campaign』誌クリエイティブ・パーソン・オブ・ザ・イヤー'19、NYADCグランプリ、ACCグランプリなど広告系のタイトルを次々と受賞。さらに、YouTubeゴールド・クリエイター・アワードも獲得している。
「子どもの頃の僕は、ごく普通の小学生だったと思います。自分のおこづかいで買った最初のCDは確かCHAGE&ASKAのベスト盤でした。初めて観たライブは、姉に連れていかれた光GENJIです。もしも周囲の友達と違っていたことがあるとしたら、フロントで目立つ人よりも、それをつくっている人、作品や企画のプラットホームづくりにかかわっている人に興味を持っていたことでしょうか」
本、音楽、映画などアートやカルチャーに感銘を受けると、作品そのものに魅了されると同時に、その理由を知りたくなった。
「10代でロックを聴き始め、音楽専門誌を読むようになると、そのアートディレクターが気になりました。大類信さんが好きで、ロック雑誌以外でどんな仕事をしているのか――いつも探していた気がしますね。そんな頃にヴィム・ヴェンダースの映画『パリ、テキサス』を観て、写真の持つ魅力を教えられました」
1984年に公開されたヴェンダースのロードムービー『パリ、テキサス』はカンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞している。
「あるワンシーンでミラー越しに映るナスターシャ・キンスキーがとても象徴的な画として使われていました。写真家でもあるヴェンダースだからこそかもしれません。そして、良い映画と言うのは、良い写真の連続で成り立っているということに気付かされました」
清水さんは写真の世界へとのめり込んでいった。
「やがてロバート・メイプルソープが好きになりました。ロックシンガー、パティ・スミスのパートナーだった写真家です。パティの代表作『ホーセズ』のジャケットはメイプルソープが白バックのモノクロで撮影しています。対象者をどう撮影するか――がポートレート写真は大切ですよね。緊張感がある中で、肉体的にも精神的にもいい距離感を持てるかどうか。それは、ドキュメンタリーに近い感覚です。メイプルソープが撮るパティ・スミスは、アーティスト写真の中で最も影響を受けました」
アーティストの歌唱を特別な1回にするために
こうしたバックグラウンドは後にTFTに生かされることになる。TFTはかなりライブに近い。1テイクにかけるアーティストの集中も、緊張も、リアルだ。ただし、そのための環境づくりは人為的につくられている。1本のマイク、1回だけの収録、白バック……などは、アーティストの歌唱を特別な1回にするための“装置”だ。
「真実と虚構。その間を行き来するアートやカルチャーが僕は好きなんだと思います。今村昌平監督の『人間蒸発』という映画があります。俳優の露口茂さんに付き添われて、行方がわからない夫を探す女性を撮影したドキュメントです。ところが終盤、女性と露口さんが会話をする部屋を今村監督がバラすシーンがあります。ドキュメンタリーなのに、撮影場所はセットだったのです。どこまでが真実でどこからが虚構なのか。ドキュメントといえど、完全な真実ではないことが明かされます」
主人公の女性は、最初は本気で夫を探している。しかし、どこからか、カメラを意識して表情をつくるようになっていく。フィクションのにおいがしてくる。真実と虚構の絶妙なバランス。それはTFTにも通じる魅力だ。
清水さんのビジュアルへの思いの強さもTFTにはしっかりと反映されている。
「メイプルソープの死後、パティ・スミスを撮影し続け、写真集『パティ・スミス‐光の扉/ Patti Smith the doors of light』を出版した富永よしえさんという写真家がいらっしゃいます。その孫弟子にあたるのが、TFTを全回撮影している長山一樹さんです。長山さんは、どんな被写体でも差をつけず、同じマインドで撮影します。著名人でも近所のおじさんでも、自分の持つスキルやアイディアをすべて投入する。普通に見える被写体でも、必ず魅力を見つけます。そして、TFTの白バックを前に歌うアーティストの“画”には、メイプルソープと同じ何かを感じさせてくれます」
TFTは音楽チャンネルだが、そこにアート性が加わることで、MVや他の音楽チャンネルとはまったく異なる特別な作品になっていることがわかる。
最後に、清水さんが影響を受けた、あるいはくり返し観たり聞いたりしている音楽、映画、写真、YouTubeチャンネルを3作品ずつ選んでもらった。クオリティの高い動画作品の原点には数々の名作があるのだ。
音楽編
1.「FLUXUS」
