2009年から’15年の約6年半、のべ500日以上をかけて、47都道府県、2000近くの場所を訪れた中田英寿。世界に誇る日本の伝統・文化・農業・ものづくりに触れ、さまざまなものを学んだ中田が、再び旅に出た。
全国に名を轟かせる名人の天龍茶
お茶処の静岡でも「カネタ太田園の太田昌孝さん」といえば、かなり知られたお茶づくりの名人。品評会での受賞は数知れず、2008年の洞爺湖(とうやこ)サミットでは、各国首脳に太田さんの天龍茶が振る舞われた。
代々続く茶農家に生まれ、茶畑で育ったという太田さんが二番茶を収穫する現場に訪ねた。
「天龍茶は、生産量は少ないけど味と香りが格別。旨味にも嫌味がないんです。しかも秋になっても味が逃げないから長く楽しめるんです。このあたりは、高地にあって水も空気もきれい。寒暖差がいいという人もいるけど、うちの場合は土からこだわっているからね。土作りだけでも7〜8年かけることもあります」
昭和15年生まれだというからもう80歳のはずだが、まったく年齢を感じさせない元気さで畑をチェックしてまわる。
「傾斜地にある畑だと、山側と谷側で性質が違うんですよ。そういう畑では大きな機械は使わず、手摘みや小さな機械で丁寧に刈り取る。同じ品種でも畑や土が違えば味も変わるんですよ。だからうちでは、畑にあわせて13〜14品種を作っています」
この日の収穫を中田英寿も手伝う。畑に足を踏み入れると、他の茶畑では感じたことがないふかふかとした柔らかさ。晴天の下、高原の茶畑で茶摘機に乗っての収穫は、気持ちよさそうだ。
「このまま進んでも大丈夫ですかね?」(中田)
「いいよ、いいよ、そのまま真っ直ぐ行って」(太田さん)
中田もすっかりスタッフのように収穫の作業を続ける。一般的な茶農家は、刈り取った茶葉を業者や市場に出すだけだが、太田さんはここから自分で製茶し、販売まで手がける。収穫が一段落した時点で店にうかがい、自慢の茶をいただくことになった。小さな皿のような器に茶葉を少量盛り、そこに少しだけ湯をかける。茶の色は、緑ではなく黄金。昔ながらの美しい茶の色だ。
「あぁ、すごく豊かな味。旨味がすごいですね」(中田)
「茶の本来の味や香りを楽しんでもらいたいから、火入れは控えめにしているんですよ」(太田さん)
ほんの数滴、口に含んだだけで、ふわっと香りと旨味が喉の奥まで届く。かといって強い味かというとそうでもなく、やさしく体に染み込んでいくようだ。
「お茶の本来の味を伝えたいと思って、この仕事を続けています。だからこうやってお茶をおいしいと言ってもらうのが一番うれしいんですよ」(太田さん)
これまでもいろいろな茶の生産地を訪ね、さまざまな高級茶を飲んできた。そのなかでも太田さんの茶は印象的な味わいだった。その違いを明確に表現するのは難しいが、太田さんによると「朝日と畑の香りが残っているから」だという。あの高原の気持ちよさがそのまま茶葉に封じ込められているのだろう。
「に・ほ・ん・も・の」とは
中田英寿が全国を旅して出会った、日本の本物とその作り手を紹介し、多くの人に知ってもらうきっかけをつくるメディア。食・宿・伝統など日本の誇れる文化を、日本語と英語で世界中に発信している。2018年には書籍化され、この本も英語・繁体語に翻訳。さらに簡体語・タイ語版も出版される予定だ。
https://nihonmono.jp/
中田英寿
1977年生まれ。日本、ヨーロッパでサッカー選手として活躍。W杯は3大会続出場。2006年に現役引退後は、国内外の旅を続ける。2016年、日本文化のPRを手がける「JAPAN CRAFT SAKE COMPANY」を設立。