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2022.09.21

「魚好きを増やすため」魚屋二代目がSNSで業界革命を起こす

魚のさばき方やおすすめの調理方法、各地の市場や漁場、魚食文化などを紹介する人気YouTubeチャンネル『魚屋の森さん』。魚離れが進み、深刻な状況に陥っている水産業界を救うべく奮闘する魚屋二代目・森 朝奈さんに、YouTubeに賭ける想いを聞いた。【特集 仕事に効くYouTube】

YouTubeチャンネル「魚屋の森さん」

魚の需要が減っているのは「わからないから」

魚のさばき方やおすすめの調理方法、各地の市場や漁場、魚食文化などを紹介し、「魚好きを増やす」をミッションに掲げるYouTubeチャンネル「魚屋の森さん」。登録者数27万9000人(2022年9月現在)を誇る、このYouTubeチャンネルを運営するのは、1980年創業、鮮魚卸業を営む「寿商店」の2代目、森 朝奈さんだ。

幼い頃から、魚屋として活き活きと働く父の姿に憧れ、また、ふたり姉妹の長女という自覚もあって、小学校から寿商店を継ぐことを決めていたという森 朝奈さん。大学卒業後は、家業に役立つビジネススキルを身につけるべく大手IT企業に入社したが、父の体調不良を機に退職。その後、まずはアルバイトとして寿商店で働き始めた。

「入社した年のお正月、毎年お店で予約販売している『海鮮生おせち』の作業に初めて携わり、厳選した食材を使い、一から手作りしてかなりの特価で販売していることを知りました。でも、商品レビューには、『これだけ低価格だから工場で大量生産しているんだろう』とか『生おせちといっても、大量に販売しているから冷凍で作っているんじゃないの』といった書き込みがちらほらと。職人さんたちの手間暇の価値が伝わっていないことにショックを受けました。

そこで、翌年の正月、海鮮生おせちの手作りの製造プロセスをこまかく写真付きでフェイスブックやブログで紹介。すると、フォロワー数は多くなかったものの、嬉しい反響が寄せられた。

「『あんなにたくさんのニンジンを飾り切りするなんて大変だろうけど、その分手間暇が感じられすべてが美味しかった!』『また来年も職人の皆さんお願いします』といった作り手の存在を意識したコメントをいただけて、とても励みになったと同時に、SNSの効果も実感しました。

その時の『普段当たり前のようにおこっている仕事そのものに価値があるのだ』という発見が、YouTubeを含め、現在のSNS活用のベースになっています」

実際に、YouTubeチャンネルを開設したのは、コロナ禍真っ只中の2020年3月。経済活動、とくに飲食業が大打撃を受け、市場でも飲食店行きの高級魚が流通しないなど、水産市場も大きく落ち込んだ時期だった。

「飲食店が休業しているとはいえ、自宅で魚を食べているのなら、消費量に大きな変化はないはず。でも、周囲には『魚は家では食べない、外食で食べるもの』という人が多かった。それは魚をどう調理し、食べればいいかわからない人が多いからではないかと考えました。だったら、魚屋として、家庭でもできる下処理やさばき方、簡単でおいしい調理方法を、動画で発信しようと」

“魚屋以外”への注目

寿商店入社後から、ツイッターやフェイスブック、インスタなどはやっていた森さんだが、実はYouTubeには抵抗があったという。

水産業界の現場で働くのは男性が中心で、魚市場でも女性の姿を見かけることは少ない。寿商店に20代前半で入社した森さんは、それだけで注目される存在だ。SNSを活用した広報宣伝活動やECコマースへの積極展開といった手腕も評価され、まず地元で話題になり、次第にメディアで取り上げられるようになっていった。

“美しすぎる魚屋”としてのメディア出演や、「宣伝してください」と水産業とは無関係の商品を送りつけられてくるなど、意図せぬオファーが多数くるようになったという。YouTubeを開設することで、この傾向がますます強まることを危惧したのだ。

「私は昔から、必要とされるなら力になりたい、期待には応えたいと、頑張ってしまうタイプ。だから最初は『せっかく仕事で声をかけていただいたのだから』『会社の宣伝になるのなら』と、なるべくお引き受けしていたのですが、自分の軸は昔から“家業を守って未来へつなぐこと”。家業に対する想いが伝わるようにとお願いしたうえで取材を受けても、都合よくカットされることもあり、だんだんと“消費されている”感を抱いてしまったんですよね。自分が心から賛同できないメディア企画について、お付き合いとか、頼まれたからといって言われるがままに出る必要はない、と感じるようになりました」

しかし、そんな森さんの背中を押したのは、寿商店創業以来の大赤字と市場で魚介類が大量に売れ残っている現実。「ああだこうだ言っていられない」と、腹をくくり、YouTube開設を決心した。

「私が目指しているのは、インフルエンサーやタレントではなく、魚が好きな人を増やすためにこの仕事を長く続けていくこと。その目的につながる仕事かどうかを徹底的に整理するようになってからは、気持ちが少し楽になりました。今は、先方の想いや目的をしっかり伺い、共感でき、リスペクトできる方とお仕事させていただくようにしています。それも、いろいろなことに忙殺され、自分のパワーも時間も有限なのだと実感したことで得られた教訓ですね」

 

「魚屋の森さん」イチオシ動画3選

1.人口より増えた〇〇をさばいて食べてみた【出張編】

2.穴子を捌いて日本酒が進む絶品穴子料理をつくる【ロバート馬場さんとコラボ】

3.朝5時からの魚屋の仕入れモーニングルーティン! 【超リアルな市場の買い付け】

■YouTube「魚屋の森さん」が、未来の水産業界を支える! (vol.2)
■水産業界は伸びしろだらけ! 「魚屋の森さん」が仕掛けるデジタルシフト(vol.3)

YouTubeチャンネル「魚屋の森さん」

Asana Mori
1986年愛知県生まれ。早稲田大学卒業後、楽天に入社した後、寿商店にアルバイトとして入社。現在は常務取締役として、魚の仕入れや下処理、加工、取引先への卸し、飲食店の経営などに従事。YouTubeをはじめ、ツイッターやインスタなども駆使し、オンラインショップ運営にも携わる。「おまかせ鮮魚BOX」という、旬の魚を手頃な価格で購入できるセットはコロナ禍でも大ヒット。森さんの入社前は2店舗だった飲食店も、森さんプロデュースのフィッシュバーガー専門店「サカナノバーガー」ブランドなど、現在フランチャイズ店舗ふくめて14店舗に増えた。著書『共感ベース思考 IT企業を辞めて魚屋さんになった私の商いの心得』も好評。

TEXT=村上早苗

PHOTOGRAPH=彦坂栄治

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