京都・祇園に2021年12月に開業したスモールラグジュアリーホテル「THE SHINMONZEN」。2023年3月には世界的シェフ、ジャン-ジョルジュのレストランも誕生するなど、話題のホテルの背景に、滞在を通して迫ってみた。
そのロケーションは、古美術や骨董商、現代アートのギャラリーが立ち並ぶ、京都祇園の風情ある新門前通り。せせらぎの音に迎えられる白川沿いに面し、もれなく鴨川の遊歩道に憩いたい京都のランドマーク四条大橋までも、散歩圏内。加えて建築は安藤忠雄が手がけ、部屋はすべて白川に面したバルコニー付きのスイートルームがたった9室。
コロナ禍の2021年12月に密かに誕生したホテル「THE SHINMONZEN」は、そんなベースのファクトを挙げるだけでも、すでに特別な滞在を予感させるものがある。
オーナーは、南仏エクス=アン=プロヴァンスの北に位置するル・ピュイ=サント=レパラード村で、1692年を起源とするワイナリー「CHÂTEAU LA COSTE」とその敷地内に2016年にオープンした28室のスイートヴィラから成るホテル「VILLA LA COSTE」などを所有する、アイルランド出身の世界的ホテリエで不動産投資家パディー・マッキレン。
「THE SHINMONZEN」は「VILLA LA COSTE」初の姉妹ホテルになるのだが、その滞在価値をより深く自分のものにするためには、「CHÂTEAU LA COSTE」が実に200ヘクタールもの敷地を有し、そこに名だたるスターアーキテクトとアーティストの作品が40点近く点在する一大アートウォーク・スポットであることを押さえておく必要がある。
実際、2018年に「CHÂTEAU LA COSTE」を訪れた際、それこそ安藤忠雄が建築を手がけたレセプション棟としてのアートセンターや前述の「VILLA LA COSTE」を筆頭に、ジャン・ヌーベルによるワイナリーの醸造庫、フランク・ゲーリーによるミュージックパビリオンなどの建築群、さらにルイーズ・ブルジョワ、アレキサンダー・カルダー、杉本博司、アイ・ウェイウェイをはじめとする現代アートが、広大な葡萄畑の風景に点在するスケールに圧倒された。
ちなみに2021年には、リチャード・ロジャースの遺作となったそのドローイングを展示するためのギャラリー、2022年にはオスカー・ニーマイヤーが104歳で亡くなる2年前の2010年に設計したパビリオンが移設されるなど、「CHÂTEAU LA COSTE」にはいまなお新しい作品が加わり続けている。
かくして「THE SHINMONZEN」が、明治以降の外国人たちから人気を集めた日本の美術品の店が集まり今に至る新門前通りに誕生したのは必然とも言えるもので、家族との休暇でこれまで何度となく京都を訪れ、いまでも70軒以上の古美術や骨董商が並ぶこの界隈に通い詰め様々な年代の日本のアートに触れてきたパディー・マッキレンは、実に10年以上を費やして愛する京都にあるべきホテルを構想し、オープンに漕ぎ着いたと聞く。
ちなみに「THE SHINMONZEN」においても「CHÂTEAU LA COSTE」同様、やはり各所に、ワールドクラスのコンテンポラリーアートがコレクションされているのが見どころの一つ。たとえば写真では、ここでも安藤忠雄が自ら建築にカメラを向けその光と影を浮かび上がらせたモノクロの作品、生前の倉俣史郎に触発され一時期は日本にも滞在したロンドンの建築家ジョン・ポーソンが京都嵐山を写したもの、メアリー・マッカートニー(名前から察せられる通りポールとリンダの長女でステラ・マッカートニーの姉)が日本の芸者を捉えたシリーズなどがラインナップ。
ドローイングでは、パディー・マッキレンと同じアイルランド出身で日本からのインスピレーションやエルメスとのコラボでも知られるリチャード・ゴーマン、日本の作家では京都に縁の深い名和晃平や大舩真言など、そのセレクションは大半が日本や京都に関係する作家に終始。今後もホテルとして京都と繋がるネクストアーティストを積極的に発掘していきたいという。
一方で部屋の書棚に何気なく置かれた本をめくればそこにアーティスト直筆のサインを見つけることができたり、滞在した“Suisho”の寝室にはルイーズ・ブルジョワのやはりサイン入りの絵画が、当たり前のように掛けられてもいた。
そしてその傍ら、英国サマーセットのウッドメイカー“Longpre”によるベッドにはラベンダーのポプリ、ワインクーラーには「CHÂTEAU LA COSTE」のスパークリングワインのロゼが冷やされ、南仏との相関性ももれなくプレゼンテーションされている。
さらに家具は、大半がベトナムのホーチミンのブランド“District Eight”のものを採用。オーク材をソリッドに仕上げ、木特有のあたたかみに傾きすぎないモダンな佇まいが、デザインと共にある休息を約束してくれる。
そして何より特筆すべきは、海外と日本、光と影、風と水…空間におけるすべてのドラマを知り尽くした、オーナーの盟友でもある安藤建築の妙。
町屋を彷彿とさせながら外からだけではホテルだと微塵も感じさせないコンテンポラリーな建物に一歩足を踏み入れると、すぐ非日常に誘われるストイックなアプローチが出現する。
障子窓の外に白川が流れるレセプションラウンジにはテラスが併設され、チェックイン段階でその立地が強調されている。滞在中は水面に飛来した鷺の長閑な水遊びを見るため、ホテルのスタッフからゲストまでが一同にテラスに出て憩う一幕もあった。
他方で部屋に関しては、鳥の声で目覚めた瞬間、晴れていればベットルームの東の窓から、朝日のエネルギーが差し込む設計に。また、やはり障子窓を濾過した光に包まれるウォッシングルームや、居住できるほどの広さのバルコニーでは、新門前通りから至近にある1829年創業の「菱岩」の名作とも言われる仕出し弁当(有料)を部屋食として味わうこともできる。
すなわち「THE SHINMONZEN」では、南仏と京都、芸術と建築、世界と日本、過去と未来が、一人のオーナーが世界で築き上げてきたアーティストたちとの豊かな絆のもとに交錯。コージーなサイズとテーラーメイドのサービスも相まって開かれた別宅のような無二の佇まいは、海外からの観光客が戻ってきた京都にあっても、マインドフルな滞在を叶えてくれるはずだ。
なお、来月3月15日には、コロナ禍もあり始動が待たれていたご存じジャン-ジョルジュ・ヴォンゲリオンによるレストラン(冒頭の写真)がついにオープン。モダンフレンチを基軸としながら、アメリカンやアジアンのテイストを融合し、その土地の食材を取り入れることに長けた彼の手腕が、食通の都でもある京都でどう存在感を発揮するか、確かめる価値はありそうだ。
ちなみに「VILLA LA COSTE」には数少ない女性の三ツ星ミシュランスターシェフ、エレーヌ・ダローズのレストランがあり、敷地内の野菜畑はフランスの著名造園家が手掛けるなど、その食へのまなざしが「THE SHINMONZEN」でも発揮されることに期待したい。
ときは春間近、美しい季節を迎える次の京都では「THE SHINMONZEN」でのコスモポリタンな刺激と滞在を味方に、その先の建築とアート、食まで、いっそうの旅を。
ザ シンモンゼン
住所:京都市東山区新門前通西之町235
TEL:075-533-6553(代表)
客室数:9室
料金:¥213,200〜(1室あたり、朝食つき、京都駅からのプライベートトランスファー込み)
※レストランの予約はTEL:076-600-2055(専用)にて受付