「『芸術と日常の垣根をなくす』ためのハプニングの表現は、予定不調和な企画をするためのお手本に溢れている。とくにジョン・ケージの『4分33秒』の、“沈黙の音楽”に影響を受けた。1960年代に音楽、アート、映像と自由にメディアを横断していることに衝撃を受けた」
2.「Factory Records」
「ロンドンのファクトリーレコードのデザインを手がけたピーター・サヴィルやマーク・ファローなどのデザイナーたち。音楽とデザインが共犯関係であり、一体化した状態でポップカルチャーとして昇華されていくのが最高にかっこいい」
3.「SONIC YOUTH」
「音楽ももちろん大好きですが、アートキュレーターとしてのキム・ゴードンに影響を受けました。リチャード・プリンス、ゲルハルト・リヒター、などの錚々たるアーティストがジャケを手がけていて、その後のコラボカルチャーのお手本になったと思います」
映画(ドキュメンタリー)編
1.Jonathan Demme『Stop Making Sense』
「ジョナサン・デミ監督によるロックバンド、トーキング・ヘッズのライブ記録映画。2000年に、この映画を日本に配給している会社にデザイナーとして働いていた時に観てから、今でもずっと衝撃が続いている。何回観ても新しい気持ちになるライブ映画の金字塔」
2.Andy Warhol『Empire』
「NYのエンパイア・ステート・ビルディングを、6時間半、定点の長回しで撮影し続けた映像作品。撮影中、カメラのそばを離れることで、ウォーホルの主体性を消し、ただ自動的にカメラがあるものを写し取ることに任せるというコンセプチュアルな作品」
3.今村昌平『人間蒸発』
「ドキュメンタリーもまたフィクションなのだと学んだ作品。登場人物の実際の部屋として撮影されていたものが撮影所のセットだというオチに衝撃を受けたと同時に、虚と実との境界がいかに曖昧かを思い知らされた」
YouTubeチャンネル編
1.「Primitive Technology」
「ジョン・プラントがオーストラリアで始めた自然の中で見つけた材料のみを使って、道具や建造物を作成する工程を実演するチャンネル。チャンネル登録者数は1000万人を超える。解像度が高く、追体験感のある動画が素晴らしい」
2.「Cercle」
「世界の絶景にサウンドシステムを持ち込み、DJやライヴをするチャンネル。音楽と風景が一体となる高揚感は、他では味わえない素晴らしさ。FKJによるウユニ塩湖でのパフォーマンスは必見」
3.「Blogothèque」
「映像作家ヴィンセント・ムーンが、路上、カフェ、エレベーター、屋根の上など、従来のステージではない場所にミュージシャンを連れ出し街の至る所で演奏する模様を、ノーカットで撮影する『TAKE AWAY SHOWS』。ライブの臨場感を超えるようなすごい映像」
写真(ポートレート)編
1.Robert Mapplethorpe『robert mapplethorpe portraits patti smith dessins』
「メイプルソープが撮影したパティ・スミスのポートレートは、アーティスト写真史上一番好き。あらゆる種類のセレブリティをハッセルブラッドを使い、撮影する。TFTの撮影監督の長山一樹さんもハッセルブラッドでポートレートを撮影し続けている」
2.Alfred Stieglitz『O'Keeffe A Portrait』
「アルフレッド・スティーグリッツが妻である画家のジョージア・オキーフを撮影したポートレート写真。ポートレート写真の金字塔。迫力のあるオキーフの顔と、リズミカルに写る手。大好きなポートレート写真です」
3.荒木経惟『いい顔してる人』
「ヌードよりも顔は、その人の人生が出ると荒木さん談。そんな顔を正面からずっと見続けると情報量が多すぎて疲れてしまう。横顔だと見続けられることに気づきTFTでは横顔を象徴的なアングルに」
Keisuke Shimizu
1980年生まれ。クリエイティブディレクター/アートディレクター。Netflix Japan、UNIQLO、 SHISEIDO、UNITED ARROWS、NISSAN、AIG、MUJIなど、数多くのキャンペーンやコンテンツを手がける。'19年YouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」の企画・クリエイティブディレクション・アートディレクションを担当。クリエイターオブザイヤー'18メダリスト、Campaign誌クリエイティブパーソンオブザイヤー'19、カンヌ金賞、NYADCグランプリ、ACCグランプリなど受賞多数。
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