スイスの列車の取材回数はこれまで43回という、鉄道写真家の櫻井寛氏。世界各国を回るなかで、スイスの列車旅こそ至高という、その理由を実体験を元に教えてもらった。【特集 クルーズ&列車の旅】

サン・モリッツからツェルマットへ出発進行!
鉄道王国スイスで、一番人気の呼び声も高い列車が「氷河特急」だ。運行開始は1930年なので今年(2025年)で95周年だが、最新のニュースは新型車両「エクセレンスクラス」が登場したこと。これまで1等、2等の2クラスだったが、その上に特等が誕生した。
エクセレンスクラスの定員はわずか20名、白い革張りのゴージャスなシートには日本語対応のiPadが装備され、時刻表、沿線案内、ランチメニュー、ワインリストをはじめ、ドリンクの紹介などが表示される。
発車と同時にコンシェルジュより、ウエルカム・シャンパンとおつまみの盛り合わせ「アペロプレート」がサーブされた。7つの皿からなる「セブンス・プレート・ランチ」のスタートである。とりわけ感動したメニューは「アルプス高原植物のドライフラワー入りグリーンピースとミントのスープ」。ポットからスープが注がれると、スープ皿は緑の牧草地と化し、高原植物が花を咲かせる。折しも車窓には緑なす牧場が広がり、牛や羊が草を食む。頭上には白銀に輝くアルプスの高峰。スイスの絶景を眺めながらのランチは最高である。
やがて車窓にマッターホルンが姿を見せると「氷河特急」は終着駅ツェルマットに到着となる。全長291㎞の所要時間は8時間、実は世界一遅い特急なのだ。
居眠り厳禁の世界遺産鉄道。全長130㎞の風光絶佳
「氷河特急」と並ぶ人気列車が「ベルニナ特急」である。両列車は一部重複区間があるものの、「ベルニナ特急」最大の特徴は、全行程144㎞中の130㎞の区間が世界遺産に登録されていること。ほぼ全線というわけだが、世界遺産の登録名は、「レーティッシュ鉄道アルブラ線・ベルニナ線と周辺の景観」ということで、車窓から見える景色も世界遺産ゆえに、居眠り厳禁の列車なのである。
始発駅はスイス東部グラウビュンデン州の州都クール。「ベルニナ特急」は天井まで窓ガラスのパノラマ展望車を連ね、8時32分、クール駅を発車した。およそ30分後、トゥージス駅を過ぎると、いよいよ世界遺産区間だ。列車は急峻な峡谷(きょうこく)に入り、360度回転するループ線を越え、180度のヘアピンターンを2度繰り返し、さらに3回転するスパイラル線を通過して高度を上げる。やがて標高2000mの森林限界を超えると進行方向右側の車窓にはモルテラッチ氷河が、その頭上にはこの列車の名称の由来となった、ピッツ・ベルニナ(4049m)が聳(そび)える。けだし絶景かな!
幅の異なる線路を直通! フリーゲージトレイン
モントルーからインターラーケンに至る「ゴールデンパス・ルート」も人気の鉄道絶景ルートだが、唯一の欠点がツヴァイジンメン駅での乗り換えにある。モントルー〜ツヴァイジンメン間は線路幅1000㎜の狭軌鉄道、ツヴァイジンメン〜インターラーケン間は線路幅1435㎜の標準軌、なので直通運転は物理的に不可能だった。
けれども、不可能を可能にしてしまうのがスイスの鉄道技術、どちらも走行可能なスイス初のフリーゲージトレインが完成した。その名は「ゴールデンパス・エクスプレス(GPX)」。列車はフランス語圏のレマン湖地方と、ドイツ語圏の山岳地帯ベルナー・オーバーラント地方を乗り換えなしで直通。すごい!
鉄道の技術も、線路の密度も、列車本数、車内の快適さ、そして眺めもすべて最高なのがスイス鉄道だ。これぞ鉄道王国!

Glacier Express|RhB/MGB(氷河特急)
マッターホルンにかぶりつき!スイス一の看板列車
サン・モリッツ〜ツェルマット間の291kmを約8時間で結ぶ。1日3〜4往復。最高地点は2,033m。
Bernina Express|RhB(ベルニナ特急)
眼前に連なる氷河が圧巻! 世界遺産鉄道を走る
クール〜ティラーノ間の144kmを4〜4時間半で結ぶ。130 kmの区間が世界遺産。1日2〜4往復。
GPX|MOB/BLS(ゴールデンパス・エクスプレス)
最新鋭の展望列車でスイス屈指の美景路線へ
モントルー〜インターラーケン間の115kmを3時間15分で結ぶスイス最新の列車。1日4便運行。

櫻井寛
1954年長野県生まれ。鉄道写真家。これまで世界95ヵ国の鉄道を撮影。なかでもスイスは取材回数43回。理由は風光明媚なだけでなく鉄道が発達していて乗りやすく、過去43年前から廃線がゼロなのも素晴らしい点だという。
この記事はGOETHE 2025年7月号「総力特集:豪華クルーズ船&列車の旅」に掲載。▶︎▶︎ 購入はこちら